48年前に一家4人を殺害したとして死刑判決が確定していた、袴田巌さんの再審が静岡地裁で認められ、本日東京拘置所から釈放される姿がテレビニュースでも放映されましたが、48年の拘置所生活により精神を病み、78歳になってしまっている現実を、証拠品を捏造したと思われる当時の捜査担当者にどのような責任を問えるのか。
袴田事件の再審開始決定、釈放へ 証拠「捏造の疑い」
48年分の自由を奪われた損失を補償されたところで、平均寿命を考えると48年分の報酬を使いきれる時間と体力は残されてはおらず、身に覚えの無い犯行を押し付けられ、犯人の家族として人目を忍んで生活し、既に他界されているご両親や兄2人など多くの人々の人生を暗転させました。それらの人々には謝罪することもできません。
私は幸いにして警察に拘置されるようなことは一度もありませんでしたが、非行に走る前の中学生時代に、塾をサボって深夜徘徊している時、突然数人の警察官に取り囲まれて駐在所に連れていかれたことがありました。
「何か言う事はないか」と問われ続けたものの、身に覚えがないままに服を脱がされて身体検査が行なわれ、ポケットに入っていた千円札の出所を問われて、父親まで呼び出されて犯行を自白するよう繰り返し質問が続きました。
私に対する取り調べは、当時の農協売店に忍び込み、何かを盗み出した疑いで調べられ、身体検査から大声で暴力スレスレの犯人と特定したような威圧的な取り調べと、反対に優しそうな警察官の組合せで行なわれたものの、犯人ではないため取調べが進まず、父親が私をわざと本気のように殴ったために、「まぁ、まぁ、お父さん」と、父親の暴力を心配して解放されました。
しかし、翌日から何事もなく学校には行ったものの、どこかで警察官に見張られているような心配と、近所に農協の職員も存在したことから、周りに疑惑の犯人と思われているような疑心暗鬼な気持ちにさせられ、駐在所で生活する警察官と家族も我家と親しかったことから、世間に背を向け、塾を辞めるだけでなく、元々が学校嫌いのため、学校をずる休みする生徒になっていきました。
さて、この事件については、その後何もありませんでしたが、病気と非行に走り高校を落第して2年下となる後輩と同級生になった時に、この事件の犯人が私の知る後輩で、直後に捕まっていた事実を聞くことになり、当時の暴力紛いの取り調べをした警察官に抗議したい心境となったものの、当時は不良少年になっていたため、後輩に犯人と間違われた笑い話としてしまいました。
非行少年にもこだわりはあり、私は仲間を売ることと、空き巣のような他人の物を盗むこそ泥はやりませんから、純真な少年(とは言えませんでしたが)の心を傷つける警察官の対応には、今でも怒りが収まりません。
還暦を迎えるまでにも、警察官の理不尽な対応には何度も遭遇しており、落ちていたカバンを届けた際に、中身の現金が抜かれていた事から犯人と疑われたり、議員に初当選する1ヵ月前にも、娘の自転車に乗って「自転車泥棒」と勘違いされ、パトカーのスピーカーで怒鳴られて派出所に連行されたりと、語り尽くせないほどのエピソードが存在します。
同じ間違いであっても、袴田さんのように死刑囚に陥れられたわけではなく、今では笑い話にできるものの、こんな理不尽な取り調べでも犯人に仕立てられてしまう危険性は、情報化社会となった現代社会からは払拭していくと同時に、間違って罪人とした場合の警察官への強い厳罰を求めていきたいものです。
3月27日の一言








