
全国的に春の嵐が吹き荒れたようで、愛知県の三河地方では強風のため電車も止まっていたようですが、私は家内の母の3回忌に出向いたところ、伊吹降ろしの風は冷たいものの、庭には梅の花が咲いて春の到来を実感する一日となりました。
家内の在所は稲沢市祖父江町の木曽川沿いにあり、法要後に迎えにきたマイクロバスによって、東海大橋から木曽川と長良川を渡って岐阜県側の料理屋へ運ばれましたが、川が県境となっているものの、生活を共有する結びつきの強さを実感させられました。
料理屋さんの女性と親族の会話を聞いていると、田舎では昔からの旧家やお医者さんは遠くまでその名前が知られており、私の先輩が婿養子に入っている医院の名前も耳にすることとなり、家の名誉や伝統を維持していくためには高額な税金や負担も多いことから、田舎暮らしで身軽に生活するレクチャー本がここでは通用しない現実も実感です。
さて、最近では木曽川の堤防道路は車の通行はできますが、堤防下の河川敷や河原には降りられなくなっており、対岸では道路そのものが入れないようになっているとの話で、その理由はゴミや家電製品の不法投棄を防ぐのが目的だったようです。
そのことによって、それまで「シジミ」を採りに行っていた近隣の人々が入れなくなって困っているとの話に、一部の不届き者によって、多くの人々が声をあげる場所もないままに不都合を被っていることを実感させられました。
天声人語
「五里霧中」はよく知られた四字の熟語で、親切な辞書には「五里夢中は誤り」と注意書きがある。さらに丁寧な辞典には「ごり・むちゅう」と区切って読むのは誤り、とある。正しくは「ごりむ・ちゅう」だと。中国の「後漢書」に、その五里霧なるものは出てくる▼張楷(ちょうかい)という在野の学者は、道術を使って五里四方に濃霧を発生させた。人を避けたいときは霧の中に姿を隠したそうだ。時は流れて、その張楷も驚くような中国の大気汚染である。一昨日は今季初の黄砂も加わり、北京の街は黄色く沈んだ▼視界不良で高速道路が閉鎖され、屋外の活動を控える指示も出された。北京だけでなく、汚染の深刻なエリアは日本の面積の数倍におよぶとも聞く。現代の公害の脅威は、五里霧の故事の比ではない▼風に乗って、とばっちりは東へ進路をとる。汚染物質に黄砂がまじり、迷惑の二重奏に韓国も戦々恐々らしい。スギ花粉に作用して症状がひどくなる恐れもあるそうだ▼終戦の2年後、中秋の名月を眺めて、小欄は「来年の今月今夜はモクモクと出る煙突の煙で思いきり曇らせてみたい」と書いた。焦土からの復興を願ってのことだ。どの国にも、昇る煙が繁栄の証しのような発展途上の時期はある▼その後の日本の公害と反省は、説明不要だろう。中国は世界第2の経済大国になった。自他の国の環境と健康への責任を、五里霧に隠れて頬被(ほおかむ)りでは許されない。藍天(らんてん、青空)を守るべし。なりふり構わぬ発展から、舵(かじ)を切って。
私の母親は今年82歳になりますが、最近の日課の中で一番時間をかけているのが、添付した朝日新聞の「天声人語」を専用台紙に書き写すことで、販売店から書き写しノートを買い込んで、午後の大半の時間をかけて書き続けています。
半月前に、肺炎や原因不明の体調不良で遠くの海南病院へ運び込んだのがウソのように復活し、本日も私の妹に誘われて鉄道とバスを利用して、渥美半島で開催されていた菜の花のイベントに参加してきました。
天声人語が学生の受験対策に利用されるのは昔からの事ですが、高齢者の指先と頭のリフレッシュにも効果を発揮しているものと思われ、「バカな知恵をつけられたものだ」と思っていましたが、ボケ防止には確実に効果があり、冬になって畑作業も少ない母親の健康維持の一因となっているようです。
書き写しノートには、天声人語を切り取って貼るスペースと、鉛筆で書き写す原稿用紙が組み合わされており、辞書で調べた漢字や言葉を書くスペースと、天声人語の内容の要約や、意見を書き残すようになっています。
私にとっても、かつては販売のキーワードとなっていた天声人語ですが、毎回603文字と文字数が決まっていたことと、6つの段落に分かれていたことは、母親が書き写すまで知らなかった新事実でもありました。
3月2日の一言








