大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

その他の病気

体調不良と隣り合わせの生活に

 先月29日に東京まで移動して、30日に埼玉県志木市役所、31日に東京都千代田区のセミナーに参加し、麹町駅から有楽町まで満員の東京メトロに乗車した時に、身体中から汗が噴出し、一枚脱いで有楽町から電車に乗車した際には身体が冷え冷えとし、車のように自由に着替えられない冬場の列車移動の難しさを実感させられました。

 名古屋から津島への移動についても、汗がでた名古屋駅から津島市が近づくと車内は隙間風が吹き、着こんだ下着の汗が冷えて風邪を引きそうな雰囲気で帰宅すると、家族も全員が風邪を引いていました。

 インフルエンザではないのが救いですが、不調でも昨日は患者等緊急搬送乗務員の講習に参加し、本日午前中にボランティアを終えると、午後は休養として外出もしませんでした。しばらくは養生が必要です。

 立憲民主党の枝野代表が、「籠池さんに今さら証拠隠滅の恐れはないですよ。証拠隠滅してきているのはむしろ財務省」と発言しているが、安倍首相にとって都合の悪い人物の口封じが行われているとしか思えません。
 そんなことで、保釈されずに拘留が続いているとしたら、三権分立とは言えず、籠池さんがかわいそうですね。

「籠池氏を保釈して説明求めたい」立憲・枝野氏

 安倍晋三首相の妻昭恵氏から「電話があった」と述べて交渉している音声データについて、安部首相は電話の否定と、関与も否定しているが、音声データの存在がある以上は、本人の参考人招致と関係者の招致があってしかるべきと思われるものの、絶対に阻止しようとする体質が自民党まで一蓮托生としてしまう。

首相「妻は電話していない」 籠池氏めぐる音声データ

森友新文書・録音に昭恵氏の名… 佐川氏らの招致焦点に

 「廃棄した」はずの交渉関連文書の存在がまた発覚し、安倍晋三首相の妻、昭恵氏に学園の籠池泰典前理事長が言及する新たな音声データが示されたことは、行政は何事でも記録して残していることの証で、森友問題について総て破棄するか存在しないこと自体の説明がつかない。

 森友学園の籠池泰典前理事長自体が胡散臭い人物であることは間違いないが、この学園の名誉校長を安部首相の妻昭恵氏が務めて交友関係にあったことは明らかで、関係する国や県の担当者は安倍首相の存在を意識して対応していたのは確実なことから、やはり事実関係を明らかにしないと政治の信頼は得られません。
 さて、国会でどこまで事件の解明が図れるのでしょうか。

                                     2月2日の一言

尿一滴でガンの診断が可能との報道に

 「がんの有無を1滴の尿から高い精度で判別することに成功した」との新聞記事を読み、確実に医療レベルの進歩を実感し、「がん患者をがんと診断できる確率は95.8%に達し、がんの種類や進行度にかかわらず判別できた」との報道と、「従来のがん検診で見つからない早期がんも判別できる可能性が高いことも分かった」との記事に期待は高まります。

がん診断、尿1滴で=線虫の習性利用―10年後の実用化目指す・九大など
                   http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150312-00000006-jij-sctch

がん診断で画期的な研究発表 線虫で、がんの有無を高確率で判定

 九州大などの研究グループは11日、体長1ミリの線虫に人の尿のにおいを嗅がせ、高い精度でがんの有無を判定することに成功したと発表し、尿が1滴あれば、痛みもなく安価にがんの検査が可能になるという画期的な発見です。

 九州大学など研究グループの広津助教は「早期発見が難しい膵臓(すいぞう)がんを含む十数種類のがんに線虫は反応した。特定のがんにだけ反応する線虫をつくることにも成功しており、将来的にはがんの種類の特定も可能になる」と話しており、一日も早い実用化が望まれます。

