80歳を超えてからブログを始め、93歳の今も毎日続けている徳島市の女性が、童話集「青蛙(あおがえる)のペキ」を出版したと朝日新聞に報道され、これまでにエッセー集など2冊の本を出していることと、本のあとがきに「夢を抱き続けておればいつか実現できるということを確信いたしました」と記されていることが紹介され、私はこの記事にびっくりとさせられました。
徳島の93歳ブロガー、童話作家デビュー 挿絵も手がけ
私のブログで、私が不摂生な生活習慣を管理栄養士さんの指導で減量している書き込みのコメント欄に、私より1歳年長となる61歳の男性が100メートルを12秒台で走ることを目標にしておられる書き込みがありました。
私も39歳の時に80kgありました。サウナで見る自分の足はスプリンターの面影一つないありさまでした。40歳で100mに出ることをきっかけに今は62kg台です。何か目標がないと減量は厳しいですね。減量の方法は毎日測定と記載だと思いますよ。当方61歳です。
100m60代で12秒台へ http://blogs.yahoo.co.jp/cqkqr842
一日8000歩歩くことを携帯電話の設定目標にしてありますが、世の中には私の若かりし頃の最速記録よりも早い記録を目標にしている60代男性が存在し、関連する記事には90歳を超えた現役選手が活躍しており、104歳の選手も出場したとの報道に驚きは隠せません。
90歳、陸上世界記録更新続ける 鹿児島の宮内さん
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20代の頃、市役所チームの一員として地元の駅伝大会で活躍したが、結婚を機に一線を退いた。競技を再開したのは40年近くたった63歳のころ。知人の誘いで挑んだマラソン大会で準優勝。65歳で初出場したマスターズ大会で、いきなり65~69歳の日本記録を出し、それ以降も更新している。
体力を支えるのは、朝の練習と畑仕事という。さらに、毎夕食時に煎って食べるニンニクひとかけらと、芋焼酎のお湯割り1杯。
70歳前後の「若いころ」は、周りのランナーと張り合っていた、と振り返る。今はペースを守ることだけを心がけ、ラストスパートを待つ余裕ができた。「抜かれても焦らず自分の走りを続ければ、その時がくる。大切なことは何でも一緒」
10年前、「90歳まで走る」と公言していた。その年齢になった今も視線は次のレースを向く。「走れるだけ走りたい。どこまでいけるかね」
鹿児島マスターズ陸上競技連盟会長で、一緒に大会に出たこともある右田忍さん(79)は「100歳を超えても走っていますよ、あの人は。そうであってほしい。私たちの大きな目標ですから」。同居する長女ひろ子さん(65)は「生きがいですから、応援するしかないですね」と静かに見守っている。
お達者ニッポン、陸上で世界新 男女とも世界最高齢
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63歳の時、友人に誘われて数十年ぶりにスパイクを履いた。だが73歳で胃がんに。主治医に余命半年と言われた。「バカ言うな」。75歳で200メートルの日本記録を作る――。これを達成するまで死ぬわけにはいかなかった。胃の全摘手術。2年間、リハビリを重ねた。
78歳で、日本記録を更新。81歳で、200メートルと400メートルで世界記録を樹立した。次の目標は、100メートルでも世界記録だ。「無限の可能性を作るのは自分次第。次の目標に向けて、ワクワクしっぱなしです」
■元気のカギは日本食
厚生労働省によると、全国の100歳以上は5万8820人(15日時点)と過去最多だ。
「存命中の世界最高齢の男性」としてギネス記録に認定されているのは、111歳の百井盛(ももいさかり)さん=さいたま市中央区。女性は116歳の大川ミサヲさん=大阪市東住吉区=だ。
百井さんは規則正しい生活を守り、三食をしっかりとる。好物は魚。和菓子なども、たまにつまむ。漢詩をたしなみ、60年も前のことも記憶は鮮明だ。
長生きの鍵は――。様々な説があるが、順天堂大学の白沢卓二教授(加齢制御医学)は「遺伝が25%、生活習慣などの環境的要因が75%と言われている」。19世紀後半に生まれた双子が何歳まで生きたかを追跡したデンマークの研究で明らかになった。遺伝子が同じ一卵性双生児でも、大人になって生活習慣が変わるにつれ、寿命に20年の差がつくこともあったという。
人間の体には、効果的に働けば寿命が延びるとされる「長寿遺伝子」が50個ほど確認されている。その長寿遺伝子のスイッチを入れるには、伝統的な日本食が有効だというのは、東北大学大学院の都築毅准教授(食品機能学)らの研究グループだ。
