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 「おい、今日は忙しいかなァ」
 「うん、…またカメラ?」
 「今日は違う、家まで行きたい」
 「うーん、午後なら何とか」
 「今日は家内の命日だから…」
 「あっ、そうなんだ…」
 
 議会中のため市役所から随時連絡があり、愛知3区から衆議院選挙に立候補している井桁候補からも常時連絡が取れるよう依頼されているため、慌てて携帯電話を手にすると老人ホームの叔父からの電話で、叔母の命日のため自宅の仏壇にお参りしたいとの連絡でした。
 
 不謹慎な話ですが、叔父から叔母の命日であることを聞いた瞬間に、私は叔母の葬儀の夜に家に長男が内緒で預かっていた子犬(現在の相棒リマ) が来たことから、相棒が我家に来て何年になるのかと考えていました。

本日も病室の中から  http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/42372759.html 平成21年12月3日
昨日の笑顔と元気さは何だったのか http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/42380935.html 12月4日
本日は悲しみの中にも温かいものが  http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/42387240.html 12月5日
沈んだ気持ちを払拭した子犬 http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/42392809.html 12月6日
 
 施設に着いたのは午後2時を廻っていましたが、叔父は外出することを施設に話していなかったため、慌てて外出許可をとってから自宅に走りましたが、暖房を入れて仏壇に電気を入れ、供え物を供え、線香を立てて準備するのは叔父ですから刻々と時間が経過しますが、勝手が判らない私が手伝うこともできません。
 
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 叔父は今でこそ老人ホームの老人になっていますが、元々は教員であり、浄土宗の僧職であることから、お経を唱える前の準備は念入りで、供え物の場所にこだわり、箱の中身を出して供えるなど大変な作業で、僧侶だけにお経も手抜きなく法要のように時間が経過しました。
 
 私は浄土宗の檀家でありながら、真言宗のお経しか判らないため、叔母の最後の頃を振り返って思い出していましたが、昏睡状態にあった叔母が突然元気になり、トイレも自分で行けるような回復を見せた翌日に他界したことは、今でも鮮明によみがえってきます。
 
 意識がなく寝たままの末期がん患者が、一日だけ元気に回復して、叔父の見舞いに同行しただけの私まで叔母の指示で昼食も一緒に食べ、このまましばらく回復していくと思った翌日早朝に息をひきとる…
 
 こんな奇跡的な最後は今にしても信じられない一日ですが、元気な姿を叔父や家族に見せたのか、翌日死ぬことをこの時に叔母は悟っていたのか、未だに不思議な出来事として思い出され、本日も遺影に問いたい心境で叔父の読経を聞いていました。
 
 さて、終わったあとは近所にある私の行きつけの珈琲屋さんに立ち寄り、家の将来や過去の思い出に花を咲かせていると施設の夕食時間が近づき、慌てて施設に戻りましたが、限られたスペースの行動は体力の低下と思考力が鈍っていきます。
 
 現在痴呆もなく、数年前まではパソコンでホームページも立ち上げていた理工系の叔父だけに、何か部屋で打ち込める作業はないかと施設の職員に尋ねると、「足し算」とか「お絵描き」があると言われたものの、ほとんどの人がそれを何とも思わない環境が恐ろしく、金も無く年金も少ない場合には施設にも入れないため、どちらが良いのか判りません。
 
 明日の午後には立候補が遅れた井桁候補のポスターが完成し、午後からは家内を伴って土地勘のない名古屋市内の選挙掲示板を探す一日となります。
 
                 本日の体重 72、3キロ 徒歩数 2498歩
                                    12月4日の一言