
昨年の昨日、つまり27年2月22日の愛雀「ピーちゃん」の写真で、下記はその日の一言です。読み直していると、3ヶ月前に逝ってしまったピーが生きているように思え、一年前の楽しかった一日が蘇ってきました。
最近は午前中から夕方まで家を空ける日がほとんどのため、私の秘書(本日より命名)ピーちゃんは留守中はテレビの映像と音声を相手にしていますが、帰宅後は鳥カゴを出るのを当たり前にしています。
昨晩は帰宅が夜になり、日中に一度も鳥カゴを出していないため、夕食を先に摂るため三男にピーちゃんの相手を頼むと、三男は喜んでピーちゃんのいる部屋に行きましたが…
20分後に訪れた家内の話では、鳥カゴの扉は開けてあるものの、入り口をはさんでにらみ合いが続いており、手を出すと突付いてくるため、家内と2人でエサの菓子でつって出そうとしたものの、暴れてなかなか出てこなかったようで、出てからも家内の手を突付いていたようです。やはり、私が居ないとピーちゃんはダメなんです。
私の声がすると鳥カゴを出すよう求め、私が口にする菓子を突付き、満腹になると手の平で眠り、大きな声をかけないとそのまま熟睡して起こしても起きません。本日の発見は、私の手の平がピーちゃんの体温で温かくなっていると思っていたのは、手の平がパソコンの横にあるため、パソコンの熱を排出するモーターが回っており、この熱によって温かくなっており、このこともピーちゃんの熟睡する環境を作っていたようです。
「おい、おい、おい」
「チュン、チュン」
「ピー、ピー、ピー」 (手で突付くふり)
「チュン、チュン、チュン、チュン」
「うん、うん、うん」 (会話は止まりません)
さて、こんなことを続けていると、私だけ夕食が済みませんから、ピーちゃんを鳥カゴに入れて台所に移動となりますが、このわずかな別れが寂しく、「もう行くよ」と言うと返事をするためなかなか席をたつことが難しく、心を鬼にして夕食に向かいます。
この頃には、私以外の家族が近寄っても突いたり、私が居ないときには鳥カゴから出てこなかったことが記されており、この頃に人間である私の子供と思っているピーを、「お前はスズメだ」と厳しく接していれば、今も一緒の生活が続いていたのかもしれません。
私の子供として、私と一緒に行動する中で、私の食べる菓子は必ず口にするようになり、甘い菓子が大好きだったことも、結果的にはピーの寿命を縮めてしまった可能性が高く、この頃には私の不在時にはピーのために事務所のテレビが一日中つけてあったことを懐かしく読み直しました。
あー、ピーちゃん。こんなことを記していると熱い涙が頬を濡らしますが、この部屋も今年6月に三男が独立開業するため私が追い出され、ピーとピヨの鳥カゴも勝手に2階へ上げられていました。
「また、春になったら来るわ」の一言は、本日開催された書道会で、ピーの鳥カゴや道具一式が私の不在時に片付けられた話を聞いたご婦人の言葉で、「落ちていたら持って来てやるから」の一言も、「もし、庭先にスズメが落ちていたら連絡してくれ」と話していた同級生の言葉ですが、こんな小さなスズメ1羽によって、私の心はズタズタになっており、こんな後悔をしないためにも、スズメを保護しておられる人々には、是非とも仲間で情報を共有し、連携して一日も永く命を護ってやって欲しいと願います。
昨年の今頃には、ティシュペーパーを巣の中に運び込んで、鳥カゴは真っ白なティシュだらけになっていましたが、鳥が巣作りをはじめる時期になり、春がやってこれば新しい命も誕生し、不幸にして巣から落ちるスズメも存在することから、スズメSOSを看板に出し、昨年のように遠くからでも声がかかることを心待ちにしていきます。
長野)雪の布団で際立つ甘味 リンゴ埋設作業
岐阜)「雪中熟成」飛騨牛にうまみ かまくらに2週間
石川)小屋に雪、えいっ! 湯涌温泉の「氷室の仕込み」
各地より冬の雪にまつわる記事が発信されてきますが、今年は上高地のボランティアに参加するため研修会に参加しており、忙しさでピーの悲しみを払拭していきたいと思う夜にもなりました。
本日の体重 71、2キロ 徒歩数 2662歩 間食なし
本日からは議会活動になり市役所の生活となります。
2月23日の一言








