香川県観音寺市出身の大平正芳元首相(1910~80)に関する資料や遺品を所蔵・展示する大平正芳記念館が3月末に閉館すると報道されています。
私の住む愛知県にも首相経験者は存在しますが、記念館は存在しておらず、先人を尊ぶ四国人の魅力としてお遍路に訪れる際に語っていましたが…
大平正芳元首相の記念館、老朽化で3月末閉館へ
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国政などに関する重要文書は国立国会図書館への移管を済ませ、蔵書約8千冊は県立図書館、遺品は市などへ寄贈する方向で協議が進んでいる。大平氏の次男で財団理事長の裕氏は「遺品などの展示は継続するよう前向きに対応したい」と話す。 所蔵品は県立図書館などに寄贈し、建物や土地は当分はそのままにして残されるとの話ですが、寄付を申し出ていた観音寺市に対して、財団は土地・建物・所蔵品について、「永続的な保全と有効活用」を条件にしていたようだが、市は「無条件の寄贈」を前提にして留保したため閉館に至ったようです。
寄贈を留保した観音寺市の、「無条件を前提に受け入れる」との新聞報道では判りにくいものの、現実には寄贈を受けた記念館の「永続的な保全」が約束されず、将来的には閉鎖はもちろんですが、場合によっては売却の可能性があったのかもしれません。
日中関係については田中角栄元首相が有名ですが、現実には大平正芳元首相の果たした功績は大きく、歴史に残る政局の中で活躍された歴史を残す記念館が閉鎖されてしまうことに寂しさを隠せません。
さて、同じようなことが横井庄一記念館にも存在し、平成9年に死去した横井さんの建物と土地を記念館として残すため、京都府出身で当時自民党の幹事長を務められていた野中広務さんを介して、名古屋市長との間で名古屋市に土地と建物の寄贈することが決まっていました。
しかし、野中さんが政界を引退した直後に、名古屋市から永久的に記念館として保存できないとの話があり、「10年後には更地にして売却もありうる」との厳しい現実が告げられました。「せめて、そうなっても記念碑くらいは残して欲しい」との夫人の希望も約束されず、記念館としての寄贈は白紙に戻りました。
ただし、記念館として寄贈する前提で、横井さんのグアム島で使用していた道具や、帰国後に残された遺品や自作の陶器等は名古屋市に寄贈してあり、夫人の自力運営で記念館が開館されているものの、横井さんの遺品は名古屋市や博物館に所蔵されたままになりました。
国の中枢で活躍されていた野中さんが引退されたとたんに約束を反故にした名古屋市と、当時の市長に対して政治の汚さを実感させられましたが、総理大臣まで務められた大平正芳元首相の記念館でさえ閉鎖される現実に、夫人が存在しなくなった横井記念館の存続の厳しさを実感させられずにはおれません。
本日も事務所の2階に眠る父親の残した絵画や書物を整理しましたが、この中には昭和初期に開催されていた「帝展」関係の書物と一緒に、帝展作家の浅見香城先生の絵画や、日展作家の色紙も多数含まれており、整理とは言え移動させるだけで汚れていく現実と、横井庄一さんの遺品の陶器も大量にあり、これらも売りたいとは思いませんが、いずれは子孫にゴミとして廃棄される可能性も否めません。
私に残された人生も、そう永くはない現実も寂しいの一言です。
本日の体重 71、3キロ 徒歩数 9719歩
2月3日の一言








