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四国別格20番大瀧寺のとなりにある西照神社
 
 奈良時代に行基菩薩が大瀧山に登り、この地に一宇を建立し、阿弥陀三尊を安置されたのが大瀧寺の始まりで、弘法大師が24才の時に立ち寄り「求聞持修法」を修業され、42才の時に西照大権現の像を安置したことから神仏混淆の山岳道場となったと伝わります。
 
 大瀧山は香川県と徳島県の県境にあり、大瀧寺と西照神社は徳島県にあり、明治初期の神仏分離令により西照神社と寺院の大瀧寺に分離されたものの、元々ご本尊が一緒のため名前こそ西照神社となっても大瀧寺と一体と思われます。
 
 本日は別格二十霊場第20番大瀧寺について、カーナビが最適な道路を案内しないことから、脇町から登る道と、夏子ダムから入る道を走り、比べてみました。
 実際には、脇町から入るコースでも、途中から左右二手に分かれており、近道のため右側を選択すると車のすれ違いに手間取り、香川県側の塩江方面から入ると狭いだけでなく、過去に何度も道を間違えて迷子になりました。
 
 結論として、四国八十八ヶ所結願の大窪寺からは夏子ダム経由で入り、参拝後は第1番霊山寺に行くため脇町に下るコースがお薦めですが、夏子ダム経由は道路が農業道路のためカーナビが案内しないので、ダムを越えたら看板を見逃さないことが重要です。
 
イメージ 2 本日はここから別格1番大山寺に立ち寄りましたが、ここは大瀧寺よりも距離は短いものの道路が狭く、高齢者や女性の運転するお遍路はすれ違いができませんから、遭遇すると大変な苦労をさせられます。
 
 本日は大山寺から午後1時半に帰路につきましたが、途中で唯一見かけた八丁目休憩所に「ホッ」とさせられましたが、通り過ぎてから「ゾッ」としたので、車を降りて確認したところ、休憩していたのはお年寄りではなく…
 
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 お年寄りと思ったのは、間近で確認しないと判らないような人形で、日中でも人と勘違いしたくらいですから、夜間に走ったら「ゾッ」ではなく、「ギャ―」と背筋が凍ることと思われます。
 
 四国の山中には昔ながらの萱葺屋根の家も多く、畑を護る手造りの案山子(カカシ)も多いことから、日中はほのぼのと感ずるものの、夜に道に迷って焦っているときには恐怖に陥りそうで、前日の夜に迷子状態となった山間の燈篭や墓標にも無関心を装って走りました。
 
 昨年から一人遍路の時は、高速道路を利用せず一般道だけで四国を行き来していますが、およそ9時間の行程となるものの、神戸と大阪の都市部を除いた淡路島から京都、三重県には土地勘もでき、長い道中では自分だけの世界となり、四国と自宅が道路でつながっていることも実感できますから、運転が嫌いでないかたにはお薦めです。
 
 4日間の走行距離は1,247キロメートル。  
                                  11月9日の一言