
弥富野鳥園の案内板です
金曜日の夜に保護したカワセミを連れて、昨日には伊勢湾岸に近い弥冨市の弥富野鳥園を訪れたところ、鳥を預かることはできないとの話です。
「それじゃー、どうしたら良いですか?」
「近くの動物病院に見せてください」
「そこで預かってくれるのですか?」
「それはできません」
「診察代も必要なんですね?」
「自分もちとなります」
「それで元気に回復しますか?」
「難しいです。
そもそもが、鳥を治すために獣医になった人はほとんどいませんから…」
「死ぬのも自然」と、(役職上の言葉でしょうが…)死ぬことが判っていても捨てろと言い放った愛知県民センターの若い女性職員のような冷酷な応対ではありませんでしたが、現実にはこのまま鳥を飼うこともできず、自分でエサも食べられず飛べない鳥を外に置けば、ネコかヘビの餌食になってしまいます。
2日前に玄関で保護した時には、明日になれば元気になっていると思っていたものの、元気になるどころか弱っていくばかりで、せめてエサくらいは与えないとと、魚の生餌やシーチキンなどを用意して無理やり口に入れ、食べれば元気になると考えていたものの… 野鳥については、私を含めて詳しい人は存在せず、鳥については一過言ある人も、スズメすら間違った情報ばかりで、カワセミについても「こんな汚い所にいること自体が珍しい」とか、「近くの木に巣があるから探せ」と言われたものの、昨日の野鳥園の職員の話では、カワセミは何処にでも生息し、町のどぶ川にも生息して、土の中へ穴を掘って巣にしているなど、現実には判らないことばかりです。
このまま外へ出せば死ぬとの話から、エサを食べさせて元気にさせてから、安全な場所に置くことで帰宅したものの…
現実には、昨日自分からエサを口にしたとは聞いた(長男から)ものの、朝には衰弱しており、体温も低いように感じ、午前中にエサを無理やり与えて近くの草むらに出そうと考えていましたが、亡骸を見たくないだけの責任放棄に、再度頑張ってエサと水を与えて元気を取り戻させたいと思います。
このカワセミをヒナの巣立ちと言った人もありますが、現実には成鳥が走ってきた車に飛ばされて我が家の玄関にうずくまっていた可能性が高く、外見は何も異常がなさそうに見えるものの、左目を瞑っていることもあり、ヒナとしても親らしき存在と、巣を作っていたと思われる場所がないため、自己治癒力に祈るしかありません。
本日は、早朝に枕元の携帯電話で起こされましたが、電話の主のご子息の声が聞こえたことから、不吉な予感がそのままとなり、親しい知人の満八十四歳での訃報となりました。
私は、この人と、議員になる以前は「朝日旅行友の会」で一緒に行動し、議員になってからは選挙の事務局長として関わってもらい、横井庄一記念館が開館した直後はボランティアの案内人、NPO法人の副理事長として見返りのない無償でのご協力を続けていただきました。
こうした数少ない信頼できる知人が亡くなるのは悲しいものがあり、議員生活を十五年も続けると多くの支援者が鬼籍に入っており、それらを奮起の材料にするか、私のように自分の残された寿命を考えるかによって住む世界が変わってしまいます。
保護したカワセミ君についても、ここで自然の摂理として放置するのか、何とか人間の知恵で努力すれば助かると考えるのかの違いは大きく、今晩は保温することによって最後の体力回復に期待したいと思っています。
6月16日の一言








