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我家の奥にあるアンズです

 本日の津島市議会は一般質問が開催され、7人の議員が登壇しました。6月議会には13人の議員が質問を通告しており、私は12番目の質問のため、明日の午後に登壇する予定となっています。

 一般質問は、本日と明日の2日間で終り、2日間の休会日をはさんで、週末から厚生病院委員会が開催され、来週に文教建設委員会と総務委員会が開催それますが、議会日程が最終日の30日まで続きます。

原爆で黒こげの少年「兄では」 鑑定で同一人物の可能性
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 http://www.asahicom.jp/images/asahicom/hand.png西川さんによると、兄・谷崎昭治さんは当時、旧制中学1年で爆心地近くに下宿していた。原爆投下前日、父が現在の西海市の自宅に連れて帰ろうとしたが「翌日英語の試験がある」と言って、とどまったという。母は戦後、兄が生前に出したはがきを小銭入れに収め、肌身離さず持っていた。鑑定結果が出て、西川さんは「写真を持って、お墓で両親と会わせてきました」と話した。
 深堀さんは「一般の社会ではあり得ない写真。とてつもない熱線で照射され、水分が蒸発し、一瞬のうちに命が奪われたと思う」と原爆の悲惨さを訴えた。

 長崎市に原爆が投下された時に犠牲となった少年の家族と思われる姉妹が名乗り出たとの新聞報道ですが、我家の伯父も同じ年に沖縄戦で戦死しているものの、伯父を知る人々が近所や町内には既に存在せず、親族でも唯一弟となる叔父が知るのみとなっている現状を考えるときに奇跡のような発信です。

 現実には、法医学の専門家に生前の家族写真との鑑定を依頼し、輪郭が一致しているなど「同一人物の可能性がある」との結果が出ただけですが、私の伯父については探す親族も存在せず、探されることなく土になっていると思われます。

 日本人の平均寿命が男性80、50歳、女性86、83歳になっていますが、昭和20年に生まれた人々が今年71歳になっていることを考えると、戦前の話題そのものが高齢者の昔話でしかなく、昭和30年代が思い出せない我が身を考えると戦前を美化しようとする人が存在しても不思議ではありませんね。

 さて、今週末は1泊で高野山へ同行する約束があり、月末には10年ぶりにマイクロバスを借りて朝日旅行友の会の日帰り旅行を予定していますが、自分自身の四国遍路は勿論ですが、今年4月から登録された上高地のボランティアにもしばらくは出かけられません。

            本日の体重 70、4キロ 徒歩数 4480歩 間食あり
                                     6月13日の一言