御嶽山の噴火を受け、「火山噴火予知連絡会」の緊急会合が先月28日に気象庁で開かれ、噴火で被害が出る恐れのある47火山を24時間体制で監視しているが、御嶽山は、その中でも特に活動が活発とされる23火山のひとつだったと発信されています。
 
 ならば、何ゆえに前兆となる地震が頻発していたのに登山規制や警戒情報が発信されなかったのか疑問になるが、「噴火は想定外だった」と言うのであれば、同じように噴火した昭和54年の結果が全く活きてはおりません。
 
草津、上高地、富士山、伊豆諸島…噴火秒読み7火山
 
 全く恐ろしいのは、私が何度も訪れている上高地の焼岳も同じように危険と発表されていることで、立命館大環太平洋文明研究センター・歴史都市防災研究所の高橋学教授は「前兆が観測され、御嶽山の噴火は時間の問題だと分かっていた」と指摘し、御嶽山と同様に周辺で地震が頻発しているのが、草津温泉の近くの白根山と、上高地の焼岳だと発言していることだ。
 
 焼岳については1915(大正4)年6月に水蒸気噴火を起こしており、この時の泥流が梓川をせきとめ大正池を造っており、昭和に入っても何度も噴火を繰り返し、平成7年の水蒸気噴火では安房トンネルの建設関係者4名が犠牲となっています。
 
 問題と思われるのは、東日本大震災直後から焼岳の地震活動が活発化し、有感地震が多発していたにも限らず、特別に警戒されていたとは思えないことで、登山者は簡単に噴火口付近まで登頂して写真を発信していることです。そういう私も最近10年間に3度家族と登頂しており、全く危険とは思ってもいませんでした。
 
 今回噴火した御嶽山については、信仰を目的に登頂している団体の多くが、8月のお盆前に参拝をすませ、お盆以降は「天候不順・雷雨」を理由にして団体での登頂はしないようにしているようです。
 
 かつては数台のバスを連ねていた御嶽講が壊滅状態になっており、「秋の紅葉シーズンに行けば参加する信者も増えるのでは」との私の意見に、「お盆が過ぎると雷が発生しやすくなる」と言われた先達さんの一言が今でも鮮明に記憶されており、噴火は別としても、山の危険を考えない最近の登山への警鐘も大事に思います。
 
 さて、本日は名古屋の叔父の一周忌が行われ、日ごろ節制してきたのが台無しとなる豪華料理を残さず食べてしまい、帰宅後にも普段より多めの食事を摂ったため、体重計が大幅に増えていると思いましたが、体重計は正直です。
 
 法要後の雑談の中で、我家の大正から昭和初期にかけての貧しく苦しい時期の話となりましたが、当時の状況については、昭和47年にグアム島で横井庄一さんが発見され、横井さんが我家の大鹿庄一として生活していたことから知ることとなり、横井さんは私以外には夫人にも苦難の貧乏暮らしを語っておらず、私だけしか知らない話になってしまったようです。
 
                          本日の体重 76、4キロ
                                   10月5日の一言