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 昨日の一言で、横井庄一さんの茶碗を添付したことで、我家に存在する抹茶茶碗を整理していると、車の車中泊用に積んであった茶碗に「擔風(たんぷう)」の書き込みを発見し、服部擔風(担風)さんは愛知県尾張地方で漢詩の研究や書家として名のある人物だけにびっくりとしました。
 
 早速この茶碗の由来を母親に確かめると、私の父親の作った抹茶茶碗と話し、「それじゃー、何故擔風の名前があるんだ」と問うと、「お父さんが、弥富の擔風さんの所に通っていたから」と、今まで聞いたこともない話を聞くこととなりました。
 
 母親の話では陶芸を習っていたと言いますが、擔風さんは漢詩の講義や詩作の指導に励んだ人で、書の大家であることから、陶芸を習いに行っていたのではないかも知れませんが、父親は擔風さんの指導を受けに通っており、その中で抹茶茶碗に書き込んでもらった物と判明しました。
 
服部 擔風(はっとりたんぷう)
 
 もっとも、私の父親は帝展や日展に入選している日本画の浅見香城先生のもとにも通っており、絵画や書に関心は高かったため、母親の話を聞いてなるほどとは思いましたが、父親が作った茶碗とは言え、服部擔風さんが書き込んだ茶碗だけに、車中で転がっていた環境から事務所2階に移し変えました。
 
朝見香城 (あさみ こうじょう)
明治二十三年(1890)-昭和四十九年(1974) 享年八十四歳  姫路市の生まれ。はじめ画を森月城に学ぶ。のち京都の西山翆嶂の門に入り花鳥画を極める。 大正元年に名古屋に。新派の画家として活躍し、同四年の文展に出品して初入選。 それ以降帝展・日展に入選して東西にその名を知られた。
 
 さて、昨日に添付した横井さんの「ぐいのみ」も1万円程度はすると聞いたことがありますが、本日の茶碗は父親の作った素人作品で、しかも欠けており、粗末な品物を「我家の珍品」として紹介してしまいましたが、我家にも陶芸作家から頂いた高価な抹茶茶碗が存在します。
 
イメージ 2 左に添付した抹茶茶碗は、瀬戸の陶芸作家で、作品が皇室にも献上されている山口小左衛門先生からいただいた作品です。
 
 山口さんは小左衛門窯の13代目を襲名された陶芸作家で、この茶碗は名古屋城本丸に展示されている「黄金黒耀茶碗」と同じタイプの抹茶茶碗です。
 
 この茶碗は、昭和51年に横井庄一さん夫婦と一緒に訪れた際に、居間で出された抹茶の茶碗を持って帰れと案内役の同行者から言われて喜んでいると、帰り際に新品の茶碗を出してこられ、箱に入れて記名していただきました。
 作家は第三者に満足できない作品は渡したくないためらしく、茶碗の価値も判らぬ大学生の私には高価すぎるプレゼントとなりました。
 
 「おまえ、貰った茶碗はいくらすると思っているの」と横井さんに言われましたが、当時の値段で最低でも20万円程度の価値があったようです。
 
山口小左衛門 
大正2年生  瀬戸市西窯町に生まれる。生家の小左衛門窯の13代襲名。瀬戸窯の伝統技術保持と現代陶芸創作に力をそそぎ、皇室献上品、名古屋城をはじめ国内、また海外にも永久保存品が多数。
                           本日の体重 77、2キロ
                                    9月19日の一言