『赤い電車の色にワクワクしながらこの踏切を渡り、友人とともに蜂須賀やら甚目寺を目指して自転車を走らせたものです。ああ、懐かしい。』
                                       昨日のコメントです
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青塚駅の東 道路右が津島市 左はあま市蜂須賀の入口です

 昨日書き込まれた遥か彼方からの発信に、私自身も中学校に入学した直後に、蛭間小学校区の青塚町や蛭間町の同級生たちに連れられて、蜂須賀へ自転車を走らせたことと、ここが戦国時代の武将蜂須賀小六の出生地で城があったことに感動した懐かしい思い出がよみがえってきました。

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道路の先にこんもりした森が見えてきました

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やっと目的地が見えてきたぞ

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山門から本堂が見えてきました。この左側が蜂須賀城址

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 我家から車で10分程度で行ける場所ですが、中学校に入学した当時の私にとっては、自転車通学となった同級生たち(私は徒歩通学でした)に連れられて、初めて自転車で走っていったかなり遠くまで走った記憶が残っており、右手にある蜂須賀山を走り回って遊びました。

由緒
弘仁年間(810年~824年)空海の開山により創建されたと伝えられる。この地から出たとされ、阿波国徳島藩主となった蜂須賀氏の帰依を受け、尾張徳川家からも寺領が安堵されている。 蜂須賀小六の菩提寺であり、蜂須賀小六・家政親子の位牌が安置されている。 南西には、蜂須賀小六の旧宅や1ヘクタールに及ぶ蜂須賀城があったと伝わっている。


 蜂須賀の地名について、『この地には毒蜂が多く,その害を受ける人が多かった。そのため,弘法大師が法力をもって蜂を封じ塚を築いた。それ以後,害はぱたりとやんだと言う。これによりこの地を蜂須賀にしたと言われている。』と記されており、空海は熱田神宮の神託を得て蓮花寺を開山したとも伝わります。

 ただし、空海の年表を調べてみると、蓮花寺どころか、熱田神宮や愛知県(知多半島)も訪れたという記録は見られず、空海の弟子たちが訪れたと推測されますが、当地方では歴史のある史跡で、ここから2キロ西方に織田信長が誕生したと伝わる勝幡城があります。

 中学生になって、これまで徒歩で通学していた生活範囲が、他の小学校区へ自転車で走るようになり、学校の「ズル休み」に快感を覚えてからは、学校をズル休みして市外の稲沢市や祖父江町まで足を延ばし、初めて見る街の景色に探検気分になっていた頃を思い起こしました。

 書き込まれたコメントによって、今から50年も前となる中学入学直後に訪れた懐かしい景色を見に行くことになりました。
 ちなみに、50年前の蓮花寺はもっと荒んでおり、子供たちがやりたい放題我が物顔で暴れていても叱られることもなかった雰囲気は現在も変わりません。

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本日のオマケ
 弥富市に新しく開業した動物病院へ相棒リマを連れていきました。初めての動物病院ですが、受付の女性の白衣を見た相棒はブルブルと震えだし、自身の立場を一瞬にして察知したようです。家を出るときは、私たちとドライブに行くため喜んでバッグに飛び込んできたのでしたが…

ひので動物クリニック http://www.hinode-ah.com/

 このクリニックの院長さんは、かつて横井庄一記念館を訪れて私と懇意にしていただいた名古屋競馬場の獣医師さんの息子さんで、名古屋の動物病院に勤務中も相棒はヒヨドリのピーコとともに連れて行っていたので、診察が終った後ではホッとした表情で和んでいたので安心しました。

            本日の体重 72、3キロ 徒歩数 3415歩 間食あり
                                     4月22日の一言