 一滴の尿でガンの診断ができるとすれば、通院するたびに痛みを感じず検査が受けられることと、発見の難しい膵臓ガンにも反応するとの朗報で、ガンを発症した後の治療法も向上しており、心強さを感ずる一方で、10年後の実用化を目指すとの内容に、まさにガン年齢となっている自身の寿命と重ね合わせてしまいました。


 添付したキーワードは、朝日新聞の医療サイトですが、仕事が忙しいとついつい見逃してしまうキーワードで、暇が無ければ読む余裕もできませんが、忙しさに流されて見逃し、結果的にガンに罹った後では読みなおす時間も作れません。

 早期発見の精度が高まり、ガンに罹った後の治療法も多様に進歩しており、これからは情報の有る無しがガンに打ち勝つキーワードのように思います。
 医師から末期ガンとして1ヵ月の命と宣告されても、病院の治療を拒否して、食事療法と漢方薬をたよりにして1年以上生き延びた人も複数存在しており、これも人からの知恵やネット情報が最後の人生の選択を可能とします。

 さて、本日は火曜日から順延された厚生病院委員会が開催され、2日目にもかかわらず夜7時近くまで審議が続けられ、本来約束してあった人々に迷惑をかけましたが、審議中で電話に出られなかったため、明日の通院ボランティアを依頼したい会員さんにも迷惑をかけました。明日は朝から山積した仕事のはしごのような一日となります。

                   本日の体重 70、5キロ 徒歩数 2518歩
                                    3月12日の一言

市役所より歯医者さんに通う回数が多くなり

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 私が入り浸っている場所ですが、ここがどんな処か判りますか?
 
 最近は2日か3日おきに通い、次は水曜日に訪れますが、ここが三ツ星印の隠れた料理店として紹介できれば幸いなものの、私が数年間通い続ける歯科医院で、最近は左の奥歯が痛んで歯茎が腫れあがり、一週間かけて治療が終わると、今度は右側の奥歯が痛みだす繰り返しが続き、正月休みや三連休は不安な毎日となります。
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 歯槽膿漏による歯肉炎ですが、予期せぬ硬い食べ物を噛んだり、歯が気になって舌で触りつづけると一晩で歯肉が腫れあがることもあり、遠出をするときは心配となり、このまま年齢を重ねると食べたい物も食べられなくのは確実となりそうです。
 
95歳夫が88歳妻殴った疑い 「浮気してると思った」

 杖で殴って88歳の妻を死亡させた罪で、95歳の夫が警察に逮捕される事件が高知県宿毛市で発生しており、逮捕された夫は「妻が浮気していると思い、口論になった。腹が立ったので後頭部を2~3回、杖で殴った」と容疑を認めているという驚きの発信です。
 
 ことの真意は判りませんが、浮気をしたと言われた88歳の妻にも驚きですが、95歳になっても浮気を巡って口論となったことと、杖で2~3回殴っただけで死んでしまった高齢者の結末にも驚くとともに寂しさを隠せません。
 
 こんな事件が起こるのも超高齢社会の象徴かも知れませんが、私のように歯の痛みをたえず抱えているようでは、こんな疑惑を考える余裕もなく、口論もできませんから、きっと健康なご夫婦だったと推測され、救急車を呼んだ子息の心境を考えると笑い話では済ませられません。
 
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 こたつの上へ背伸びして「転寝」する相棒リマ君ですが、こたつの上に寄り添って寝る癖は私のパソコンの横で待っていたことが癖になり、寝ているように見えても好物の食べ物が置いてあると隙を見て食べてしまうので安心はできません。
 
 もっともこれは、寝るためではなく、家族の話に一緒に加わるため、背伸びしてコタツに顔を出していた結果ですから、完全なる家族の一員になっています。
 
 当初は家族に叱られていましたが、あまりにも気持ち良さそうに寝ている姿と、我々の隙をついて食べ物をゲットするための行動を観察するのが面白く、最近では微笑ましいと放任されており、背伸びしてこたつに伏せる姿が当たり前になっています。
 
