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 津島市内には3つの県立高校と1つの私立高校がありますが、高校中退者や不登校で学校に行けない人たちを受け入れる通信制高校の津島支部が設立され、昨日より登録が済んで地元の生徒を受け入れる準備がされていました。
 
 
 私は高校入学直後に中学時代に入院した「右足大腿部骨髄炎」が再発し、入院生活が長くなったことから、秋ごろには出席不足による留年が決まり、退院後に落第を承知で通学していたものの、進級しない教室に行き続ける矛盾と、津島駅でたむろして遊んでいる知人や、意気投合した友人と不良生活を謳歌するようになりました。
 
 こんな状態で新年度を向かえ、他の生徒に暴力を振るったことで無期家庭謹慎となり、夏休み前に病気の再発により入院し、2度目となる留年が決まり、その後も不良生活が改まらず、担任からも退学を勧告され、2度目の落第ゆえに退学を覚悟していました。
 
 こんな難治性の病気を持って2度も落第した不良は行き場が無く、高校の名簿から名前が消えた3年目の新学期に、勝手に退学扱いにした担任へ抗議するために不良仲間に励まされて登校し、担任だった教師を殴って退学する予定でした。
 
 しかし、私の姿を見つけた新1年生の担任となる教師より、不良である私の行動を知りながら、「僕のクラスで一からやり直してみないか」と誘われ、その年にも病気が再発して3度目となる手術を受けたものの、早期に教室に戻って留年を免れました。
 
 1年生を3回経験したとか、高校5年生とか今では「良い経験をした」と語れますが、年下の生徒と一緒の落第生活は衆目の目にさらされ、不良が生活を改めることもこの恩師の存在と、不良時代を見ていない、新たに赴任されてきた教頭や校長の指導によって20歳の成人式後に卒業し、恩師の強い勧めで大学にも行くことになりました。

 5年も高校へ行った経験は、今となっては貴重な体験になったと思うものの、骨髄炎という手術しても完治しづらい病気と、落第という大きな精神的ダメージを受けた高校生活は過酷で、当時は定時制の夜間高校か私学へ転校するしか選択肢がありませんでした。

 当時に比べて圧倒的に増加した中学校への不登校を考えると、自宅内へ引きこもって学校に通学したことのない生徒の就学と、病気や非行によって高校を中途退学してしまった生徒が再起して、高校を卒業して更なる大学を目指すためには、最近の通信制高校の存在も大きな選択肢になりうると思います。

 中学校を不登校のまま就学の機会を失っている生徒や、高校の中途退学者にとって、津島市内に高校生活をサポートしてくれる新たな窓口ができたことは、参入者のビジネス展開として無視するよりも、対象となりそうな生徒に案内して高校を卒業して大学を目指す大きなチャンスとしたいものです。

          本日の体重 71、7キロ 徒歩数 4867歩 間食あり
                                     7月12日の一言