イメージ 1
添付した掛け軸は、20年と23年に記した般若心経です
 
 我家の2階では毎週火曜日の夜に書道会『神守丈友会』が開かれていますが、この書道会は平成6年秋に私の中学時代の恩師「長谷川丈夫」先生に指導をお願いし、「びた一文もらわんぞ」と無償の指導との条件で始まりました。
 
 数年後から現在の恩師「後藤毅」先生に指導が代わり、市内各地で書道展を開くとともに、バスを使った団体旅行を企画したり、新聞にも紹介された時期もありましたが、長谷川先生は亡くなり、メンバーも減り、昨年には書道展の会場にしていた画廊喫茶が閉店となるなど寂しい話題ばかりです。
 
 しかし、今年で20年が経過しており、来春には書道展を開催するため現在作品を書き込んでいる最中ですが、過去に記した『般若心経』と最近の作品を見比べると、最近記した書のあまりにも落ち着きのない下手な文字にびっくりとさせられます。
 
 元々上手ではありませんが、私の『般若心経』を欲しいという人もあり、娘の家の玄関にも私の書が掲げてあるものの、最近の書には落ち着きがなく、メンバーが一見するだけで違いが判る代物しか書けず、何とか年内に仕上げたいと思っていますが…
 
 さて、写経用紙の表紙裏に、写経の作法が記されており、「写経は書道ではないため、上手下手は関係ない」ことや、難しいルールは無いものの、空腹時に行うことと、「腹式呼吸(臍下丹田)」で行うことが記されています。
 
 ただし、書き写す気持ちにおいて、「御仏の教えを書き写す」という意識が希薄になっており、右から書き出すと記した墨が手でにじむため、般若心経の終わりの左の行から書いていることなど、美しく書き残すことを意識して、写経の目的が忘れられていたことも反省が必要となります。
 そもそも、写経を作品と記していること事体が間違っており、過去の般若心経が掛け軸にして残してあったことから、腕前が低下している現実も判りました。
 
                  本日の体重 72、4キロ 徒歩数 2191歩
                                    12月16日の一言