 こんな幸せが永く続くことを望みたいものですね。
                 本日の体重 71、5キロ 徒歩数 6953歩
                                    1月26日の一言
 

三男が無事に退院してきましたが

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 本日は久しぶりとなる会報の早朝配布のため、目覚まし時計が午前3時30分にセットしてあり、起きることは学生時代に新聞販売店を起業して23年間続けた習慣から余裕で、午前4時に自宅をバイクで出発しました。
 
 私が創業したのは昭和52年1月元旦でしたが、真冬だったことから防寒対策は大変で、下着だけでなく、ジャンバーを重ね着しても寒く、重ね着によって身体は重く、スキー姿で配達に出た、暗黒のような大変だった記憶がよみがえります。
 
 しかし、時代とともに衣類の改良によって、薄いだけでなく軽い防寒衣が販売されるようになり、若くいくらでも走れるため、身体は温かく汗をかくようになりましたが、還暦を過ぎた身体は走れず、寒さが身にしみるものの、慣れた仕事は自然に身体が反応して懐かしい記憶がよみがえりました。
 
 さて、添付した写真は、本日まで4日間入院していた三男のベットに貼られていた名札で、孫たちがお見舞いに行かないうちに退院してしまったため、入院していた証拠品として携帯電話に記録したものです。 (娘は入院が私のウソと思っていたようです)
 
 お世話になった病院の悪口となってしまいますが、最初に急患で応急処置を受けたのが月曜日で、翌日の祭日にも点滴治療を受け、その翌日の水曜日に耳鼻科の診察を受けるように指示され外来を訪れたところ、予約どころか連絡も忘れられていたのか、痛みに耐えて待合室で4時間以上待たされた後に入院となりました。
 
 初日から入院した方が良いと言われていた患者を、順番とは言え外来で4時間以上も待たせ、私と親しい事務局長が横になれる場所を確保してくれたと家族は感謝していましたが、私からすれば結果的に入院となる患者に対して、一度も息子の容態を確認して対処しなかった看護師や医療スタッフの対応は問題です。
 
 本日無事に退院してきたことから、この時点では感謝の一言しかありませんでしたが、夕方になってから処方された薬が無いことが判り、病院に電話連絡すると…
 
 「処方された薬がないんですが」
 「医師もいないので薬は処方できません」
 「処方された薬が無いんです」
 「薬局も終わっているので出せません」
 
 無事に退院したものの、処方されていた薬を看護師さんが渡し忘れており、慌てて家内が取りに走ることになりましたが、痛みに耐えて治療を受けている三男は文句も言わないものの、祭日の診察とは言え翌日の外来との連絡ミスや、診察の無い土曜日とは言え、退院後に飲む薬を渡し忘れるなど病院としての不備を見せつけるような結末となりました。
 
 我が身に置き換え、脳梗塞やくも膜下出血の場合には大変な事態が想定され、患者が入院を要する重篤になればなるほど自己主張もしないため、このような連携ミスは改善が急務と怒り心頭の夜となりました。
 
           本日の体重 71、9キロ 徒歩数 1万7千604歩
                                   12月27日の一言

デング熱被害が拡大して

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快適なテント生活に蚊は心配ですね 上高地小梨平
 
 代々木公園の蚊に刺されて拡大したデング熱が、新宿中央公園でも蚊に刺されて感染した可能性と、横浜市でも刺された可能性があり、今後は東京に限らず広範囲での防除が課題となりそうです。
 
 デング熱のウイルスを人に感染させるヒトスジシマカの寿命は30日から40日程度と言われていますが、デング熱は、ウイルスを持った人を刺したヒトスジシマカが、別の人を刺すことで感染が広がるため、少なくとも現在67人になった感染者が生活する地域では、感染者を刺した蚊によって次々と拡大する可能性があり、厚生労働省は感染が全国的に急速に広がる可能性は少ないとみているが、来年以降も恒久的に増加するように思えてなりません。
 
