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 今週金曜日から三日間(木曜日の夜に出発し、月曜日の未明に帰宅)の四国遍路を予定しているため、賽銭や線香などを用意しましたが、肝心の納札に住所や氏名を記入しておらず、本日は70枚に書き入れました。

 添付した納札は私の納札で、左の赤い納札は四国八十八ケ所霊場用の納札で、中央の白い納札は別格20霊場用、一番右の納札はご接待を受けたり、納札の交換用にしており、他人には「南無大師遍照金剛」と唱えて記入するように話しているものの、他所事に気をとられての書き込みとなりました。

「あんたが居ないと生きていけんなァ」
      「そんなことはありませんよ」
「有難うなァ、こんなになってしまって…」
      「また気軽に呼んでください」

 本日突然の電話で、近くの病院まで歩いていけないので、私に移送を依頼された会員さんは91歳になっておられ、最後までご夫婦で在宅生活を希望して頑張っておられますが、低額とはいえ近くでも料金が発生するだけに大変です。

「記念館もあなたが死んだら無くなっちゃうかな…」
      「孫に頑張るように感化していくから」
「そんなに無理しなくても良いから」

 昨日の会話ですが、くしくも91歳になる横井庄一夫人の発した言葉で、私では先がしれているため娘や孫を横井家の後継に指名しており、子孫が続けば家は残っていくものの、家を護っていく使命感を伝えなければ家系は途絶えてしまいます。

 昭和47年に横井庄一さんが発見された時は、「とおい親類」程度に考えていたものの、後に我が家で「大鹿庄一」として小学校5年生まで生活していた先祖と知り、私の学生時代の起業や学生結婚でも後ろ盾となって支えてもらいました。

 そんな縁が続いて、横井さんより父親が早く他界し、横井さんが他界して23年経過した現在も関係が続き、4月からは記念館の館長に祭り上げられていますが、夫人に長生きしてもらわないと、上高地や四国遍路にも行けないため切に健康長寿を願うようになってきました。

                                    7月8日の一言