
庭にある柿の収穫

食べごろです

こちらは大正以前からある柿の木
現在我家には2本の柿の木がありますが、主役は庭の中心にある柿の木で、昭和の終わりに父親が植えたもので、庭の真ん中で成長したため「切っても良いぞ」と言い残したようですが、私が残すことにこだわり現在に至り、タネのない大きな実を大量に実らせています。
成長して屋根より高くなったため、私は火事の時に逃げられると残していたものの、雨どいの中に落ち葉が詰まるため家内が毎年切り続けていますが、それでも大型の脚立でないと収穫ができません。
さて、もう1本の柿の木は、私の父親が生まれる前から植えられており、大正期に納屋が火災にあった際の焼け焦げた後が黒く残っていることから、明治時代に植えられたと思われ、私の四代前の祖祖母の時代から残る歴史をつないでいます。
こんな古くからある柿の木が最近は甘くなっており、嫁いできた家内は渋柿と思っていたようですが、元々が甘柿で我家で一番甘かった柿の木で、この木の根元には私の少年時代に飼っていた愛犬が眠っているため、私だけでなく誰も口にしなかったことから渋柿と思われていたのかも知れません。
明治、大正、昭和、平成と残った我家の歴史を知る木でもあり、新しい年号になり、私が滅した後でも残してもらいたい木でもあります。
ダム湖に沈んだ古里 増山たづ子写真展、被災地でも反響
ダムに沈んだ岐阜県旧徳山村を撮り続けた故・増山たづ子さんの写真展が、88歳で亡くなった翌年の2007年から友人の手で始まり、東京や北海道だけでなく災害被災地など全国各地で開催されてきたと報じられています。
増山たづ子さんが亡くなって22年の歳月が経過していたことに驚かされ、早すぎる時間の経過と自分の歳にも驚かされます。
本日は近所で亡くなった人の通夜が営まれましたが、せいぜい人間は80年ほどしか生きられないため、その人の人生どころか、家の歴史や先人についても写真や説明書きを残して語り継いでいきたいものです。
11月1日の一言