代々木の感染、新宿に拡大か デング熱ウイルス一致
記事の続き…
 代々木公園に隣接する明治神宮は5日、公園側の道路約500メートルへの立ち入りを制限。公園の北西の国立オリンピック記念青少年総合センターは、屋外施設の使用を中止した。
 また、横浜市は、代々木公園でデング熱に感染した女性がその後、同市金沢区の海の公園でも蚊に刺されていたとして、予防措置として園内の「犬の遊び場」の利用を中止。園内の蚊の検査を始めた。
     ◇
 厚労省は代々木公園とその周辺でのデング熱の感染が新たに11人確認されたと発表。新宿中央公園の感染も含め国内感染は12都道府県在住の計67人になった。
 
 新聞報道によれば、新宿区は公園の立ち入りを制限し、蚊の駆除を始めるとともに、公園で暮らす十数人のホームレスに福祉施設などへの移動を促したとありますが、外国から進入したウイルスによって、ホームレスの生活環境にも影響していたんですね。
 
デング熱、蚊が近づく色は避けて 服の上からスプレーを
 
 最近ではあまり聞かなくなりましたが、日本脳炎も蚊によって感染し、免疫のない人が感染した場合、100人に1人から1000人に1人の割合で発症し、重症例のうち50%が死亡、生存者の30~50%に精神障害や運動障害などの後遺症が残るといわれるだけに軽視はできず、日本にはまだ発生事例はないものの、1999年以降の米国での大流行により、日本への上陸が心配されいている西ナイル熱も含めて蚊の駆除は重要に思われます。
 
49歳山本昌、史上最年長勝利 64年ぶり更新
 
 さて、本日のニュースでは、中日ドラゴンズの山本投手が今期初登板し、勝利投手の権利を得る5回まで無失点で切り抜け、プロ野球史上の最年長勝利記録を64年ぶりに更新したとの明るい話題が発信されています。
 
 私自身は子どもの頃から中日ドラゴンズが大嫌いでしたが、球団代表が山本投手の50歳までの現役続行を支援する発言をしていることから、山本投手の残された現役生活を自身のカンフル剤として応援していきたいと思います。 
 
                           本日の体重 77、6キロ
                                     9月5日の一言

名古屋の高校で、大量の結核感染が発生し

 
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 昨日から治療中の奥歯に違和感があり、朝から気にすればするほど痛みが増してくることと、私のかかりつけ医としている歯医者さんが、明日木曜日が定休日となっていることから、慌てて訪れて治療してもらいました。
 
 昼ごろに過去にもらった炎症を抑える薬を飲んだところ、確実に痛みが減少したことから、夜にもう一度飲んで様子を見ようかとも考えましたが、歯の痛みだけは予測がつかないため治療を受けました。この奥歯だけで半年苦しんでいます。
 
 名古屋市の私立高校の男性教諭が肺結核にかかり、生徒や卒業生、ほかの教諭の計39人が感染し、このうち4人は発病して投薬治療を受けているとの報道があり、患者数が減少していることや、治療効果が上がっているため結核が軽視されているものの、罹患した患者の職業によっては大量の患者に蔓延するため注意が必要です。
 
 男性教諭は昨年秋ごろから、せきが続き、食が細くなってやせてきたが、昨年7月の健康診断では異常は見つからず、最寄りの医療機関では原因がわからなかったと言い、学校関係者は「がんを心配して病院にかかるよう勧めたが、知識がなく結核だと思わなかった」と発言しています。
  
