
本日は、一緒に行動した知人(同級生で、少年時代の非行仲間)と別れ際に、「珈琲屋に行こうか」と誘われ、夕方には歯医者の予約がしてあり、月曜日はウォーキングもノルマにしていたことから固辞していたものの、「歯医者を待っていてくれれば…」の一言が予定を大幅に変えることになりました。
一日のうちで絶対に自由となる午後5時頃の約束をすることが多く、珈琲屋までのウォーキングも週3回はノルマとしており、最近は歯痛についても定期的に午後5時頃の予約を入れており、ここに人の誘いを受けると自由時間が一番忙しくなり、知人と珈琲屋で雑談し、還暦を過ぎた非行少年の悲哀を感じていると…
「おい、今から飲みに行こうか」
「今から?」
「○○は従兄弟がやっているんだ」
「歯が痛いからなァ」
「オレだって歯は痛いわァ」
「仕事場はどうするんだ?」
「放かっておけば良い」
「ウーン」
私は議員になる前は連日飲み歩いていたものの、議員になってからは知らない人が話しかけてくることから、外では飲まないようにしてきましたが、危ない少年時代を共有した仲間の誘いは久しぶりのため、本日は「鶴田浩二さん」になったつもりで、「高倉健さん」役の知人と酒を酌み交わしました。
もっとも、私は一昨年夏よりビールを赤ワインに変えており、居酒屋では日本酒の冷酒しか飲みませんが、私が車を自宅に置いてから訪れると、知人はビールを飲んでおり、久々のビールはトイレが近くなり、ここでも年齢を感じさせられます。
戦争体験のある人には「同期の桜」とか「戦友」と言うものがありましたが、私たちも非行に走っていた暗黒の少年時代があり、私は足の怪我による入院で留年して非行に走り、知人も真っ直ぐ前を向いて歩くタイプゆえに脱線し、私は2年目も落第が決まり退学同然の問題児でしたが、知人は学校を退学して姿を消しました。
もっとも、私は退学扱いとなり学校から名前が消えた時に、一生の恩人となる恩師と出会い、「ボクのクラスで一からやり直してみないか」と言われ、成人式を過ぎてから卒業を待っていると、「絶対に大学に行くべきだ」と電話があり、この恩師のお陰で勉強はしていないものの大学に通い、大学時代に朝日新聞社からスカウトされました。
そして、40年を過ぎて再会し、人には言えないような不良時代の昔話をしていると、不良のままに裏家業に行っていても不思議ではありませんが、知人も高校中退ながら一国一城の事業主となっていることから、挫折を味わった懐かしい話を酒の肴にしておれます。
さて、一年前のブログには、157円のチョコを万引きして逮捕された67歳の新聞記事を添付して記してありますが、知人の父親も62歳で他界し、私の父親も65歳で亡くなっていることから、再会した元非行少年の我々は何歳まで生きられるかも酒の肴となりました。
67歳のチョコ157円万引き逮捕の報道に 2015/2/15(日)
いまさら「鶴田浩二さん」のように、着物を着込んで居酒屋や小料理屋に行くことはありませんが、久しぶりに旨い酒と、旬の料理に舌鼓を打ち、我家で食べ過ぎてしまう飲食とは違う、「人に良いと書く」食の魅力も感ずる夜となりました。
本日の体重 70、2キロ 徒歩数 2004歩 間食チョコあり
2月15日の一言








