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 本日は町内にある真言宗の弘盛寺で、本年最後となる「納め弘法」が開催され、午前中から僧侶5人による読経と、参拝者や信者の依頼した先祖供養などが続き、昼食をはさんで午後には「阿息観」修業も行なわれました。
 
 私は2年前にも納め弘法に参加したものの、毎月21日の午後に開かれている「阿息観」については、年末と1月21日の「初弘法」では開かれていないと勘違いしており、本日も知人を誘って参拝していたため、午後は出直して参加することとなりました。
 
 本日は僧侶の読経の後で、在家信者も一緒になった仏前勤行も読み上げられ、この中には「真言安心和讃」や、「光明真言和讃」、「弘法大師和讃」の「三和讃」もあったことから、終了後に高野山の発行する「勤行次第(経本)」も買い求めました。
 
 私は「三和讃」を集録した高野山真言宗在家勤行次第のカセットテープに添付された教本は持っていますが、四国八十八ヶ所の先達教典には、弘法大師和讃と四国巡拝和讃しか添付されていないことから久しぶりに新鮮な気持ちにさせられました。
 
 四国八十八ヶ所の経本には観音経が添付されておらず、別格二十霊場の経本では八十八ヶ所のご真言が判らないことから、私の巡礼カバンの中には観音経も含めて三冊の経本が入っていますが、これからは高野山の経本と四冊となりました。
 
 さて、我家は真言宗ではなく、浄土宗の在家ですが、「南無阿弥陀仏」と唱えるだけの他力本願や、葬儀や法要から先祖供養しかご縁のないお寺には魅力が感じられず、「十善戒」や「即身成仏」を示された弘法大師の教えや、生きている我々と接点のある真言密教の魅力にはまっています。
 
 毎月21日に開催されている「阿息観」については、まだまだ呼吸法すら会得されていませんが、「阿字観」まで上達させることは、四国遍路だけでなく、神々しい上高地にもつながることから、更なる精神修業に励みたいと思う納め弘法となりました。
 
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 帰宅後は久しぶりの家族団欒のひとときとなりましたが、孫のいない我家では私の相棒リマが主役となっており、コタツの上に置かれた饅頭を狙って、いつでも手足のでる態勢を続けており、私の居ないときには我慢していますが、私の帰宅によって我が物顔となっていました。
 
 相棒を車に乗せて連れ出し、木曽川や珈琲店に連れて行っていたことが懐かしく、今年は相棒を留守番にすることが多かったことも反省点ですが、私が忙しいことからボランティアに参加できないため、1ヶ月後には家内が会社を辞めてボランティアに専念することから、相棒にも楽しい日々がやってくると思います。
 
 外出機会が減り、オヤツをせがんだ結果、体重が増加していますから、生活習慣病の予備軍となっている私とともに、来年はリフレッシュの一年ともなりますね。
 
                                12月21日の一言