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孫に手伝ってもらい畑を耕します

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やっと1本の畝が完成しました

 昭和47年にグアム島で発見された横井庄一さんは、帰国後にサバイバル評論家として全国各地へ講演活動に訪れていましたが、そんな環境にあったために自分の食料も自給自足を意識して畑を借りてまで耕していました。

 しかし、帰国してから10年を経過する頃には、目の白内障や胃ガンが見つかり、畑どころか帰国後に窯まで作った陶芸すらできなくなっており、記念館の裏庭の家庭菜園についても、草が生え放題となっていました。

 平成18年に記念館を開館し、私の身勝手な「50年は記念館を存続させたい」との一言が、今年89歳となる横井夫人を苦しめ、「後はあなたに任せたから」の一言に、自分の寿命を考えると風前の灯のため、私のあとを私の娘と孫に託すことにしました。

 もっとも、娘たちは孫が義務教育を終えるまで横井家に入れないと言っているため、その時になって突然入り込むと「財産目当」と近所に言われかねないため、夫人が健在のうちに記念館に出入りし、そのための家庭菜園作りを夫人と相談して決めました。

 さて、30年間にわたって、クワやスコップの入っていない畑は、スギナや雑草の根が張りめぐっており、掘るのも大変で、3本作る予定の畝を1本作って本日の作業は終わりにしました。
 ここには5本のイチゴの苗を植えて、5月頃には訪問された人々に食べていただく予定としていますが…

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開館して11年が経過した看板です

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本日は地元の小学3年生が学習発表のため訪問です

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 本日知人の誘いの電話で目覚めると、私の事務所の横で次男が私の植えた木を切っており、あまりの酷さに怒ると、家内の指示で切っていたことが判り、いくら夫婦と言えども黙って切ってしまったことに怒りが抑えられません。

 この木は「イスノキ」と言い、我家伝来の雑木ですが、私が玄関前に植え、その子供を事務所横に植えたもので、事務所の2階を越えていたものの、本日半分の高さに切られてしまいました。


 こんなことを記すと、女性蔑視の前時代的人物のように思われますが、雑木に囲まれた農家から嫁いできた家内には、我家の先人が植えて引き継いできた木々について、過去の先祖たちについても無関心で、私が大切にしてきた愛着も理解されず、「おじいちゃんが死んだらボクがもらうね」と言った孫よりも非情です。

 グアム島から発見された直後に、自宅を新築した横井庄一さんが、「これはオレが子供の頃に植えた木だから」と、我家の玄関前に植えてあった槙の木を持っていきましたが、男にはそんなこだわりがあると思われます。

 我家には先祖伝来の木々と、私が旅先や親しい知人に譲ってもらった木が植わっおり、植えてある木々について説明をしない私にも責任はありますが、木の由来も知らずに落ち葉を迷惑として切ってしまう家内と、私の後継者でもない次男が、家内に頼まれて木の歴史も考えず切ってしまう構図にも腹立たしい一日となりました。

           本日の体重 71、6キロ 徒歩数 3369歩 間食あり
                                     2月26日の一言