教師が結核、生徒ら39人感染 名古屋の私立高
記事の続き…
 同校は市保健所などの指導を受け、全教職員と男性教諭が授業や担任を受け持った生徒と卒業生の計293人に検査をしてもらった。その結果、7月1日までに生徒1人、卒業生2人、教諭1人の発病を確認した。いずれも投薬治療中で、行動制限はなく、普通に生活しているという。また、このほかに生徒19人(2年生14人、3年生5人)、卒業生9人、教諭7人の感染を確認した。
 同校によると、男性教諭は昨年秋ごろから、せきが続き、食が細くなってやせてきた。昨年7月の健康診断では異常は見つからず、最寄りの医療機関では原因がわからなかったという。
 鈴木勇治副校長は「がんを心配して病院にかかるよう勧めたが、知識がなく結核だと思わなかった。教師一人ひとりが健康管理に万全を期すよう指示した。学校も教師の健康管理の把握に努めていく」と話した。
 厚生労働省によると、名古屋市では2012年、575人が新たに結核を発病。人口10万人当たりでは25・4人に上り、政令指定都市では大阪(42・7人)、堺(27・9人)に次いで3番目に多い。学校での集団感染は03~12年の10年間に全国で計47件あった。
 
 平成20年4月の話となりますが、グアム島で発見された横井庄一さんの夫人が肺結核のため病院に隔離され、入院している病院を訪れたり、記念館の留守番をしていたことから、私自身の感染が心配になり、保健所やかかりつけ医で検査を受けた顛末が、下記に添付した私の一言に書き残してありました。 
 
肺結核・一年前の体験を振り返り 09年4月 私の一言
                   http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/39786857.html
 
 横井夫人が結核で入院した時も、前年の9月頃に咳がとまらず近くの開業医で診察を受けたものの、肺のレントゲンを撮影して異常が発見されていたが、医師は結核患者を診た経験がなく、肺がんの可能性を疑い、現実には翌年の4月まで風邪として診察を続けて肺結核の診断がなされず、総合病院を受診するまで結核が見つかりませんでした。
 
 ただし、結核に感染し、結核の種類によっては、診断された翌日には指定病院へ強制的に隔離され、軽くとも最低2ヵ月か3ヵ月は入院となるため、仕事で重要な任務をおっている人や、家庭環境によっては大変な事態を招きます。
 
 さて、結核のような長期入院には至りませんが、インフルエンザについても、感染していることが判明すると、学校の通学や職場への出勤が法的に禁止されているものの、風邪との区別ができないことから、インフルエンザが疑われても風邪として受診し、不特定多数に菌を撒き散らす人も存在します。
 
 後日談ですが、私の家族が次々とインフルエンザに罹ったため、特別に異常はなかったもののかかりつけ医で検査したところ、無症状でもインフルエンザに感染しており、感染すると5日間は外出が禁止されており、何も異常がない状態で自宅待機したことがありました。
 
 「大鹿さんは議員だから…」と、議会中にインフルエンザが判明すると議会を欠席することになり、議長から「大鹿議員は病気療養のため欠席です」と言われ、世間に病気と宣伝される可能性があるため、我慢できるのであればドラッグストアの市販薬でしのぎ、絶対にインフルエンザの診察を受けてはいけないと言われた政治関係者がありました。
 
 私は議員ですが、ボランティアとは言え高齢者や病人を車で病院まで移送しており、インフルエンザに罹患したまま同行することは、同行者の生命の危機に至る可能性もあり、第三者に感染させないためには、一部とはいえ仕事の責任を優先している現実を改めることも急務と思います。
 
                            本日の体重 79,3キロ
                                      7月2日の一言

最後を覚悟する闘病女性に同行して

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 本日、私の事務所に届けられたアンケートが同封された返信封筒で、一日の返信量としては過去最高の62通で、受取人払いは15円追加された97円の料金がかかり、本日だけで6014円の金額が記された交付証が添付されておりますが、これが大相撲の懸賞金なら笑いがこらえられないと思われます。
 
 受取人払いの配達は、土曜日や、日曜祝日は配達されないため、月曜日の配達は多くなるものの、過去4回のアンケート調査も含めて最高の配達数となりましたが、土曜日と日曜日に知多半島に行っていたために、残された仕事も山積して忙しい月曜日となりました。
 
