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 本日は津島市議会で文教経済委員会が開催され、夜7時11分まで審議が続くロングランの委員会となりました。委員会で議案を説明する課長や部長の中には、今月で定年退職を迎える職員も存在し、私と同年の職員はあと1年先の退職になるものの、民間に勤める同級生の中には来月4月に60歳の定年を迎える人物もあり、これからの一年間は目まぐるしい一年間になりそうです。
 
 添付した写真は、本日届けられた定期預金の証書で、日頃から大嫌いと発言している農協のJAバンクの証書のため「何故」と言われそうですが、貯金を勧められたのは大学時代に我家でアルバイトを続けていた農協職員で、現在は部長職にあると聞いて嬉しさから必死にかき集めた定期預金でもあります。
 
 私は昭和52年に朝日新聞販売店を起業しましたが、私が当時現役の大学生であったことから、若い学生アルバイトが多く集まり、連日のモーニングコーヒーだけでなく、夜や休日には車や単車を繰り出して遊んでいた関係は、雇用主と使用人の関係ではなく、一緒に働いて遊んだ仲間のような関係だったと思っています。
 
 年齢の経過とともに、PTAなど公的な役職をもらい、働く人々も女性が主体となりましたが、起業してから数年の間に働いていた学生が、社会に出て各方面で活躍しており、時々再会して懐かしい昔話に花を咲かせられるのは最高のひと時でもあります。
 
 もっとも、この定期預金のためにかき集めたお金の出所は、家内に内緒にしてある預金通帳からではなく、本当に「ヘソクリ」のようにして隠してあった現金であった事から、家族にもその存在を知らしめてしまい、自分の使える貴重な資金を失ってしまった事にもなります。
 
京都・祇園暴走事故、運転手の雇い主を書類送検
 
 昨年4月に、京都・祇園の繁華街でてんかん患者の運転する軽自動車によって、通行人19人がはねられ死傷した事故で、京都府警は運転者を雇用していた女性経営者を業務上過失致死傷容疑で書類送検し発表したことが報じられている。
 
 実は、私もかつて「てんかん」の持病を持つ高校の後輩で、大学では先輩となった知人が仕事に就けず困っていたため、「てんかん」の持病があるとは知らずに雇用したことがありました。
 
 雇用してからしばらくして、彼に与えていた車が田んぼに飛び込む事故が起こり、その後も危険な運転が続く事から心配していましたが、仕事の最中に度々パチンコをしていた事が発覚し、怒り心頭で注意していると、私の前で突然倒れて全身を痙攣させました。
 
 「てんかん」であると感じたものの、本人は必死に否定し、高校時代から知っているだけに解雇もできないものの、安心して仕事にも出せない状況となり、病院に行くよう勧めると、「てんかん」では無いものの既に病院に行っていることを話しました。
 
 私が雇用するまで求職期間が長かったことから、私は「てんかん」と確信したものの、病院に行って医師から薬を処方されており、精神的に追い込まなければ仕事もこなせるため、辛抱して使っていましたが、危険なため単車にも乗せられず、車による集金や営業だけでの使用には限界がありました。
 
 こんな怖い関係が続きましたが、とても高校時代や大学時代とは人が変わって幼稚になっており、言われた事しか仕事ができず、遊び好きのため気を許すとパチンコに通い、負の連鎖のような腐れ縁で雇用していました。
 
 こんな関係も、貸し与えていた車の床が抜ける事故があり、関係者に聞くと普通の運転では起こらない故障のため、乱暴な運転が原因と指摘され、彼を問い詰めているとやはり病気が原因としか思えず、「子供の仕事じゃないぞッ」と発した私の言葉に腹を立てて自分から辞めていきました。
 
 高校の後輩であり、悲しい別離でもありましたが、その後に病状は悪化の一途をたどり、度々倒れて骨折して入院をしたり、行政の保護と介護を必要とするようになり、最後に連絡があった時は市外の福祉施設に入所していました。
 
 報道された京都の事例は詳しい事が判りませんが、病気を隠しておれば雇用主にも判らず、仮に判ったとしても「即解雇」とは言いにくく、本人も症状が安定しておれば「てんかん」とは言う必要もないことから、症状が悪化するまで放置される例が多いのではないかと推測されます。
 
 懐かしい雇用関連から長文と化してしまいました。
                                 3月12日の一言