
上高地の河童橋のたもとで観光客に囲まれる「ホームレス画伯」こと、千葉県旭市の渡辺さんです。
上高地を描いて50年以上となる渡辺さんは、油絵を描くために一年の半分を小梨平のテント生活を続けて描いていますが、絵を描くこと以上にお気に入りとしていることが、上高地を訪れた観光客と語ることで、私も何年前かは判りませんが、会話を交わしたことで千葉県の自宅まで訪れるような関係となっています。
自分の好きな趣味とは言え、一年の半分を上高地のテントで生活することは過酷な自然環境となり、昨年の開山式は猛吹雪に見舞われて、一日3本携帯ガスボンベを使用しても寒さに凍え、落雷や豪雨に耐え、台風は公衆トイレや、ホテルに避難するなど大変な生活となります。 私が勝手に「ホームレス画伯」と命名してネットに発信して、本人もホームレスの言葉を気に入っていただいておりますが、一日のテントや入浴にかかる費用は毎日ですから大変な額となり、食材や絵の具の調達も苦労しておられ、本当にホームレスであれば続けられる趣味ではなく、自分の家業である自動車板金塗装の仕事を引き継いだ息子さんや奥さんが存在しているから続く生活でもあります。
上高地に朝日がさす早朝に目覚め、健康維持のため必ず散歩に出向き、自給の朝食を済ますと大急ぎで自作のキャンパス移動器を引っ張って河童橋に行き、観光客と意気投合すると自作のプロフィールを手渡し、その上でも気に入った人には小梨平のテントに戻って油絵か水彩画を差し上げる生活の繰り返しです。
本日も多くの人々との出会いがあるなかで、私が訪れたことから、頂き物とはいえ大きなスイカに包丁を入れ、食べきれないことから通りがかった登山者や観光客にふるまうこととなり、偶然にもドイツから訪れていた人との出会いに立ち会いました。 こんな生活を続けられるのは、故郷で家業を守るご子息と家族のおかげですが、75才の身体が健康であるためで、私との関係も、私自身の健康はもちろんですが、渡辺さんの健康が一番となります。
さて、本日は私が隣りにテントを張ったことで、私へのサービス精神を旺盛にされていますが、上高地の小梨平には、渡辺さんのように一年の半分を生活場所とする人はありませんが、一ヶ月とか半月単位で滞在する人が多く存在しています。
「あっ、大鹿さん」
「えっ、あっ、お久しぶり」
昨年の8月に渡辺さんのテントの隣りに居られた豊中市の人と再会し、夜には一ヶ月滞在し明日に上高地を後にされる、新大阪駅の近くに住まわれるご夫婦と6人でお別れパーテーとなり大いに盛り上がりました。
そういう私も、明日の夕方には愛知県に戻りますが、雨が多かった上高地にも久しぶりの晴天と、観光客の旧友会に花が咲き、健康で長生きすれば楽しい生活が待っていることと、厳しい年金生活とはいえ十分に満足できることを実感する一日ともなりました。
えっ?相棒リマ?
もちろん、上高地でも周りの人々に可愛がられて一緒に滞在していますよ。詳細は後日に…
本日の体重 79,3キロ
8月21日の一言