 私が知らないだけで、週末不在の代役として家内が文化会館に走り、地元の花道家元さんからいただいたご招待状を持参して挨拶に出向いており、知り合いはそれぞれが不在だったようですが、私にはできない留守番役を果たしていました。
 
 本日は午前中に議会日程を済ませたものの、午後には病魔に苦しむ女性を家内とともに病院へ移送し、検査と診察中に「人畜無害」の天然活性剤『HB-101』を勝手に購入してから診察後の女性に手渡しました。
 
 「時間の覚悟ができました」
 「えっ?」
 「立会人とともに診断を聞きました」
 「そうですか…」
 「やるべきことを一つ一つ記録していきます」
 
 細かいことはあえて聞きませんでしたが、女性は医師の薦める抗がん剤投与を断っており、漢方とか良いと聞く処方は何でも試す一方で、医師から宣告されたと思われる時間の中で、遣り残さないため動けるうちに済ますという強い決意を語られました。
 
 「これのお金をとってください」
 「いえ、これは差し上げますから」
 「いや、貰ったものではご利益が有りませんから…」
 「そッ、そうですか…」
 
 四国遍路で授かってきた「千枚通御護府」を、差し上げるつもりで持参していたものの、相手の気持ちを考えて気持ちだけの金額をいただきましたが、真剣な眼差しに説明をするのも真剣で、四国霊場で教えてもらった延寿法の印の説明書きも手渡しました。
 
 女性は私と同世代で、ガンの手術後に他の部位への転移が見つかり、膠原病にも苦しめられていることから、他の患者の動向や薬剤師の薦める「冬虫夏草」や、私の薦めたHB-101も積極的に取り入れる反面で、完治しないと判断した抗がん剤や入院を断っていますが、死も覚悟しながらの独り暮らしは想像ができません。
 
 「絶対に治らない」と聞いての移送ですが、女性は生きることを諦めておらず、私は最後を迎えるまでできるかぎりの移送と支援を約束したものの、私自身は病気に関しては相手の話を聞いた部位や胃が痛みだす癖があり、これからも何とか穏やかな日々が続くことを祈らずにはおれません。
 
 福祉有償ボランティア移送は高齢者や障がい者、病人しか対応していないため、必然的に人生の最終章に関わることとなり、同行者の苦痛が強く辛く圧し掛かってストレスを溜めていきますから、情けない話ですが家内が同行してくれないとハンドルが握れないケースが増えそうです。
 
                                  4月14日の一言
追伸
膠原病やガンに効果のある情報を聞かせて下さい。
 私のメールアドレス s281218@yahoo.co.jp か、右のゲストブックへ

棺内の故人から凍りつく絶望感が…

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 昨年の11月7日に、四国別格第十四番椿堂でいただいてきた椿が花を咲かせました。いただいてきた椿は3本で、1本は地元の同じ高野山真言宗のお寺にもらってもらう予定で、弘法大師ゆかりの椿が愛知県でも花を咲かせていきます。
  
先達研修会から、第14番椿堂まで椿をもらいに
 
 さて、昨日の一言にも記しましたが、本日はかつての仕事の先輩の葬儀に訪れましたが、棺の中で眠る個人の姿に、かつての面影は皆無で、祭壇の遺影と見比べてみても、赤の他人としか思えない姿に悲しみよりも地獄を見たような気持ちになりました。
 
 故人は昨年7月にすい臓ガンが発見されてから闘病生活を送っていたとの話でしたが、私より恰幅の良かった体が、完全なる骨と皮だけになっており、顔色も黒ずんでおり、木像としか思えない姿に、ガンは治る病気になったとの言葉がある反面で、ガンに罹ったら絶対に助からない心境を実感させられました。
 
 私の父親も肝臓ガンで、半年の闘病の後に故人と同じ65歳で亡くなりましたが、これほどには痩せてはおらず、生前の面影も残しておりましたから、本日の知人の姿からは一度発症したらガンは絶対に死に至るとしか思えないような絶望感すら感じ、すべての気力も失せてしまいました。
 