グループは、1960年、75年、90年、2005年の各年代の平均的な家庭の献立1週間分を再現。乾燥・粉末にしてマウスに食べさせ続けた。例えば75年の夕食は、ご飯、サバのみそ煮、五目豆、白菜とワカメのすまし汁といった具合だ。60年代より肉や野菜なども加わり栄養価が高い。
一方、05年の献立にはハンバーガーやミートソーススパゲティなどが並ぶ。75年に比べて食材は16種類少ない。魚介類は3割減り、肉類は5倍に増えた。煮る、蒸す、焼くなどの多彩な調理法も半分に減ったという。
その結果、75年の食事をしていたマウスは、05年のマウスより寿命が1・2倍長くなったという。都築准教授は「75年ごろの日本食は内臓に負担が少なく、長寿遺伝子を効果的に働かせる」と説明する。
食習慣は40歳ごろのものがそのまま続く傾向にあるという。75年ごろの食事を続けている人たちは80代だ。都築准教授は「和食が世界無形文化遺産に登録され、多くの食材を少しずつとるという良さを再確認することが重要だ」と話す。
岩手)104歳、京都の宮崎さん激走 マスターズ陸上
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元気の秘訣(ひけつ)は「欲をかかないことと、食べ物に気をつけること」。口に入れたら30回かむようにしているという。この日の走りについては「もう少し足が速く出るかと思ったが、少し遅かった」。大会にはこれからも出場し、「来年は世界新記録を出したい」と元気いっぱいだ。
■夫婦でメダル60個目 奥州の石川董さん 81歳
全日本大会に夫婦で27年連続出場の日本記録を更新した石川董(ただし)さん(81)=奥州市江刺区=は100メートルに出場し、15秒60で80~84歳クラスの2位に入った。「念願の『夫婦で計60個目』のメダルになった」と喜んだ。
石川さんは2月に左足の病気で大きな手術をし、4週間ほど松葉杖の生活を送った。プールで水中を歩くリハビリを繰り返し、「何とかスタートラインに立てた状態だった」という。その中で結果を出すことができ、「夫婦であと3年出場し、連続30回を目指したい」と張り切っている。
■スタンドから園児ら大声援
この日、スタンドには北上市内の幼稚園児や小学生が応援に訪れた。自分たちで色を塗ったという各国の小旗を用意し、大きな声で「頑張れー」と励ました。
江釣子保育園はインドの小旗を用意した。すると、インドの選手たちが駆け寄って声援に感謝し、大会バッジを園児にプレゼントする姿もあった。
スタンドには市内の小中学生が作った各国の「応援のぼり」も登場した。
これらの記事には健康で長生きするヒントが盛り込まれ、「遺伝が25%、生活習慣などの環境的要因が75%と言われている」順天堂大学の白沢卓二教授(加齢制御医学)、東北大学大学院の都築毅准教授(食品機能学)らの研究グループは、『人間の体には、効果的に働けば寿命が延びるとされる「長寿遺伝子」が50個ほど確認されている。その長寿遺伝子のスイッチを入れるには、伝統的な日本食が有効だ』と紹介されています。
不規則な食習慣を改めて間食を減らし、適度な運動をすれば体重が減少するのは当たり前のことかもしれませんが、報道されている人々はマスターズとは言え、世界記録を記録しており、65歳で他界した父親をモデルにしているわりには不摂生が治らない私は恥ずかしくなるばかりです。
80代の男性が、「一つ一つの積み重ねが大事。仕事や生き方とどうつなげられるか、試行錯誤の連続です」と、夜には2・5キロを19分間で歩く「強歩」を欠かさないなどの目標をたてて生活されている姿は我々のよき見本です。
朝はバナナとヨーグルト、昼は適当で食べても食べなくても苦にならず、夜はビールか日本酒で適当なオカズを食べていた私の食習慣は、外出先で食べる間食と、夜型のため口にする菓子など、今にして思えば朝・昼・晩の3食をきちっと摂っていませんでした。
指導を受けて間食は減らしたものの、野菜やごはんの摂取を増やして食事量は増えたものの、体重は80キロから73キロ台に減っており、意識して歩き出した足腰の負担も減量によって軽やかになりました。
小走りに走ってみると、若いときのようには走れませんが、年相応の負担のない走り方をすれば、当初苦しかった50メートルが300メートル持続するようになり、本日添付した新聞記事を読んで、「65歳までかも知れない人生観」を変えても良いかなと思う一日となりました。
本日の体重 73、2キロ 徒歩数 1247歩
11月20日の一言








