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 議員になる前まで23年続けていたのが朝日新聞の販売店で、先週に京都で開催された監査委員の研修会の帰路、名古屋から津島への名鉄電車で、久しぶりに電車に積み込まれた地元紙の夕刊とともに津島駅に降りました。
 
 この夕刊は、津島駅から尾西線の電車に積み替えられ、沿線の駅で販売店が取り出しに来るのですが、私自身は他の販売店の取り出しで、電車から新聞を降ろした経験はあるものの、未だに列車で新聞が配送されていることに懐かしさを覚えました。
 
イメージ 2 我家が販売店を起業した当時、朝刊はトラックで配送されてくるものの、夕刊は名鉄バスに載せられて配送されており、我家の前がバス停のため楽ではあったものの、バスは電車のように時間に正確ではない事から、積んでいないバスに乗り込むとそのままバスに乗せられて走り出したり、当時は時刻表より早く通過して終点のバス停に夕刊が置かれたままになったりとハプニングの繰り返しとなりました。
 
 私が起業した当時は台風が来たり、雪で道路が凍結した際にはバスの時刻が混乱し、どのバスに夕刊が積まれているかも判らず、通過するバスを全部停車させて確認したり、大幅に遅れて配達が夜になることもありました。
 
 こんな苦労も、津島市の商店連合会のトラックが夕刊を配送してくれるようになり、トラックの運転手さんが降ろしてくれるようになりましたが、その後に名古屋都市高速も完成し、万が一の場合は名古屋まで直接取りに行ったこともありました。
 
 懐かしい記憶と、時々はお手伝いも健康に良いと感傷に浸っていましたが、未だに駅まで取り出しに来ている販売店の苦労を考えると仕事の厳しさも思い出すこととなりました。
 
                         とりあえず、9月3日の第一弾です