
本日午後7時15分の自宅前です 曇り空から眩しいくらいの夕陽が差し込みました
自民党安倍首相に近い議員でつくる勉強会「文化芸術懇話会」で、沖縄の地元紙を含む報道機関を威圧する発言などが問題となっていますが、講師役で首相と親しい作家の百田尚樹氏の発言が明らかに公平性に欠けているが、後のマスコミの取材に、「講演で言ったのではなく、講演後の出席議員との雑談のなかでポロッと出た軽口だった。冗談のつもりで、本意ではない」との言い訳は余計に確信犯であることがうかがわれます。
多数決は民主主義の原則ではありますが、国民世論の過半数以上が反対する世論を無視した安部政権の国会運営と、安部首相をとりまく関係者や、公平性に欠けたNHK会長の発言や、今回の百田氏の発言などを考えると、戦前の言論統制に走った歴史背景と同じような暗黒時代のような気持ちにさせられます。
沖縄の尊厳・報道の自由を威圧 放言飛んだ自民勉強会
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会合の最後、百田氏が「政治家は言葉が大事。『負』の部分はネグったら(無視すれば)いい。いかに心に届くかだ」と締めくくると、会場からは大きな拍手が起きた。
百田氏の発言内容にもかかわらず、勉強会の代表を務める木原稔・党青年局長は会合後、記者団に「百田氏は自分の強い信念に基づいて発信し、国民に受け入れられている。われわれ政治家が学ばなきゃいけない」と語っていた。
出席者の一人も26日夜、軽い調子で振り返った。「百田さんの話がめちゃくちゃ面白かったから、居酒屋トークみたいになっちゃったんだよ」(二階堂友紀)
■首相陳謝せず
「事実であるとすれば大変遺憾だが、行政府の責任者としてだれがどう発言したのか報告するのは難しい」。首相は26日、安全保障関連法案を審議する衆院特別委員会で語った。民主党の寺田学氏が勉強会での発言内容を確認するよう求め、昼休みを使って浜田靖一委員長が確認。それでも、首相が事実関係を説明することはなかった。
「報道の自由」や「沖縄との信頼関係」を揺るがす発言だが、明確な陳謝もなかった。首相は「その場にいないにもかかわらず、勝手におわびすることはできない。発言した人物のみが責任を負うことができる」と語り、民主党の辻元清美氏は「自民党として恥ずかしいとの言葉はないのか」と追及した。
首相は発言者への処分について問われたが、「私的な勉強会で自由闊達(かったつ)な議論がある。言論の自由は民主主義の根幹をなすものだ」と否定した。沖縄1区選出で共産党の赤嶺政賢氏が自民党に「何が自由と民主主義だ」とヤジを飛ばし、騒然とする場面もあった。
自民党内からも、沖縄を地盤とする宮崎政久氏が勉強会代表の木原稔青年局長に百田氏の発言について「歴史に対する無理解だ」と抗議。木原氏は「事実と違うならメンバーに正しいことを伝えなければいけない」と語った。
通常国会は安全保障関連法案を成立させるため、戦後最長の95日の延長を決めたばかりだが、自民党の佐藤勉国会対策委員長は周辺に「毎日毎日、鉄砲玉が後ろから飛んでくる」と漏らし、いら立ちを隠さない。憲法学者から法案を「憲法違反」と指摘されたことに続く大きな火種になった。
野党が特に問題視するのは「(勉強会は)首相の応援団。安倍政権の体質が本当に劣化している」(辻元氏)とみるためだ。
勉強会には、首相側近の加藤勝信官房副長官らが参加したが、逆に、同じ日に開催を予定していたリベラル系議員の勉強会には、党執行部が「時期が悪い」と注文をつけ、結果的に開かれなかった。
異論を封じる姿勢はメディアに対しても続く。昨年の衆院解散直後、党はテレビ各局に選挙報道の公正中立を求める文書を送付。今年4月には党幹部がテレビ朝日とNHKの幹部を呼び、報道番組の内容について事情を聴いた。
