
お寺の墓にお骨は入っていません


グアム島の小動物の慰霊碑とともに
本日はお彼岸でもありますが、横井庄一さんの命日でもあり、自宅で菩提寺のご住職をお待ちして仏壇に手を合わせた後に、千音寺霊園にある小動物の慰霊碑とともに建つお墓の花を替えてから、菩提寺にある旧陸軍軍曹のお墓にもお参りしてきました。
皮肉なもので、横井さんの母親がお寺に残したお墓については、昭和47年に横井さんが発見されるまで主は不在で、平成9年に本人が没した後には遺言で、グアム島の小動物を慰霊する碑と一緒のお墓に葬られました。
グアム島で28年間に及ぶ自給自足の生活で、口に入れた小動物の数は膨大となり、生きていくためとは言え、生きた動物の命を絶って生き抜いた横井さんの気持を考えると風化させたくない遺言です。
さて、夜には知人の通夜があり、名古屋市港区まで知人とともに走りましたが、若かりし頃に一緒に汗を流した朝日新聞販売店主の先輩で、現在は地方紙の販売店主に鞍替えされているため、20年以上にわたって音信不通でもありました。
突然の訃報に病気かと思っていると、遺影はかつての元気なままの顔であり、ご家族に聞くと今月に入って階段から落ちて治療中だったとの話に、元気すぎる死に顔から、今から30年前に戦車のように走る故人の姿が偲ばれてきました。
この先輩には何度もお世話になっており、私が新聞社の幹部社員と大喧嘩して、「もう辞めてやる」と自宅に戻ったことを知り、仲間を呼び寄せて引きとめていただいた恩もあり、3年前に娘が中川区から港区に転居した祭に、近いため訪れたいと思いながら元気な声を聞かぬままのお別れとなってしまいました。
私は学生時代に起業したため、新聞社だけでなく恩師や、父親の会社の重役さんとか、新聞社に出入りする著名人の方々にも可愛がられており、議員になってから疎遠になっている人が多いため、訃報を聞く前に会っていきたいと思う一日となりました。
9月22日の一言