 「故人は小学校3年生から新聞配達をはじめて…」との、弔事を読む朝日新聞販売局長の言葉に、私のように新聞配達の経験もないまま学生時代に起業した半端者とは違う仕事に対する執念を感ずる一方で、骨と皮になってしまった姿に心が凍りました。
 
 「もう、仕事なんかやっておられないなぁ…」
 「どうしたの?」
 「ガンになったら半年後の命は無いんだぞッ」
 
 帰宅直後に家内と交わした言葉ですが、どうせ治らないなら、ガンと闘って骨と皮の姿になるよりも、このままの姿で死にたいと思うとともに、一年先の予定を語ったところで何ともならない無力感を味わうとともに、胃の痛む一日ともなりました。
 
                                  3月23日の一言

風邪の家内を夜間診療所へ付き添い

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平日夜間も診察している海部地区急病診療所です
 
 「身体がだるーい」
 「おい、インフルエンザじゃないか?」
 「大丈夫だわァ」
 「大丈夫じゃないだろう!!
 
 本日も市役所と中央公民館の現地監査が終わって帰宅すると、マスクをした家内がコタツに入っており、インフルエンザに感染すると議会にも出席できないと市役所で雑談していたことからびっくりです。
 
 「熱はあるのか?」
 「7度4分かな」
 「病院へ行ってこい!!
 「もう、何処もやってないわ」
 「それが、夜11時までやっているんだなァ」
 
 私の住む津島市内には、津島市の医師会が運営する津島地区休日診療所と、海部医師会が運営する海部地区急病診療所も存在し、海部地区急病診療所については、津島地区と同じく日曜・休日の診療だけでなく、平日夜間の8時30分から深夜11時まで診療が行なわれており、この事はあまり津島市民に知られておりません。
 
 数日前に、我家が檀家となっているお寺の本堂で、一年に一度と決められた私個人の市政報告会があり、何か市民に安心できる材料はないかと、月曜日も開館して年中無休状態の図書館とともに、平日夜間に診療する海部医師会の急病診療所を紹介しており、家内に上から目線で話しました。
 
 「だから、早く行ってこい!!  」
 「行ってこい、行ってこいじゃなく、乗せてってあげようとは思わないの!!  」
 「うッ … 」
 
 考えて見ると、子供が小さい頃から、誰かが病気になると家内が車で連れて行き、私は家内を病院に連れて行った経験は皆無で、風邪をひいて熱があり、動くのも辛いと言っている家内に「行ってこい」と怒鳴っている私は、いかに思いやりのない人間か…
 
 「薬が一日分しかもらえなかった」
 「当り前だろう」
 「3日分くらいくれないと治らないじゃない」
 「急病の時のための診療所だから」
 
 休日診療所や、海部地区の急病診療所は、病院の外来や民間開業医が診療していない時間帯をカバーする貴重な施設で、診察と一日分の薬がもらえれば、翌日改めてかかりつけ医に走れば済む事ですが…
 
 実は、私は注射や医者は大嫌いですが、私の身体はすべてお任せできるかかりつけ医が存在しており、反面では注射や医者が嫌いでもなんでもない家内が、特定のかかりつけ医をもっておらず、私は風邪の予感がすれば予防がわりに市販薬を買ってくるのに反して、家内はめったに薬も服用しません。
 
 津島市には多くの個人開業医が存在し、面積の小さな市内に10分以内で到着できる2ヶ所の休日診療所が存在しており、休日や夜間の急病時には弥富市にある厚生連の運営する大きな海南病院が存在しているため、医療環境は本当に恵まれているものの、その恵まれた環境があまりにも理解されておりません。
 
 さて、幸いにも家内はインフルエンザの診断ではなく、熱が下がらなければ明日以降に診察を受けるよう指導されてきましたが、周りに風邪の人が多いため、来週から始まる市議会の日程や、家内が四国遍路の運転手役を依頼されていることから、家族全員が体調管理に気をつけていく必要がありそうです。
 
