昨日に私のパソコンへ届けられたメールの内容です。
老人の孤独死
自宅から南向の家(○○さん)と言いますが年末に孤独死されていました。
○○○団地周辺を見てみるとこれからも老人の孤独死は多くなるのでしょうか?
自分が○○さんのお婆さんを最近見ないなと思っていてもそこから先が個人ではどうにもならないです。
新聞配達員さんとかは新聞受けに沢山新聞が貯まっている場合等は様子を見たり出来ないのでしょうか?
○○○団地周辺を見てみるとこれからも老人の孤独死は多くなるのでしょうか?
自分が○○さんのお婆さんを最近見ないなと思っていてもそこから先が個人ではどうにもならないです。
新聞配達員さんとかは新聞受けに沢山新聞が貯まっている場合等は様子を見たり出来ないのでしょうか?
記されていた人は、今から20年ほど前には、家内と同じ公民館の教室に通っておられた人で、今でこそ「お婆さん」と記されているものの、かつては社会を構成していた人であり、家を築いて子供を育てていた人たちでもあります。
「人生の最期を住み慣れた場所で平穏に迎えたい」とは、誰もが思うこととは思いますが、成長した子息が自宅に戻らず、伴侶を失って独居老人となれば、添付されたメールのように孤独死を迎える危険性も否めません。
添付された新聞配達員の機転についても、かつては販売店から集金人が月に一度は訪れており、家人の顔だけでなく、家族構成についても判っていたものが、最近では夕刊購読者が減少し、金融機関から自動振込みが増えて自宅へ集金に行かないため、配達人と購読者との間に大きなカベができてきました。
私自身も休んだ配達人の代わりに配達した際に、数日分の新聞がポストにたまっていたことがあり、この家が独居老人だけのお宅と判っていたため、異変を感じて近所の人に通報したことがありましたが、通報した近所の人でも家人が死んでいるのを確認できたのは半日後となりました。
新聞配達だけでなく、家々を訪れる牛乳配達や水道・電気の検針員など、日常的に高齢者の安否確認をするシステムを作れる可能性もありますが、民生委員が安否確認のために訪問しても、プライバシーの侵害として怒鳴られる例も多く、隣人の名前も知らない人が存在する環境下では難しい現実があります。
自宅で穏やかに…は難しい? 望まぬ延命、不本意な最期
記事の続き…
http://www.asahicom.jp/images/asahicom/hand.png重い肺炎の80代女性が搬送されてきた。気管切開し人工呼吸器がつけられ、透析など濃厚な治療が行われた。女性は、約1カ月後に息を引き取った。実はその女性は、在宅医の訪問診療を定期的に受けていて、心臓マッサージや気管内挿管は希望せず、自宅で穏やかな最期を希望していたという。
山崎医師は「果たして本人がこうした治療を望んでいたのか。かえって苦しみを与えているのでは、という葛藤があった」と率直な心境を吐露した。救急現場で家族は、医師から「全力を尽くして治療する」という選択肢を提示される。しかも短時間で返答しなければいけない。そうなると、たとえ家族が延命治療の拒否について決めていても、どうしても「全力を尽くしてほしい」と答えがちになる……。山崎医師は、救急現場での家族の心境をそう推察する。
「不本意な最期」ともいえるケースは、ほかにもあるという。「在宅医が海外旅行中だったため、救急搬送され病院で最期を迎えた」「リビングウィル(延命治療の拒否などを事前に意思表明しておく文書)があったのに、知らずに挿管された」などだ。
■5割超が「異状死」扱い
こうした実態は、数字に表れている。立川在宅ケアクリニック(東京都立川市)の荘司輝昭医師(51)が、訪問診療をする東京・多摩地域で2012年に自宅で亡くなった1106人を調査したところ、56%にあたる615人は、医師が「異状死」として届け出ていた。そして異状死扱いの30%が、老衰やがん、肺疾患などの慢性疾患で、医師が定期的に診ていれば、「病死」という診断書が作成でき、警察を呼ぶ必要はないケースだったという。
「異状死」には、事故や事件、心疾患や脳疾患などによる急性死のほか、死因を特定できない場合も含まれる。医師法では、遺体に異状があった場合、医師に24時間以内の警察への届け出を義務づけている。異状死扱いになると、警察は関係者への事情聴取や遺体の検視をして、事件性の有無を調べる。冒頭の救命救急センターの密着取材の際も、警察官が来て、救急医らに事情聴取する場面がみられた。自宅に警察官が来て、家族を事情聴取することもある。家族にとって「穏やかな最期だった」とは感じづらい状況になってしまう。
■「家族以上のケア」も
「不本意な最期」を防ごう、という動きも出ている。地域の複数の在宅医が、自宅でのみとりを希望する患者をカバーし合ったり、市民にリビングウィルの書式を配ったりする取り組みだ。横浜市鶴見区医師会は、地域の病院や行政などと連携し、リビングウィルを普及させる活動をしている。同区医師会の訪問看護ステーションからサービスを受ける松本孝彦さん(81)は、リビングウィルに「終末期の心肺蘇生はしてほしくない」などと記してある。松本さんは「こうして書いておくことで、家族ともじっくり話ができ、自分が望む最期を迎えられるようになる」と話す。
介護施設でも取り組みが進む。私が取材した特養「グリーンヒル泉・横浜」(横浜市泉区)では、2008年度から施設内でのみとりを実施している。グリーンヒル泉を含め多くの特養では、配置医が非常勤のため、みとりに対応するのが難しい。そこでケアマネジャーの小山輝幸さん(42)は、隣の区のみとり経験が豊富な在宅医に頼み込み、実現させた。「本人、家族が施設内での安らかな最期を望んでいるのはもちろん、職員の側も『長年心を込めてケアしてきたのに最期は病院に救急搬送されてしまった』ではモチベーションが落ちてしまう」と小山さんは言う。私は、この施設でみとりを経験したご家族3組に話を聞いたが、みなが口をそろえて「本人の希望を最期まで聞き、家族以上のケアをしてくれた」と感謝していた。
悲しい現実ですね。最近では、捨てられた犬や猫でも、保健所に持ち込まれて薬殺されることに心を痛めて、動物の里親を探したり、行方不明の犬や猫の広告を印刷して配布する人が珍しくもない現実の中で、隣人にも声をかけられずに孤独死する人が存在している現実が…
議員としての綺麗事ではなく、還暦を過ぎた最近になって、少年時代の悪友・仲間たちとの交流が再開し、お互いが残り少なくなった人生の中で、一緒に飲み歩いて行動する楽しみと、苦痛も共有する可能性から、私は仲間たちと助け合い、家族に頼っていきますが、家族も仲間もなく、隣人とも会話を交わさない人は自業自得なんでしょうか…
何かはできると思いますが、高齢者の予備軍にできることは限られており、自分のことは自分で考えるしかないのも寂しい現実です。
本日の体重 73、1キロ 徒歩数 3276歩 間食あり
1月12日の一言








