
地元津島神社の本殿です

津島神社の(東側)楼門です

神社北側の池

「人で一杯だった」の一言は、今年の元日に津島神社を参拝した人から伝わった一言で、複数の声があったため昨日の夕方に歩いて参拝してきました。
現実には、大晦日から元旦まで身動きのできない京都の八坂神社や、伏見稲荷と比較すると「人出が多い」とは到底言えず、三ヶ日で一年分稼ぐと言われる千葉県の成田山新勝寺周辺の土産物屋さんとまでは言いませんが、もう少し神社が頑張らないと地元の土産物屋さんの存亡に関わることとなります。
さて、津島神社の北側には、明治時代に神仏分離となり分かれたものの、津島神社の神宮寺だった真言宗の「宝寿院」があり、史実ではなく言い伝えでしかありませんが、今から1200年前に弘法大師が津島神社に来て、疫病の治癒を祈願した時に薬師如来像を安置したと伝えられているお寺です。
実は、大晦日に京都を訪れたものの、議員になってから毎年恒例としてきた建勲神社の初詣を完全に忘れており、帰宅してから参拝していないことが判った次第で、「今年は何故に行かないだろう」と家族はおかしいと思っていたものの、私のこだわりだけに行かない意味があると思って黙っていたようです。
かつては、元日の午前0時に建勲神社の本殿で、1番目に拍手を打って参拝することにこだわっており、他の神社のように証明もなく、真っ暗な船岡山の参道階段をのぼり、新年になるのを待って参拝していました。
最近は百万遍で新年の鐘を撞いてから参拝してきましたが、今年は雨が激しく振り出したため、慌てて車に戻り、温かいものを口にしたいと言う家族を何処に連れて行こうかと考えて走り、その後そのままにして愛知県に戻ってきてしまいました。建勲神社は今月中に改めて参拝する必要ができました。
本日はお茶でも飲みに行こうと連絡してくれた同級生と、稲沢市の矢合観音に参拝し、昼食後に善光寺を訪れてからコーヒータイムとして帰宅しました。短い正月休みが済み、明日からは普段の生活が始まります。
本日の体重 72、6キロ 徒歩数 1910歩 間食あり
1月3日の一言








