
週刊漫画ゴラクに連載されている にゃん組長
杉作のホームページ杉作村 http://sugisakumura.web.fc2.com/
見るからに人相の悪い暴力団の組長が、捨てられた子猫を見てしまったことから、組員に内緒で自宅で可愛がるようになり、その関係は組長が子猫の子分のようになっており、子猫を可愛がる姿を組員に見られないようにしている組長に魅力を感ずる漫画です。
「いじめがなければもっと生きていた」中1男子記す
記事の続き…
http://www.asahicom.jp/images/asahicom/hand.png母親によると、メモには学校でいじめに遭っていることなどが書かれ、「じさつ」と大きな文字で記した部分もあった。生徒は今年6月、担任との面談で特定の同級生と席が近いことを「嫌だ」と訴えていたが、残されたメモにも、いじめに関わった人物として同級生の名前を挙げていた。
母親は28日、取材に対し「(苦しんでいるのを)わかっていたのに(自殺を)止められなかった」と話した。生徒が亡くなる前に「死にたい」と漏らしたのを聞き、学校にその旨を伝えていたという。
青森でいじめを苦にして中学1年生の男子生徒が自殺したとの発信ですが、「いじめがなければもっと生きていたのにね、ざんねん」などと書いたメモを残していたことが記されています。
繰り返される生徒の自殺で、結果論にしかなりませんが、6月に母親から「授業中に椅子を蹴られるなどの嫌がらせを受けている」と生徒の担任に相談があったことと、自殺する直前にも「死にたい」ともらしているのを母親が学校に伝えていた事実を考えると、真剣に考えて対応していれば死なせることはなかったように思います。
イジメは何処にでもあり、中学時代の私に対して「何をされるかわからなかった」と、いじめっ子のように思われていたことを、大人になってPTA役員になってから聞かされた同級生の女性もありましたが、私自身も中学校の1年生から2年生まで、担任からイジメのような対応を受けており、学校が嫌でしようがありませんでした。
我家は父親から、「やられたら、やりかえすまで帰ってくるな」という教育を受けており、イジメられるよりイジメる側だったかもしれませんが、担任の教師から受けた苦痛は学校嫌いと、非行の芽が芽生えました。これは3年生になって担任が変わったため収束したものの、その頃には不良のレッテルがはられていました。
そして、中学時代に足の負傷で入院し、高校受験に間に合ったものの、病気の再発で高校の落第を経験し、不良少年として仲間と遊びまわり、2度の落第に至っては退学の危機に陥っていきました。
そんな私でも、目をかけて指導してくれる恩師に出会い、成人式を過ぎてから高校を卒業し、恩師から大学進学を熱心に勧められ、学生時代に朝日新聞社からスカウトされ、学生結婚や起業で親には心配をかけたものの、まともな生活になっていきました。
何年経っても完治しない骨髄炎と、2度の落第によって、元々が不良だった私の生活はどん底になり、やり直すことは大変だったものの、今となっては貴重な体験と経験になって活かされ、社会人になってから高校の恩師たちから、非行に走ったり退学の危機にある生徒の相談を受けたり、複数の高校退学者を復学させました。
私が居なかったら高校を卒業できなかったという者や、未だに「大鹿先生」と言ってくれる者が存在し、私が苦しんだ高校生活が、卒業後の後輩たちや、私が雇用していたアルバイトの苦境時に役立ちました。
そういう私も、非行に走って2度も落第した不良を相手にしてくれた恩師が存在し、高校を辞めないように繰り返し言い続けた中学時代の恩師が存在したことを考えると、イジメによって命まで失ってしまう自殺が繰り返されることが残念でなりません。
本日の体重 72、1キロ 徒歩数 2741歩 間食なし
8月29日の一言








