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 本日添付した「我家の珍品」は、昭和47年にグアム島で発見された旧日本兵、横井庄一さんの帰国15周年を記念して、昭和62年に名古屋三の丸会館で開かれた「帰国15周年記念パーティー」の記念品となった「ぐいのみ」です。
 
 横井さんは、昭和50年に陶芸をはじめ、昭和54年秋に自宅裏へ窯を築き六十路(むそじ)窯と命名し、翌年に東京銀座三越百貨店で個展を開き、名古屋、新潟、岐阜、大阪、仙台など全国各地で陶芸展を開催しました。
 
 昭和59年には名古屋三越で作陶10年を記念する個展を開催していますが、この頃から身体に変調が出始め、59年6月に右目白内障手術(藤田保健衛生大学付属病院)を受け、翌年3月には国立東名古屋病院で胃ガンの手術を受けています。
 
 ただし、この頃は長年のサバイバル生活で身についた五感により、自分の感覚で胃の異常を感じて、自らの意思で病院を訪れ、胃ガンも極めて初期に発見されており、平成5年に胃ガンで晩年を迎えた私の父親を見舞い、「おい、頑張らなきゃーいかんよ」と13才も若い父を励ましていました。
 
 横井さんは大正4年から15年まで大鹿庄一として我家で育っており、私の祖母たちを姉のようにして生活していたため、私の父親たちにも兄貴分のように振舞っていましたが、28年もグアム島の洞穴に隠れていたため、発見後も父親よりも感覚が若く、私の良き理解者でもありました。
 
 さて、本日は最近更新していない「横井庄一記念館」のホームページを見たところ、掲示板に「奥様、大鹿様、こんにちは」の書き込みを発見し、最近まで「記念館に寄せて」と横井さんを連載されているブログを発見し、この中には平成9年に放映された「知ってるつもり」(日テレ)のビデオが添付され、当時の私の映像も紹介されていました。
 
 
 本当に有難うございました。こんなことから、横井さんの珍品を紹介することになった次第です。一方で、横井さんの公式ホームページやブログを運営しておりながら、新しい記事を書き込まないままに日々を経過させている反省もする一日ともなりました。
 
横井庄一記念館 明日への道 公式ホームページ
 
 
 本日の津島市議会では、文教建設委員会が開催され、午後5時40分まで審議が続き、傍聴のため退席も可能でしたが、気になる報告案件が最後になっていたため、人との約束を順延することになってしまいました。
 
                         本日の体重 77、2キロ
                                  9月18日の一言