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 私は大学時代に朝日新聞の販売店を起業し、平成11年に市議会議員になるまでの23年間を新聞販売店を生業としており、自分自身も配達の先陣を切ってバイクに乗っていましたが、自分の販売エリアから配達用バイクで出たことがありませんでした。

 本日は往復で20キロ程度しかありませんが、午後に名古屋市西区の病院に入院する同級生のお見舞いにバイクで向かいました。
 毎日使用していたバイクで乗り慣れてはいるものの、議員になってから16年が経過しており、とりあえず車の後方で安全運転に徹していましたが、バイクを追い抜こうとする車が多く、追い抜いて前方を塞ぐ車にストレスを溜め、帰路ではスピードが出せない原付バイクが割り込んで(私は80cc)きたり、現役時代には感じなかった危険を実感する名古屋行きとなりました。

 「何? バイクで来た?」
 「名古屋までは初めてだ」
 「大丈夫か? 気をつけて帰れよ」
 「明るいうちに帰るわ」

 お見舞いに行って心配されての帰路となりましたが、仕事用としか考えていなかったバイクが、還暦を過ぎたことで新鮮な乗り物となり、まもなく車検を受ける自動二輪運転のリハビリとしてしばらくはバイクの遠出をしようと考えています。

 さて、私の住む愛知県の西尾張地方では、地元意識がひじょうに強く、余所者(よそ者)に対する偏見が多い地域ですが、名古屋市内は一方通行が多く、建物は見えていても逆走はできないため、目的地からどんどん離れていき、結局は地元の人の道案内に頼ることとなりました。

 同じ愛知県民ですが、私は西部の農村の出身のため特に余所者意識が強く、名古屋市も特に変わりはありませんが、四国遍路で道を尋ねるときに感ずる親しみやご接待と比較すると、「田舎者」に対するような視線を感じたのは、私自身の持つ偏見の裏返しなんでしょうか。
 
 さて、本日は昼前に三男が勤める接骨院に出向き、夕方に名古屋まで足を延ばしましたが、行く先々でスズメの鳴き声が聞こえるため、つい周りを見渡してしまい、「チュン」と聞こえると「ピー」と応えてしまう習慣となっており、ピーちゃんは我家の玄関に居ると言い聞かせます。

 昨晩はピーの夢を見ましたが、「ピーちゃん」と呼んだものの、街角で出会ったピーは逃げていき、「ピーは死んだんだった」と、野生のスズメは呼んでも相手にもしてくれず、今まで呼べば飛んできたピーの存在が本当に遠く感ずる夢を見ました。

 ピーを思い出すと涙が出るだけでなく、鼻水も溜まるため鼻声となっていますが、どうやら軽い風邪にも罹っているようで、身体がだるいのも胃が重いのも、ピーちゃんだけではないようです。

 しばらくは、ピーちゃんの悲しみを忘れるため、外出する機会を増やそうと考えていますが、明日は知多半島の八十八ヶ所霊場を「歩き遍路友の会」のメンバーと歩くため、早朝より電車で出かけることになっています。

 偏屈かも知れませんが、四国霊場の現役の「お遍路」のため、朱印は押してもらわず、「大師堂」のみの参拝と決めているものの、白衣と輪袈裟の白装束のまま通勤で満員の電車に乗っていくことは抵抗があり、四国で愛用している菅笠は持参しないと決めており、健康目的のウォーキングと割り切っての参加です。

                 本日の体重 71、4キロ 徒歩数 3250歩
                                     11月4日の一言