
家内の在所は、現在は稲沢市になっていますが、出生時は中島郡長岡村で、後に私の出生地で、私の母親の在所でもある祖父江町と合併しました。
旧祖父江町は、銀杏(イチョウ)の木が多く、日本一の生産量を誇る「ギンナン」の産地ですが、生活するなかでは道路に落ちたギンナンを踏んだ匂いが臭く、通行する地域一帯が異臭の漂う町となります。
添付した写真は、家内の在所の庭先ですが、銀杏の葉が庭全体に落ちており、このまま大の字に寝そぶりたい心境に駆られますが、その下には前記したギンナンの実も落ちているため、歩くのも覚悟が必要となってきます。
本日は来年3月に依頼された四国八十八ヶ所の案内について、私が3月議会で同行できないため、家内がピンチヒッターで同行することになり、11泊12日の打ち合わせに訪れたものの、家内も5回(結願)ほど四国を廻っていますが、最近の四国は訪れておらず、心配な打ち合せとなりましたが、途中で立ち寄る果物屋さんや食事で盛り上がり、私より適任だったのかもしれません。
私は四国遍路中に、寺院山門内での雑談にも苛立ちを感じ、昼食のためにお店に入って時間を浪費するのも嫌いで、昼食はコンビニのおにぎりと決めているため、今回の依頼者が「お参りは真剣」と言われるものの、拘られる条件が気に入らず、「それなら私に頼らないで欲しい」と、面倒だから断りたい気持ちで一杯です。
依頼される講組の人々は、高齢化して人が集まらず、高価なタクシーも依頼できないことから、安価で依頼したいのでしょうが、私には本堂や大師堂に参拝する時間も与えられない仕事を押し付けられることと、3月は議会と言ってあっても日程を決めておられることから、お遍路の先達としての経験ではなく、運転して行ければ誰でも良いとの本音が明白です。
「それなら、遍路を本職とするタクシーに頼まれた方が…」と、言ってはならない一言を発しましたが、そんな予感から仲介のお寺で会っていたことと、家内が同席していたことから、「家内でできることなら…」となんとか円満な話し合いに終わりました。

さて、昼食後に家内の在所を訪れたものの、田舎の風景をカメラに収める程度しか考えておらず、家内が畑を掘り起こし、サトイモの株から土を落とし、イモを分けて袋に入れながら、「お父さんは手伝ってくれないの」と言われても、革靴にカメラをぶら下げていては、何の役にもたたない子供が親の働く姿を眺めているような情けない同行でしかありません。
初冬を迎えて、畑にはほとんど野菜が見当たりませんが、土の中にはサトイモや山芋が残されており、もらってきた山芋により、今晩は久しぶりの「とろろご飯」となったことから、夜になっても満腹感が残る食べ過ぎの一日ともなりました。
12月8日の一言








