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 年末訪れた京都で、元旦になった午前0時の直後に百万遍知恩寺の駐車場か、船岡山の建勲神社周辺で「名札」を落とし、新年早々に今年の不運を感じさせられて落ち込んでいましたが、本日新しい「名札」が郵送されてきました。

 この「名札」は、四国八十八ヶ所霊場会からいただいた公認先達の番号が記された名札で、平成19年12月に先達に補任されてから私のウエストポーチに付け、四国遍路や巡礼中だけでなく、日常生活でもつけていた名札です。

 10年の使用によって、裏側に付いている虫ピンが変形して、何度も落として探しに戻っており、「落とすから取っておいたら」との家内の忠告に、「取ったら名札の意味がない」と付け続けた結果ですが、魂は宿っていないものの、私の名前を刻んだ名札が京都の道端に人目を忍んで落ちていると考えると悲しいものがありました。

 霊場会公認先達の多くは、この名札を霊場会からいただいた「輪袈裟」に付けて巡拝しており、これからは私もそうしようと考えていますが、最近ではその輪袈裟も汗によって汚れ、縫いこんだ糸が綻んで剥がれており、新しい輪袈裟に替えたいと思っていましたが、霊場会に問い合わせたところ、新しい輪袈裟にする場合は、これまで使用している輪袈裟を返さないといただけないことが判りました。

 余談ですが、現在でも四国遍路で出会ったお遍路さんに、錦の納め札を出して「気持だけで結構」と言って、千円程度の謝礼を受け取る偽の先達も存在しており、そんな輩に公認先達の輪袈裟が悪用されたら大変ですから、霊場会も厳重に取り扱っているものと思われます。

 輪袈裟は汚れていればいるほど何度も巡拝した証として語られますが、あまりに汚れた輪袈裟は見た目が悪いため、何度もベンジンで拭いたものの、最近では金糸がくすぶっており、新しい輪袈裟に替えたいと思っていましたが、これまで一緒に四国や西国などを廻った輪袈裟を手渡すこともできません。

 本日届けられた名札とともに、輪袈裟についても法衣専門の業者に修繕と洗いに出し、私の人生の最後まで一緒に同行させたいと思います。

医師・看護師が「修業」する寺とは 生死見つめ「瞑想」
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http://www.asahicom.jp/images/asahicom/hand.png約20人が集まった昨年11月中旬の指導者講座。熊本市医師会が開設する「熊本地域医療センター」から消化器内科医長の中原和之さん(46)が参加していた。
 専門は膵臓(すいぞう)。難治性の膵臓がんの発症が分かると「助からない」と絶望する人は多いという。医師として治療に力を尽くしながらも、悩む患者を前に心が乱れることもあった。患者はもちろん、自身の心のケアが大切だと考えて心理療法なども学んだ後、瞑想にたどり着いたという。
 15年9月から寺を4回来訪。大下さんが考えた4段階瞑想で最終段階の、「ゆだねる瞑想」まで学んだ。
 命をゆだねる対象となる「何か大きなもの」は、神や仏、宇宙、大自然、祖先など、人それぞれでよいという。中原さんは「死は人生の集大成で、自然なことと受け止めるようになりました」と話す。
 「医者の自分の気持ちの安定は患者さんに伝わる。穏やかに最期を迎える方が増えたように思います」
 東京都内の大学病院看護師長、越山智子さん(51)も飛驒千光寺で瞑想を学んだ。その体験を生かし、亡くなった患者への対応を看護師たちが振り返る「デスカンファレンス」と呼ばれる会議の前に、出席者による瞑想を採り入れる。
 患者の死後は、往々にして反省や後悔など様々な感情が看護師を襲うといい、そうした感情のケアも兼ねての瞑想だ。患者の表情や言葉、自分たちの看護について6~7分間、全員が静かに思い返す。越山さんは「一人ひとりの死を丁寧に見送ることで、多くのスタッフは死を尊く思うようになります。それは次の丁寧な看護につながっていくはずです」と話す。
■求められる死生観
 米グーグルなどが社員研修で採用した「マインドフルネス」でも実践される瞑想。指導する大下さんが最も意識するのは、仏教と社会とのつながりだ。
 高野山やスリランカで密教や仏教瞑想を学び、約30年前から故郷の飛驒で末期患者や様々な病の人の心のケアを続けてきた。不治、難治の患者と向き合う医療関係者に「診断と治療だけでなくもっと人間の心をみるべきだ」と力説。昨年は1年間で約80日、全国で講演や講義をした。その約7割は医療や介護関係者向けだったという。
 高齢化が加速して「多死社会」が迫る日本。聖路加国際病院(東京都中央区)で精神腫瘍(しゅよう)科部長を務める精神科医、保坂隆さん(64)は「日々、多くの死と向き合う医師や看護師が自分の死生観を持つように求められている」とみる。保坂さんも密教や空海を研究。同病院では昨年暮れ、「臨床瞑想法」基礎講座が開かれ、大下さんが講師を務めた。
 「瞑想は宗教者だけのものではない」と大下さんは語り、心を落ち着かせて生と死を見つめる動きの担い手として医療関係者に期待をかける。大下さんと日本看護協会が連携した瞑想の研修会が今年、青森県など全国数カ所で実施される。(永持裕紀)
■大下大圓さんが考えた瞑想の4段階(大下さんの著作から)
①「ゆるめる」(主に呼吸法を通じて心身共にリラックスする)
②「みつめる」(過去の嫌なできごと、コンプレックス、対人関係の課題などをありのままに観察、洞察)
③「たかめる」(自分が生き生きする暮らし方、生き方をイメージ)
④「ゆだねる」(自分の命が「何か大きなもの」とつながっている感覚を持つ)


 さて、錦の納め札でお金をせびる悪徳遍路について記しましたが、四国遍路や高野山で出会う人の中には、遍路体験が少ないのに「お大師の声が聞こえる」とか、「何度も空海の姿を見た」と言う人がおり、私はウソ八百で科学的には何の根拠もないと思いますが、添付した真言宗の瞑想法は効果があり、私は町内のお寺で「阿息観」の指導を受け、高野山では「阿字観」に参加するようにしており、皆さんにもお薦めです。

            本日の体重 73、4キロ 徒歩数 6872歩 間食あり
                                     1月13日の一言