小選挙区制度の導入で、首相や党執行部の力が強まり、中堅・若手の空気は特に一色に染まりがちだ。また、2009年の下野後、党の独自色を出そうと保守的な色彩が強まったことも背景にある。首相と距離のある党中堅議員はこう切り捨てた。「首相の応援団のはずが、逆に足を引っ張っているじゃないか」(高橋福子、笹川翔平)
■権力のおごり
《砂川浩慶(ひろよし)・立教大学准教授(メディア論)の話》 今回の百田氏の発言は、非公開の場という油断があったのだろうが、逆にいえば元々の考えが出てきた「本音トーク」。民間人の発言とはいえ、人選の段階で何を話すかは想像できる。自分たちの思いを代弁する人を呼んでいるわけで、今の自民党の思いが反映されていると言える。主催者として発言内容に責任を持つべきで、意に沿わない発言ならその場で指摘する必要があるだろう。
安倍政権では、たびたびメディアを名指しした批判が問題になってきた。報道の自由の根っこにあるのは少数意見の尊重。東京から見て「少数」である沖縄の意見を「つぶせ」というのは権力のおごりで、民主主義の根幹を理解していないといわざるを得ない。
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25日の勉強会は冒頭以外は非公開で行われたため、朝日新聞は勉強会の複数の出席者を取材するなどし、26日付朝刊で「メディア規制」に関する発言内容を報じた。その後の取材で、百田氏の「沖縄の二つの新聞社は絶対につぶさなあかん」などの発言が明らかになったことから、本人らに取材したうえで、26日付夕刊と27日付朝刊で報道した。
「マスコミに圧力、ダメと言った」 百田氏、批判に反論
昨年2月に私が映画「永遠の0」について記した文面です 2014/2/2(日)
「永遠の0」については、最近の戦争映画は脚色したり、戦争を歪曲したものも多いため見ないことにしていましたが、一週間ほど前に香川県三豊市役所に勤め、近代戦争史を研究しているMさんより連絡があり、…(中略)…
そんなことから遅まきながらの鑑賞となったものの、…(中略)…
本日鑑賞した「永遠の0」についても、作者が戦争で生き残った人々の聞き取りをしているため、命に対する葛藤は共通しているものの、出演者に大きな違いがあり …(中略)…
鶴田浩二さんは多くの戦争映画に出演していますが、自身が学徒出陣で飛行専修予備生徒(第14期生)で …(中略)…
鶴田さんの主演作品『雲ながるる果てに』(くもながるるはてに)は、昭和28年に公開された映画ですが …(中略)…
学徒出陣した経験者が多数出演しているため、平和な世の中に生まれた原作者や出演者とは緊迫感が違います。
原作者の百田尚樹さんについて、本日までほとんど予備知識もありませんでしたが、安倍首相と志を一緒にしているような発信もあり、日本軍創設を主張し、渡部昇一氏との対談で「安倍政権では、もっとも大きな政策課題として憲法改正に取り組み、軍隊創設への道筋をつくっていかねばなりません」と述べていると聞くと、本日鑑賞した「永遠の0」では何を主張していたのか判らなくなってきました。
私の尊敬する鶴田浩二さんは、多くの戦争映画に出演していますが、昨年2月に「永遠の0」を鑑賞した時に感じた違和感は、同じ戦争映画と言っても、鶴田浩二さんが出演した映画をはじめ、戦後に制作された戦争映画は、過去の戦争による残酷で悲惨な状況下と、軍国主義の反省から制作されており、「永遠の0」には原作者の百田氏の戦争を知らない世代の戦争美化の思想が漂っていたのですね。
鶴田浩二さんを戦争好きな右翼のように思ってみえる人もありますが、鶴田さんの歌う軍歌や出演した戦争映画は、鶴田さんの若くして命を散らした戦友への鎮魂と、おろかな戦争への反省が柱となっており、最近の変質してきた戦争観に危険を感ずる百田発言ともなりました。
本日の体重 71、5キロ 徒歩数 12623歩
6月27日の一言








