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まるで外国に行ったようには見えませんか?

 本日も「横井庄一記念館を護る会」のNPO法人申請のため、横井庄一記念館経由で名古屋市のウィルあいちまで走り、再度の修正箇所の指摘をもらい、明日中にメールで修正書類を送付し、今週の土曜日に確認のため訪れてから、今月20日には愛知県に受理してもらう目途がたちました。

 記念館に立ち寄った際に、横井庄一さんのグアム島での生活を切り絵で表現した女性の出版希望に、「私のお金を使ってでも発行の力になりたい」と言う夫人に、もしそんな意欲があるなら日本に帰国してからの生活や、人に勘違いされている横井庄一の素顔や想いを書き残して欲しいと伝えました。

 横井夫人は今月中に90歳になり、「あと2年は頑張れる」と言ってまもなく一年が経過しており、私は残された人生を人のためではなく、自分のために燃焼して欲しいことから、夫人しか知らない横井庄一を書き記して欲しいと思い、横井庄一が我家で大鹿庄一として生活した幼少期から小学校5年生までの家庭環境と、私が聞かされた戦前から発見までの横井家の様子を伝えるからと話していると…

「大鹿さん、本日は1時からの相談ですよ」
     「えっ、1時から3時までの間じゃなかったのですか」
「ええ、1時からですよ」
     「それは申し訳ありませんでした」

 私の勘違いで、1時からの相談とは思っておらず、1時から3時までに訪れれば良いと思っており、これまでの相談も全て1時を経過していましたが、日曜出勤の県担当者には大変な迷惑をかけてしまいました。

 「そんなことまで手を出すのは止めてよ」の一言は、記念館の夫人との会話を聞いた家内の言葉で、四国遍路だけでなく上高地にも出かけ、この上に記念館の維持に参加し、地元で展開する福祉有償運送のボランティアを家内任せにしているため、引退する年齢になって無償の仕事が増え続けている現実への苦言でもありました。

 午前中に事務所の清掃に取り掛かったところ、日曜日に市役所へ出勤する嘱託職員となった同級生が立ち寄り、珈琲屋に走ってから横井庄一記念館経由でウィルあいちを訪れ、相談中に電話のあった不良仲間を帰宅後に訪れると居酒屋に行くつもりになっており、さすがに飲んでしまったら仕事にならないため、アッシー君となって送り込み、その間に仕事を済ませてから迎えに行くことにしましたが、仕事が終らないままに迎えに走りました。

 「議員の先生を足代わりにするなんて…」と知人に同行した人物に言われ、年内に改めて飲み会をする約束をしてしまい、約束後にこのままでは大晦日に京都に行くこともできないと実感する日曜日となりました。

 明日もパソコンの前に座り、仕事と事務所の清掃に明け暮れる一日となります。

            本日の体重 73、2キロ 徒歩数 3940歩 間食あり
                                    12月10日の一言