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午前6時40分 第46番浄瑠璃寺の前で出会いを記念して

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大阪のKさんとツーショット

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第45藩岩屋寺

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岩屋寺駐車場でKさんと愛車

 「お手伝いしましょうか?」
 「大丈夫ですよ」
 「私に何かできることはありませんか?」
 「有難うございます」

 車イスを用意してあっても、自分の足で歩くしかない岩屋寺で、両肩を私と家内で支えて参拝し、薄暗くなってから参道を降りる我々の背後から、手伝おうとする若者から善意の声がかかりました。

 両肩を支える高齢の女性遍路が、弘法信仰50年以上となり、かつては独りで通しの歩き遍路を数回経験している弘法会の代表とは知らず、「頑張って」とか、「もうすぐだよ」との声は同情としか思えず、ご本人も口惜しい気持で岩屋寺の長い坂道を登って参拝しました。

 足に障がいを持つ者にとっては、登りよりも下りの方が楽なように見えますが、実は針の板を踏むような激痛が走っており、苦痛によって休みながらの帰り道に、「何か手伝えることはないか」の一言は、私は弘法大師の代弁のように聞こえました。

 その若者は、我々の前後を付き添って降りてくれましたが…

 「あら、あんたとは何処かで前に会っているでしょ?」
 「はい、実は間違いなら失礼と思って黙っていましたが…」
 「前にお遍路で会ったのかな?」
 「そうです」

 声をかけてくれた若者を見たメンバーの一言で、2年ほど前のお遍路で声を交わしていた若者であることが判り、まるで作り話のような出会いにびっくりさせられましたが、こんな偶然の再会もあるものなんですね。

 45番の岩屋寺で午後5時過ぎに別れているため、翌日の朝に46番の浄瑠璃寺で出会うのは必然となり、若者の安全祈願のため志賀弘法会のメンバーで般若心経を一巻あげて記念撮影をしてお別れとなりました。


 四国遍路の魅力は新たな出会いがあり、挨拶や親切な一言が思わぬ交流となります。こんな不思議な体験がお遍路の力となり、遍路の継続となっていきます。
 私は平成13年からお遍路を始めましたが、会うことのないような偶然の再会と、背中合わせで蜘蛛の糸のようなご縁が多く存在し、お遍路の原動力ともなりますが、これもお互いの挨拶から始まっており、挨拶によって会話に発展し、ここから金持ちも地位も身分も越えた交流が生まれます。