
添付したお札は、京都市左京区の大原にある宝泉院から送られてきたもので、節分会に日数分の般若心経365巻を読誦したお札で、これに「福豆」が添えられて私の自宅に届けられてきました。般若心経を365巻も読誦する機会に是非とも参加したいものですね。
数日前に奈良県の興福寺が観光客の減少から拝観料を値上げする新聞記事を添付しましたが、比較もできない小さな宝泉院が、当方が忘れていてもこのようなお札や福豆を送ってくれることで、「また行こう」という気持ちにさせられ、お寺の日々の努力が何度も訪れるリピーターを作っていきます。
近くなったと言っても、冬の京都には高速道路上の雪が存在する可能性から、気軽には訪れることができませんが、イベントへ求引する案内ではなく、めでたい節分会のお札や福豆を我家へ送ってくださる御住職の気持ちが来訪する気持ちを芽生えさせくれます。
さて、我家の節分は、かつては家内の在所の近くにある(ちょっと有名な)お寺まで出向いていましたが、近所のお寺がボランティア精神を発揮して毎月「阿息観」を開催して指導を受けているため、昨年からこのお寺の節分に参加するようになりました。
亡くなった人々の供養や、檀家の法要と葬儀のみを仕事としているお寺には、用事が無く訪れる機会もありませんが、真言宗や禅宗のように生きている我々を対象に門戸を開けているお寺には魅力があり、自分を見つめなおすなど、自分のために足を運ぶようになっていきます。

さて、野生の血が騒ぐのか、一生懸命巣の中にティシュペーパーやワラを運んで、作る必要もない巣作りに励んでいるピーちゃんですが、今までは鳥カゴから飛んできて私と遊んでいたものが、保護した直後の昨年5月時の赤子のように、手の中で眠ったまま眠り込んで動きません。
推測となりますが、巣作りで疲れきっており、親(私の手)のもとに戻ってきて熟睡しているものと思われ、自分の子供の面倒も見たことがないため、子育て中の家内の心境も考えてそのままにしていると、30分経過してもこのままです。
鳥カゴに戻すと、またティシュを咥えて巣に運びだし、しばらくはこんな生活が続きそうですが、私が鳥カゴに近づくと「ジュク、ジュク、ジキ、ジキ」と鳴き続け、きっと「ここは俺の家だぞッ」と言っているものと思われます。
本日の体重 70、7キロ 徒歩数 9570歩
2月7日の一言








