
まだまだ、残されていたサクランボです
本日は津島市議会で臨時議会が開催されており、帰宅が夕方になったことから、ムクドリの独壇場となって見るも無残なサクランボの樹を予測していましたが、何とか手の届く低い部分には残っており、終末に孫とサクランボ狩りをすることが実現できそうです。
明日も臨時議会が続きますが、夕方には孫を迎えに名古屋市港区の保育園に出向く約束がしてあり、私にとっては孫どころか、4人の子供がありながら幼稚園から小学校まで一度も子供のために迎えに走った経験がないことから初めての体験となります。
もっとも、誘拐犯と間違われては困るため、保育園に連絡をとってもらっていますが、孫は3才になったばかりのため、おしっこの粗相をしないように、トイレの仕方まで娘に指南されての子守が続きます。
一方では、我家では、私の子供役となっている相棒も夕方には私の帰宅を待っているため、相棒と一緒に迎えに走るか、迎えてから相棒を連れにくるか迷い、孫と2人っきりで外出した経験も少ないことから、「じじい」人気を不動のものにするため、思案したいとも思ってみたりと…
こんな余裕の一言を記しておりますが、週末には地元の公的日程が続き、翌週末に刈谷市で開催される東海自治体学校では、公共交通の分科会で福祉有償運送と福祉タクシーの報告者に指名されていることから、事前資料の整理と提出が必要になり、月末の坂東、秩父への巡礼も考えると今月もめまぐるしい日々となりそうです。
私を待っている四国遍路関係の人々や、上高地のホームレス画伯を暫し忘れた日々となりますが、今年は再生されて車検を受ける自動二輪も待っており、ここでは公表できない新たな仕事(ボランイィア)と、NPO法人の山積した仕事を考えると、孫や相棒とは言ってはおれない現実をひしひしと感ずる一日ともなりました。
5月9日の一言








