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孫の通う小学校 名古屋市でも自然環境に恵まれています

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中川区 松葉公園の近く

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中村区 近鉄八田駅

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中村区 名古屋高速

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中村公園の大鳥居が見えてきました

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 本日は家内が津島市から名古屋市中川区の病院へ車イスの患者さんを送迎し、私は中村区の病院へ走り、診察が終るまで娘の住む港区へ移動し、家内と合流後に患者さんとともに津島市へ戻りました。

 過去の一言にも記しましたが、名古屋の総合病院や専門病院のレベルが津島市の医療機関とは段違いに高いことから、私がボランティアで移送を始めて10年近く経過した中では、誰も鬼籍に入った人がおらず、多くの人をあの世に見送った津島市内の病院との大きな格差を実感させられます。

 本日送迎した会員さんも、一生酸素ボンベと縁が切れないと言われて覚悟されていたものの、昨年末にボンベの携帯が必要なくなり、送迎する車内の会話も明るくなりました。

 病気になって改善しないままに病院まで送迎を続けるのは辛いものがあり、名古屋市までの送迎は遠くまで回送する辛さがあるものの、「命を救われた」とか、病気が改善して通院回数が減るなど、明らかに通院の価値が認められると、同行するボランティアも元気になります。

 今年は同行する会員さんが全員元気で来年の元旦を迎えられるようにしたいものです。

 さて、名古屋市で生活する娘の自宅を訪れ、孫の元気な姿を見たいと思っていましたが、本日は孫の小学校を眺めただけでボランティアに戻ることになり、成長した孫の生活を聞いて安心した訪問となりました。

                                  2月22日の一言