
浄土宗・歓喜院 元の弁財天があったお寺です
愛知県稲沢市祖父江町祖父江下沼226

善光寺 福禄寿
愛知県稲沢市祖父江町祖父江南川原57-2

善光寺内・根福寺 恵比寿
愛知県稲沢市祖父江町祖父江南川原57-2
愛知県稲沢市祖父江町祖父江南川原57-2

永張寺 布袋尊
愛知県稲沢市祖父江町祖父江中屋敷135
愛知県稲沢市祖父江町祖父江中屋敷135

永張寺山門

領内川の堤を歩きます

正塔院 毘沙門天
愛知県稲沢市祖父江町祖父江南川原45
愛知県稲沢市祖父江町祖父江南川原45

刈萱堂 ミニ四国八十八ヶ所

刈萱堂 寿老人・弁財天
愛知県稲沢市祖父江町祖父江江西147
愛知県稲沢市祖父江町祖父江江西147

馬飼頭首工 木曽川

ゲゲゲッのGさん

地泉院 大黒天
愛知県稲沢市祖父江町神明津231
愛知県稲沢市祖父江町神明津231

稲沢市祖父江町にある尾張七福神めぐりを4人で歩いてきました。
そもそも、舞台となる祖父江町は私の出生地で、高校生活を5年も体験した場所であり、母親だけでなく家内の故郷でもあり、今回の七福神めぐりも縁のあるお寺が多く、故郷に帰ったような気持になりました。
まず、車を善光寺に停め、善光寺の福禄寿を参拝し、同じ境内にある根福寺の恵比寿さまを参拝します。このお寺は善光寺東海別院ともいい、長野、山梨、飯田の三善光寺に加えられた四善光寺と称され、私の同級生である京都大原にある宝泉院住職はこの善光寺の三男でもあります。
さて、ここから300メートル離れた場所に毘沙門天をまつる正塔院がありますが、ここは私の生まれた母親の在所の前にあり、私は子供の頃から先代からも可愛がってもらったお寺で、ご住職は不在でしたが本堂は開放されており、真言宗のお寺のため勝手にあげさせてもらって読経しました。本日は仲間4人と母親の在所で休憩し、祖父の残した御嶽様の神棚にも手を合わせてきました。
ここから約1500メートル離れた布袋尊の永張寺を目指しましたが、このお寺も最近亡くなられたご住職が私の高校時代の恩師で、本堂に上げていただいて恩師の遺影にも手を合わさせていただきました。不良で落第生だった私の良き理解者でもあり、私の母親とは小学校の同級生のため、卒業後も可愛がっていただいた恩師のお寺です。
次は、このまま寿老人と弁財天をまつる刈萱堂を目指しますが、私が携帯電話を車に忘れたため、車を停めてある善光寺経由となり、途中で祖父江名物の銀杏もなかを食べるため花乃屋さんに立ち寄ると、お茶を出して中に招き入れていただきました。ここでも知り合いの話題で花を咲かせました。
ここから1キロ弱で刈萱堂に到着しますが、元々の弁財天がまつってあった歓喜院前に立つと、むかえにある祖父江幼稚園の園長さんが我々の姿を見て山門を開け、本堂も開けて招き入れてくださりましたが、ご住職がご病気のため弁財天を刈萱堂にお願いされたとの話でした。
ここから約5分で刈萱堂に到着しました。ここにはミニ四国八十八ヶ所めぐりが配置されており、浄土宗のお寺ですが弘法大師の尊像とともに南無大師のノボリもはためいていました。
さあ、これから地泉院までが大変です。約4キロ程度離れていることと、木曽川沿いを歩くため寒風にさらされ、鼻水をたらすウォーキングとなりました。途中の喫茶店で昼食としましたが、時間外にも関わらずランチを作っていただき、この休憩によって重くなっていた足が甦りました。よしっ、頑張って歩こう。
喫茶店から約1キロ程度で地泉院に到着しましたが、このお寺のご住職は日展に34回も選ばれた書道の大家で、私の母校の校歌碑を揮毫され、教壇にも立たれていた方ですが、私の叔父とも旧知の仲と聞いており、私の家内たちの書道の先生でもありました。
ただし、私は一度もお会いしたことがありませんでしたが、本日は山門に入る前にご住職の奥様が出てこられ、叔父の名前を出したことから、参拝後に仲間4人で奥の座敷まで招き入れていただいて、叔父とは大学の同級生であったことや、津島市での思い出にも花を咲かせていただきました。
地泉院を出たのが午後5時近くで周りは薄暗くなっており、ここから善光寺まで戻った頃には真っ暗になっていましたが、久々に長距離のウォーキングとなり足腰にも堪えたものの、出会った人々との会話が一日とは思えない充実した時間にもなりました。
本日の体重 73、4キロ 徒歩数 25772歩 間食あり
12月26日の一言








