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私の帰宅後はピーちゃんが気になる相棒リマです
 
  「週に1、2回しか食事を与えておらず、いずれ衰弱死してしまうと思っていた」と、神奈川県厚木市のアパートで白骨化した男児の遺体が見つかった事件で、父親が供述した一言に驚かされますが、死亡したとされる2006年10月以降も毎月5万円の家賃を払い続けており、こんな気持ちがあれば死なせることもなかったと残念に思います。
  
「供養に、死後一度だけ帰宅」 厚木男児遺棄、父が供述
「いずれ衰弱死すると思った」 厚木男児遺棄、父が供述
 
 過去に何度も同様の事件が起こり、就学しない児童が死んでいたケースがあり、その都度行政の確認作業が行われるものの、今回も放置した父親だけでなく、家を出て行った母親や、双方の祖父母まで責任を考えていけば救えた命だったかも知れません。
 
 「鳥なんか拾っちゃダメですよ」
 「拾わなきゃ死んじゃうじゃない」
 「それが自然じゃないですか」
 「何と言われても自分には見捨てることはできない」
 「人間を救って下さい」
 「人間は、自分で働けるじゃないか」
 
 先月、高山市から上高地と乗鞍に出かけた際に知人と交わした会話の一片ですが、働けば生きていけるのは大人の話で、幼児や子供は親に放置されれば生きてはいけず、こんな結末を考えれば手を差し伸べてあげたいものの、事件にならないと判らないのが現実でもあり…
 
 下に添付したのは、本日の朝日新聞デジタル版の記事ですが、自転車の高校生を撥ねて1キロも引きずって逮捕された60才の犯人や、22才の息子を刺殺した母親、37才の息子に殺された62才の母親など、目を覆うような事件が相次いでおり、青森県では80代夫婦が無理心中と思われる事件も起こっており、人の命について真剣に考えたい一日となりました。
  
高校生引きずられ重傷 登校中、軽乗用車に1キロ 京都
 
80代夫婦が自宅で死亡、無理心中か 青森
 
「カッとなって」 22歳長男を刺殺容疑、母親を逮捕
 
畑で母を殺した疑い、次男を逮捕 茨城県稲敷市の事件
 
御手洗さんの机、いまも校長室に 佐世保同級生殺害事件
記事の続き…
 在任中、地域との連携に力を注いだ。町内会と学校の運動会を一つにまとめ、地域住民を講師に招き、昔遊びなどを教え伝えてもらう催しを始めた。「子どもが元気になることなら何でもやろう」。会話の糸口にしようと、ドラえもんやミッキーマウスなどのネクタイを毎日締めた。
 大久保小を2年で離れ、別の校長などを経て、この春に定年退職した。事件から10年目の集会は、初めて地域住民として参加した。
 学校はずいぶん和やかになったと安心した。「命を大切にします」。学年ごとに声をあわせて決意を語る児童の姿には、周囲の視線に萎縮していた事件翌年の集会とは違う力があった。「みんなに輝いてほしいという思いは確実に受け継がれている」と感じた。
 今、机といすに向き合う小林庸輔校長(56)は事件直後、市教委から学校に派遣され、次々とかかる学校批判への電話応対に追われた。「この机で最後まで学びたかったろう」。帰らぬ少女の姿を思い、児童たちと日々過ごしている。
 
 一方では、10年前に長崎県佐世保市で起きた小6同級生殺害事件については、事件が起きた1日に毎年集会を開いており、黙祷を捧げるとともに、被害者の使っていた机といすが、校長の机と向き合うように現在も置かれ同級生の寄せ書きと折鶴が大切に保管されている。
 
 「じいちゃん、何やってるの?」
 「○○は何をやっているんだ?」
 「本を読んでる」
 「また、どっか行こうか?」
 「こどもせんだーつ(先達)行きたい」
 
 2ヶ月後に5歳となる孫と本日夜の会話ですが、携帯電話の普及でいつでも孫と話せるため、祖父母の存在も悲惨な事件を防ぐ可能性もありそうなものの、親子関係が希薄となり、孫の顔を見たこともない祖父母も存在すると聞くと、「ヒナを拾わない」と命を見捨てるような教育ではなく、何とか助けたいと思わせる教育に転換する必要もありそうです。
 
                                      6月2日の一言