「大鹿君、あんたに電話するべきか迷ったんだけど…」
 「何でした?」
 「あんまり良い話じゃないけど、○○君が亡くなったんだわァ…」
 「えっ、」
 「どうも、すい臓がんらしい」
 「そうですか…」
 
 15年前、私が議員に立候補するため廃業した朝日新聞の先輩店主からの電話ですが、長年一緒に働いた店主仲間の訃報で、亡くなった先輩店主には私の結婚式にも出席してもらい、父親の葬儀にも参列してもらった恩のある人でした。
 
 地域でリーダーシップを発揮していた店主ですが、私とは仕事に対する考え方が違い、大先輩の年長店主にかわいがられて、昔からの伝統を第一に考える私とは正反対で、仕事の目的のためには先輩にも苦言を呈する熱血漢の店主でした。
 
 私よりは5年年長にあたり、大学時代に起業した私の兄貴分として、自分の考えを指導するつもりだったと思いますが、戦前から続く老舗販売店の店主と相容れないことと、私はそういった老舗店主に期待されていたため、お互いの距離を縮められないまま私は廃業してしまいましたが…
 
 それでも、個々の仕事は別々でも、高校野球の球場設営や、大学駅伝の中継所などの設営は一緒に行い、同じ販売目標に向かって23年間も一緒に活動した先輩店主の訃報は、私自身には大きなショックとなり、思いのほか気力を奪われました。
 
 「実は、本社の〇〇さんも今年になってから亡くなっていた」
 「えっ、〇〇さんも…」
 
 現役大学生として販売店を起業したことから、私は新聞社の人々にも可愛がっていただいた人が多くありましたが、15年前に突然廃業したままとなっており、私をスカウトした恩人も退職されており、私に複数の販売店を任せた恩人も大阪本社に戻ってから退職されています。
 
 現在の議員としての生活よりも永く働いた仕事の関係者と、無縁のままに廃業してそのままとなっていましたが、新たな出会いは無いものの訃報の連絡ばかり入るため、悲しい話題ばかりとなります。
 
 こんな時に、生々しい政治の話をされても、人の情と感情が入っていない事から、昔からの仲間との会話は懐かしく、悲しい連絡ではあるものの、明日は悲しい別れと同時に、当時の懐かしい仲間との再会にしたいと思います。
 
                                    3月22日の一言