昨日の話となりますが、議会日程が続いているものの、ボランティアと遠ざかっていたため、ガンの手術前から病院へ同行していた会員さん(高校の先輩にあたります)を市民病院まで移送したものの、午後になっても連絡がありません。
 
 午後2時に約束があった事から、他のボランティアにお迎えを依頼しましたが、診察時間の長さから良からぬ胸騒ぎがしていたところ、新たなガンが見つかったと同行したボランティアから連絡があり、来週には連日通院することとなりました。
 
 「また手術することになったわ」
 「大変なことになりましたねぇ」
 「何で2、3センチになるまでに見つからなかったのかなァ」
 「 … 」
 「判らないものかなァ」
 「 … ウーン …」
 
 幸いにして他の部位への転移はなく、手術で全部摘出すれば大丈夫との説明があったそうですが、定期的に通院していたにも関わらず、ガンが2、3センチになるまで見つからなかったことが疑問で、医師の推薦者である私への電話になったと思われます。
 
 担当する医師に救われた患者は多く、患者が集まる名医と思いますが、順調に回復していただけに再度の手術は辛く、ご主人に先立たれ、息子さんの家庭も離れているだけにこんな時の心痛は痛いほど伝わってきます。
 
 私が初めて選挙に立候補した際に、同窓会長を務められた先輩が、津島市に住む卒業生全員のお宅へ、私への墨書きの推薦状を送付していただいた事が縁で、ご主人に先立たれた直後に連絡があり、万が一病気になって外出ができなくなった時のために、我々のボランティアへの予約をされていた会員さんで、ガンの手術や放射線治療にも同行することになり、最近は経過も良好で、通院間隔も長くなっていたのでしたが…
 
 今年は9月の健康診断において、私自身も2点のチェックが入り、昨日には1泊とは言え、同級生もガンの心配から検査入院しており、ボランティアで人々の通院に同行しているものの、私自身の周辺にも病魔の心配は確実に迫っており、人の悲鳴が切実に堪えるようになってきました。
 
 「あの時はお世話になりました」
 「いえ、いえ」
 「実は、うちの愛犬が2ヶ月前に亡くなったの」
 「えっ、… 」
 「犬も家族と一緒だったから…」
 
飼い主の事故現場から戻った愛犬 2009/2/14(土)の私の一言
 
 四年前に交通事故に遭われた町内の奥様と、一緒に散歩中だった愛犬が家に逃げ帰り、事故現場からご家族に知らせに走った私の元に駆け寄ってきた姿が脳裏に残っていますが、その愛犬が死んだことを本日お聞きし、我家の愛犬モモの最後と重なり、双方が涙の一歩手前の会話となりました。
 
 「犬を飼ったら」
 「子供の頃は飼っていたんだけど」
 「今飼ったら」
 「面倒見れませんよ」
 「みてくれる人があるでしょう」
 「ないでしょう」
 
 一緒に話を聞いていた元県議との会話ですが、政治一色の家庭に犬の存在は大きく、手のかからない小型犬を持ち帰れば、「困った者だ」と言いながらご両親が子供のように世話をするのは想像ができ、犬の世話がご両親の心の安らぎと、健康長寿にもなると思われますが…
 
                                 12月13日の一言