朝日新聞社の元記者で、編集委員や週刊朝日副編集長から、テレビ朝日の朝の看板番組モーニングショーの司会をされていた江森陽弘さんが、肺炎のため12日に亡くなられました。享年83歳であった。キャスターの江森陽弘さん死去 元朝日新聞編集委員
システムブレーンの江森陽弘プロフィール
江森さんは平成9年に亡くなった横井庄一さんの葬儀で、発見当時に取材した「横井番」からのご縁で葬儀委員長を引き受けてもらい、弔辞も読んでいただいており、母親の残した横井さんのお墓(旧日本兵の墓、没後に新しいお墓が建立されています)の前で写真に収まっていただき、初対面の私に対しても謙虚に応対していただきました。
昭和47年1月にグアム島で発見された旧日本兵横井庄一さんを、当時朝日新聞名古屋本社の記者だった江森陽弘記者はグアム島に飛んで取材しており、当時の横井庄一を知る貴重な存在でしたが、一緒に取材した近田記者は引退されており、私も懇意にしていた大鹿八郎記者も既に鬼籍に入っておられます。
「誰からでも聞ける」と思っていた横井庄一さんの話題も、取材した記者やジャーナリストの多くは亡くなられており、親族も世代交代し、我家の息子たちも横井さんが我家の先祖として、我家で「大鹿庄一」として小学校5年生まで住んでいたことも知らないと思います。
現在名古屋市博物館で「横井庄一さんの企画展」が開催されていますが、博物館で唯一横井さんと応対していた学芸員さんも昨年定年で引退されており、慌てて江森さんの横井関係の記載を探したところ、『これからは人権習慣』という本の中に、第11章として「横井庄一さんはペットの人権まで考えていた」との記載を見つけました。
これからは人権習慣 江森陽弘著 税込み価格2,052円 燦葉出版社 2000年6月出版
第11章 横井庄一さんはペットの“人権”まで考えていた
発行されてから15年も経過しており、入手できるかどうかは判りませんが、横井さんが亡くなってから横井夫人がお墓を建立し、その前にグアム島で食材とした小動物の慰霊碑もあることから、帰国後の取材から江森さんが感じた内容が記されていると思われ、是非とも探してみたいと思います。
もの書きを目指す人びとへ 岩垂弘
第90回 横井庄一さん救出取材の教訓
ネット検索の中で、ジャーナリストの岩垂弘さんがネットに書き込まれて、後に本となって出版されている『もの書きを目指す人びとへ』の中にも、横井庄一発見直後の朝日新聞記者としての体験談が記されており、これも貴重な資料となるため早速入手したいと思います。
発見当時の昭和47年1月に、私の父親はフジテレビやサンケイ新聞社の関係からグアム島に渡航しており、肉親として初めて横井さんと再会して新聞に報道されましたが、朝日新聞社が横井さんの関係者としてグアム島に連れていった人は、私の近所の横井さんの小学校時代の同級生でした。
ただし、その同級生は、実家の我家へ出戻った母親の連れ子となる横井さんを、「オーシカ、つんぼか庄一か」とイジメ続けた同級生で、会いたくもない存在だった幼馴染を朝日新聞社は連れていっており、この同級生とは帰国後の交流もありませんでした。今となれば岩垂弘さんの記録は、貴重な歴史資料ともなりました。
温厚で優しく応対していただいた江森さんのご冥福をお祈りいたします。
本日の体重 71、0キロ 徒歩数 2758歩 夜間食有
11月14日の一言








