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 本日は津島市議会の議会報告会が3会場で開催され、私は午前10時から開催された図書館と、午後2時から開催された生涯学習センター(元愛知県勤労福祉会館)の報告会に参加しました。議会報告会は児童科学館でも開催され、明日の午後2時からは文化会館でも開催されますので、機会のある方は参加して下さい。
 
 さて、不安定な天候から晴天の日々が続き、私の住む地域は災害とは無縁のまま、夏本番となってきましたが、雨が続いた後の猛暑に誕生を待ち続けたセミが一斉に孵化し、軒下の蛍光灯に集まって深夜まで鳴き続けています。
 
 添付したアブラゼミも、我家の庭で誕生したセミですが、私の子供時代にはクモの巣を使って捕獲するのに苦労したものの、最近は大量に誕生してくることから、素手で簡単に捕まり、夜には窓の外や蛍光灯の前にいれば勝手に身体にとまってきます。
 
 セミが増えた原因は、議員になった直後に、敷地内に建っていた倉庫を貸店舗に建て替え、周りに植えてあった樹木を集めて植えかえたためと考えられ、年々セミが増えて現在に至っていることから、7年後も今年以上のセミが誕生してくると思うと、セミが人間以上に逞しく思われます。
 
 本日の朝日新聞には、都市部で墓地が不足していると記され、その原因として都市部に出て行った後継者によって、先祖や親の墓地を墓参りしやすい都市部へ改葬していることも理由に挙げられています。
 
 我家のセミでさえ、親の死んだ土地から7年後に誕生し、その後も同じように同じ土地で輪廻を繰り返すことから、死後に安らかに眠っているお墓まで改葬され、どこに眠るか判らない人間社会の現状に寂しさを隠せません。
 
都市部で墓地不足 高齢化で多死社会・地方から改葬…
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 厚生労働省によると、全国の埋葬数は11年度が約130万件で、10年前より25%増えた。特に都市圏の伸びが著しく、首都圏1都3県では10年前より34%増えて30万件を超えた。
 全日本墓園協会によると、都市部では、高度経済成長期に地方から移り住んだ人が寿命を迎えつつある「多死社会」に突入し、墓地の需要が高まっている。
 民間の霊園開発は活発だが、土地不足のため数千個の骨つぼを安置する納骨堂や数百区画の小規模な霊園が目立ち、1区画の規模も縮小している。少子化で遺族の負担が増し、墓地にかける費用が下がっていることや、お墓観の変化も影響しているという。
 同協会の横田睦・主任研究員は「都市部では新たな供給が限られ、自宅近くで墓地を入手できない人が大勢いる。20~30年は逼迫(ひっぱく)した状況が続く」と話す。
■地方からの「改葬」が拍車 遺族高齢化、墓参難しく
 高齢化で墓参が難しくなった遺族が地方から都市部に墓を移す「改葬」も、墓地不足に拍車をかける。
 東京都町田市の高木知津子さん(77)は今秋、和歌山市の墓を自宅から車で5分の民間霊園に移す。10年前に亡くなった夫と義父母らが眠る。体力的に墓参がきつくなり、数年かけて実現した。「これから面倒をみてくれる子や孫のことも考えた」と話す。
 首都圏や関西圏が中心の葬祭サービス大手「メモリアルアートの大野屋」(東京)では、販売する墓石の3割を改葬が占める。自宅から1時間以内を希望する人が8割という。「都会に定着した団塊世代が故郷のお墓を移す動きは今後も続く」(担当者)とみる。
 約7万区画がある国内最大級の「富士霊園」(静岡県小山町)は1965年に墓地不足を見込んで開園。当時は東京都や神奈川県の人たちによく売れた。ところが、最近は年に数百件が改葬などで転出している。
 利用者をつなぎとめようと、同社は毎週金~日曜に新宿駅から直行する片道2時間の「墓参バス」を運行。墓参が難しい人向けの「ネット墓参」も始めた。それぞれの墓をネット上にアップし、「参拝」してもらっている。
 首都圏などで霊園開発を手がける「ニチリョク」(東京)の寺村久義社長は「都心から2時間以上離れた場所の需要は減り、都市部と地方の二極化が進む」と話している。
 
 津島市の市営墓地についても、自分達の死後の安住の地として墓地を確保したものの、後継者が市外に転出して帰ってこないため、墓を立てる前に返上する高齢者も存在し、自身は何所のお墓に眠るのか判らないと語られる現実に立ち会ったことがあります。
 
 我家も旦那寺の境内の、寺族のお墓のとなりに先祖のお墓がたっていますが、先祖代々住んでいる我家の敷地へ、県道が通ったことで固定資産税が高くなり、アパートに住んでいるよりも割高になっていることから、子供たちがこのまま維持していけるか心配となり、市外へ転出する可能性も考えると他人事ではありません。
 
 本日の新聞訃報欄にも、私と同世代の訃報が掲載されており、そろそろ自分以後の道筋も考える必要を感ずるとともに、墓所くらいは立てられた場所に永遠で存在して欲しいと思う夜になりました。
 
                                     8月3日の一言