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私の初孫 ○○ま

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カインズホーム

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我家の孫 ○○ま

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私の相棒 リマ

 本日は横井庄一記念館を護る会の法務局へ登記する印鑑を依頼に名古屋駅まで出向いたついでに、娘のアパートに寄って学校から帰宅していた孫と、カインズホームでたい焼きやたこ焼きを食べました。

「○○まは何歳になったんだ」
     「7歳、今年8歳になるんだ」
「あと10年すると運転免許がとれるな」
     「うん、じいちゃんも乗せてあげるから」
「それならこの車をやるからな」
     「やったー、本当にくれるの」

 孫は無邪気なもので、平成14年登録の10年後には廃車されているような車でも無邪気に喜び、「それまでに死んでしまうかも知れないな」との言葉にも「何とか生きていようかな」という気持にさせてくれます。

 私は今年12月に65歳となり、年金受給者になりますが、私の父親が65歳になった直後にガンで亡くなっており、私自身も親よりは長生きするつもりですが、父親が亡くなった年齢はどうしても気になり、今年87歳になる母親にあやかれば幸いですが、娘の孫が成人する歳までは生き延びたいものです。

 最近になって、私より少し年齢が上だけの著名人の訃報が続き、自分にどれだけの寿命が残されているかと気弱になることが増えましたが、昨年12月18日の私の誕生日と同じ日に生まれてきた我家の孫の存在に、初孫が運転する車に我家の孫と一緒に乗せられて上高地や四国遍路に行ってみたいと思うようになりました。

 最近は自宅に帰れば孫が寝ており、自分の子供の子守もしたことが無かったのに当り前のように抱かされており、孫の成長とともに生活する楽しみを実感するとともに、この孫の存在によって先祖代々続いてきた我家が続き、娘の孫も横井庄一さんと血縁のある後継者として希望を担っていきます。

 子はカスガイと言いますが、孫も老人の生きる希望になることを実感です。

                                      3月5日の一言