
私の携帯電話の待ち受け画面になっている、私の永遠の愛雀「ピーちゃん」です。
私の人生の中で、私の一番近くに存在し、生まれて初めて目にしたのが私のため、私と一心同体のように行動し、私も自分の子供にも感じたことのない愛情を感じていましたが、一年前の10月29日に死んで(死なせて)しまいました。
一日中ピーちゃんから離れられず 2015/10/30(金)
現在5羽の小鳥を私の事務所で保護していますが、ピーと同じ屋根から落ちてきた「ヒー」以外の4羽については、私とピーの2年間の生活をこのブログで発信していたことが縁で持ち込まれており、目も開かず冷たくなっていたピーを生かした経験が現在も生きていると思います。
こうして記していても、玄関の門柱の横に眠っているものの、写真から「おい、お父さん」と呼びかけてくるような錯覚を覚え、私が事務所に行けば当たり前のように鳥カゴから飛んできて、私が菓子の袋を開けると飛んできて一緒に食べていました。 好物のハチミツや甘い菓子を自分と同じように与えていたことが短命に終らせた一因とも思い、これは大反省となりますが…
本日は、我家のアイドルとなった「サブロー」が、私の背中と肩に乗ったまま遊んでいましたが、ピーちゃんのように私の意思と一体となって行動することは無いと思われ、私と一緒に昼寝をして、私の声が聞こえる部屋まて探して飛んでくるような関係の再現はできないでしょうね。そうなって欲しいとは思うものの…
寂しいのは、ピーは深夜族の私の傍らで、連日パソコンの横に居ましたから、夜でも独りではなく、ピーが逝ってからは本当に寂しくなりました。 もっとも、こんな不摂生な生活も2年しか生かせなかった原因で、ピーを亡くした反省を今の5羽の保護の肥やしにしたいと考えています。
「ピーちゃん」
「チュン」
「ピーちゃん、ピーちゃん」
「チュン、チュン」
一年が経過しても、呼びかけに応えていた「ピー」が忘れられず、我家の後輩「ヒー」が「ピー」に変身する姿を夢見ていますが、同じように私の手で育ちながら、何故に「ピー」のようにならないのか苦しんでいます。
さて、本日は今年受診した「がん検診」と「基本検診」の結果をかかりつけ医に受診して、全て異常なしと診断されましたが、医師と同じように頼る管理栄養士さんに報告し、一年後も現状維持を続けるため、基本にかえって歩く事によって新たな目標を目指します。
本日の体重 71、3キロ 徒歩数 11560歩 間食なし
10月31日の一言


左の写真は、昨年3月17日に花を怖がるピーを無理やり掴んで撮影したものですが、この頃は市役所から帰れば事務所裏のピーの部屋に走り、写真のように無理やり外の花を見せたり、一緒に昼寝したり、私がパソコンを使っているときは、パソコンの横から出る温かい排気口で居眠りをしていました。








ピーちゃんが逝って1ケ月が経過しました。
飯高観音









目も開かぬ冷え切った真っ黒な肉片のようだったピーでしたが、無理やりエサを口に入れたところ、大きな口を開けてピーピーと鳴くようになり、保護した5日後に四国遍路に出かけたため、車に乗せて1時間おきにエサを与えて同行させ、今年7月にも四国へ連れていきました。
今となっては懐かしい思い出となってしまいましたが、生きようとする生命力の強さに驚かされ、子供の面倒も見たことのない私に父親役を体験させてくれました。









私自身は昨年5月3日に庭先で瀕死のヒナ、ピー(写真右)ちゃんを保護し、ネット情報を頼りに飼育を続けてきましたが、やはり一番頼りになるのがスズメを飼育した経験者と、現在飼育中の人々の情報で、スズメを飼育する本は市販されていないため、貴重な資料となっています。






「まさか…」
「あっ、どこからか鳴き声が聞こえてくる」
水浴びは大好きですが、さすがに気温が下がっており、真夏のようには乾きませんから、あわてて60ワットの裸電球を取り付けたスタンドを鳥カゴの上にセットすると、温かいためすぐに近寄って羽を乾かしていました。
目が開く前から育てたヒナで、完全なる手乗り状態ですが、鳥を手乗りにするときは必ず1羽で飼育しないと人間に馴れないらしく、複数で飼育すると鳥が仲間になってしまうと娘が添付してきました。





スズメに与える小松菜については、スーパーで簡単に入手できますが、自宅で栽培する小松菜に青虫が付いて食べられてしまうのに、スーパーで購入した小松菜には虫の喰った跡もないため、農薬を心配して自分で発芽させたものを与えてきました。











昨年5月より私の家族となっているピーちゃんの巣は右のような形の巣ですが、2月にはこの巣の中に大量のティシュペーパーを持ち込んで、鳥カゴを真っ白にしてしまいました。
鳥の相手をしていると来客があり、自宅で採れた(?)柑橘類をお土産にいただきましたが、来客が高知県足摺岬のある土佐清水周辺の出身者であるため、先週の三連休に訪れていた四国の話題としてしまい、ポンカンの仲間と思われる柑橘類の名前も聞いたものの忘れてしまいました。多分、高知県由来の柑橘類と思われます。

どちらが先輩か判らないほど物事に興味津々で、私しか馴染めず、私だけを頼りにしているピーちゃん(写真右の左側)と違い、家内の手の平にも乗り、嫌がるピーちゃんの後ろをついて廻ります。

台風11号は現在四国の中央を通過中のようですが、高知県や香川県から降雨による被害と警報が発信されており、台風通過後とは言え、四国を訪れる予定だけに心配な一夜となりそうです。
さて、昨日の一言にも記しましたが、保護された7月3日は私の父親の命日にあたり、家内は奇遇だと奇縁を感じたようですが、それ以上に驚いたことは、『ピヨちゃん』用に岡崎の○○さんから渡されたエサ『スリエゴールド』と『ミルワーム』を入れた紙袋でした。








他のネット情報でも見たことがありませんから、我ながら良いアイデアと自画自賛していますが、私が居るときはカゴを出すようせがみ、パソコンの周りを歩いたり、私のもとで居眠りしたりと一緒に生活しており、ここまで考えると部屋中を鳥の生活環境にしてしまうのが最高なんでしょうね。




左の写真は保護した直後の写真ですが、羽もなく眼も開いておらず、冷え切って身動きもせず、保護しても生きるとは思えず、一度は庭の陽のあたる場所に置きました。
無理やり口をあけて、ドッグフードとすりえを混ぜ合わせたエサを食べさせたところ、翌日にはこんな大きな口をあけてエサを求めるようになりました。
保護して3ヵ月はパソコンの横に置いて、野鳥であるスズメの指南書が存在しないため、ネットで飼育中の先人の知恵を借り、保護して飼育するため野鳥園や愛知県の窓口に出向いて「捨てろ」と言う県の職員と激論になったこともありました。
左は半年後のピーちゃんです。
年末には事務所では私と一緒の生活となり、私が居ればカゴから出てきて、手の平や肩を行き来し、私が居れば肩の上に乗ったまま台所にも出向くようになります。




「ピーちゃん、ピーちゃん」と、私にしか飛んでこないピーちゃんを無理やり触ろうとする孫にも辛抱の一語で、嫌々孫の手のひらに乗せられるピーちゃんを見せられるだけでなく、写真まで撮って娘のスマホに送信させられても忍の一字です。

















