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 信濃白ゆり温泉スタンド
 
信濃白ゆり温泉スタンド 信濃毎日新聞
 
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 国道19号線薮原から上高地へ抜ける県道奈川木祖線沿いにある温泉スタンドで、泉質は単純硫黄泉とのことですが、地下約1300メートルから27度の湯を毎分41リットルずつポンプでくみ上げており、現場では飲用もできるようになっていました。

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歴史のあるシダレザクラです

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本堂の廻りの多くの石仏

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寄棟造妻入屋根茅葺の堂

田ノ上観音堂のしだれ桜 http://www.buratto-map.net/sakura/2012/spot023_001.php

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                                     ※日曜日1日の写真です

 木祖村天然記念物の枝垂れ桜は、飛騨から来た旅人が「観世音様のおられた飛騨の国分寺の前に毎年美しい花を咲かせていた枝垂桜の種でございます。お堂の前に蒔きますから大切にお育てください」とお経を唱えながら種を蒔き終え旅立っていったと言い伝えられています。

昔、飛騨の高山から山伏が御神体を江戸へ持っていくために、背負い出し野麦峠・境峠を越えて田ノ上へ上り、良い丘があるのでそこへ下し、一服すっていざでかけようと思ったら、仏像が急に重くなり根が生えたようになって、動かすことができなく、業を煮やして、そこへ突き倒してあきらめて出かけたという話が伝わっています。

 観音堂の周りには多くの石仏があり、里の人々が巡礼した西国三十三ヶ所の記念碑や四国八十八ヶ所と西国・坂東・秩父の百観音を廻った百八十八ヶ所巡礼を刻んだ年代物の石碑も残されていました。

 現代でも木祖村の小木曽地区から中央本線薮原駅まで出るのが大変なのに、旧き時代に更に遠く離れた四国四県の足摺岬や、西国巡礼の天の橋立などの遠方までどんな想いで赴かれたのか想像しようとしても何も浮かんできません。

 本尊である聖観音菩薩立像(田ノ上観音)が、飛騨高山の国分寺から背負われてきたとの伝承や、枝垂桜の樹齢が300年以上とあることから、鉄道もない時代の人々の移動や巡礼の様子は、現代社会とは違う灯りもない鉛色にしかイメージできません。

 さて、私自身の生活パターンですが、上高地のパークボランティアに出かけた後には必ず体重が落ちており、本日の朝は70、3キロまで落ちていたため、体重増に悩んでいたことがウソのような一日が始まり、このまま11時まで食事を我慢して病院の健康診断を受けたところ、本日の体重は70キロを下回りました。

 半年ほど前から体重が72キロを超える日もあり、食事の節制ができていないのにそれでも71キロ台で安定していることから、管理栄養士さんから「心配することもない」とは言われていたものの、何とか基準値以下で検診を受けたいと考えていたため、節制せぬままに奇跡的な数値となりました。

 問題はこれからですね…

            本日の体重 70、9キロ 徒歩数 3544歩 間食あり
                                     10月3日の一言