イメージ 1
ウイスキーのアルコールで渋みを抜くため収穫した我家の柿です
 
 この柿は我家に明治時代より残る柿の木から収穫した柿で、我家には甘く大きい父親の植えた柿が存在することと、最近では渋みがあることから、食べることもなく落ちるがままにされ、鳥が突付くだけでしかありませんでした。
 
 大正時代に我家で生活していたグアム島で発見された「横井庄一」さんの話では、この柿が当時の我家に3本あった柿の木で一番甘くて美味しい柿だったらしく、我家で昭和初期にあった小屋の火災によって幹の半分が焼け枯れており、私にとっては我家の歴史をとどめる貴重な遺産でもありました。
 
イメージ 2 「切っちゃったら」
 「何故に…」
 「渋くて食べないでしょう」
 「元々は一番甘かった柿だぞ」
 「木が半分腐っているじゃない」
 
 嫁いできた家内の目には、黒い幹を腐ったと思っていたようで、枯れかけの渋柿と思っていたらしく、こんな雑音を聞かないためにも、本日はウイスキーのアルコール分で渋みを抜くため収穫して箱に入れました。
 
 前期したように、私の少年時代には3本の柿の木があり、子供の頃には近所の子供たちが裏庭にあった屋根より大きな柿を取りに集まり、まだ青いうちから採ってしまうため曾祖母に竹で突付かれて怒られていました。
 
 その後、家の新築に伴い、当時一番甘かった柿の木が切られ、畑に数本の柿が植えられ、その後事務所の東側に3本が移植されていたものの、貸し店舗の建設によって駐車場になり、移植はしたものの全部枯れてしまいました。
 
 現在の我家には、庭のまん前に屋根より高い柿の木がありますが、これは父親がとりあえず植えたもので、「邪魔になるから切ってくれ」と言い残して他界したものの、親の遺産として残してあり、大きくタネのない甘い実が毎年熟しています。
 
 一方で、この柿の木の根元には、私が少年時代に飼っていた愛犬が眠っており、あたらな家族にとっては邪魔となる木々であっても、先祖が愛着を持って植えたものであり、何とかそのまま残しておいて欲しいものです。
 
 今まで渋柿を食べようと思ったこともありませんでしたが、先月宿泊した和歌山県九度山町の民宿で、渋柿を甘く処理した甘い柿が出され、その方法を聞いていたものの、昨晩に九度山町の柿農家の人がテレビ出演し、渋柿を甘くする方法を説明されていたため、早速に収穫して挑戦してみたしだいです。一週間後が楽しみになりました。
 
     本日の体重 73、3キロ(午後6時現在) 雨のため徒歩数約500歩
                                   11月9日の一言
                   夕食後の体重 74、1キロ