                                  2月19日の一言

がんの新治療法が年内にもとの報道に

 免疫の攻撃力を利用する「免疫療法」の一種で、効果が限定的だった従来の方法とは異なる新しいがんの治療法が、早ければ年内にも国内で始まると、本日付の朝日新聞に報道されています。
  
がん新治療法、国内で年内にも 免疫の攻撃力いかす
記事の続き…
 国内の臨床試験(治験)では、患者35人の半数が5カ月半以上、がんが進行しなかったという。一方、免疫反応が過剰になり、2割の患者に肝炎などの重い副作用が出た。
 従来の免疫療法は、クリニックなどで全額自己負担で実施されている場合もある。効果は科学的に証明されておらず、国内で承認された医薬品はない。今回認められれば、公的医療保険が使える国内初の免疫療法となる見込み。
 小野薬品は今後、肺や腎臓、肝臓、胃、血液など多種類のがんに広げることを計画している。米国で予備的な治験を実施。治療法のない肺がん患者76人の18%、腎臓がん患者33人の27%にがん縮小効果があったとされる。通常の抗がん剤は、同様の患者での縮小効果は1割以下が多い。
 新しい免疫療法は、開発競争が激しい。海外では皮膚がんで別の薬が承認されている。
 治療法のカギとなるたんぱく質を発見した本庶佑(ほんじょたすく)・京都大名誉教授は「がん治療を大きく変革させるかもしれない。なぜ効かない人がいるのかなど不明な点も多い。分析を続ける必要がある」と話す。
 
 申請されたのは、既存の治療法で効果がなくなった皮膚がん患者が対象と、限られたがんの治療法ですが、山中教授のiPS細胞や、先月末には理化学研究所チームによる新万能細胞「STAP細胞」作製成功のニュースが流れ、がん治癒が現実となりつつあることを実感させられます。
 
天然植物活力液
 
 添付したHB-101については、植物の活力剤ではありますが、かつて人間のガンや内臓疾患に効果があった事例を本にまとめて発行されていたことがあり、私の母親がコーヒーやお茶に2~3滴入れて飲むようになったところ、白髪の一部が黒くなったことがあり、人間にも効果があることは確実で、15年前に救急車で運ばれた母親がその後元気でいるのもHB-101のおかげかもしれません。
 
 原料は杉・桧・松・オオバコから抽出した天然の植物活力液で、本来は野菜や果物とか花など植物を元気にする製品ですが、原材料以外は何も使わず、化学処理もされておらず、「人間にも動物にも地球にもやさしく安全無害です」と商品には書かれているとおり、人畜無害の商品で、何よりも安いことが魅力です。
 
 元々は母親が薬局で勧められて飲むようになったのですが、薬事法の関係で病気に対する効果をまとめた本も発行されなくなり、薬局も人間への効果は言わなくなったものの、今でも金魚や犬や猫など「ペットに効果があるなら人間でも」と使用した体験談がネットにも発信されています。
 
肺がんにのコントロール法  http://ganblog.com/
 
 さて、私の父親は50代半ばで膀胱ガンとなり、ガンの治療により転移はありませんでしたが、64歳の時に胃がんが肝臓に転移した末期ガンと診断され、余命一ヶ月といわれ半年後に亡くなりました。
 
 当時、「助からない」と判っていても、周りの人々に勧められるままに、ガンが治ると週刊誌に紹介された富山県の霊水を汲みに走り、高額な冬虫夏草を東北から買い求める反面、「野菜スープでガンが治る」と聞き試したり、ヒトツ葉とアズキを煎じて飲むとガンに効くなど、言われるままにすがったものの何も効果はありませんでした。
 
 ガンに対する健康食品や、病院以外の治療方法がネット上でも多く見られますが、本当に効果があるかどうかは判らず、末期ガンになってから藁をも掴む心境で飛びつく人も多いものの、私も確実に父親のガン年齢となっているため、ガンの新治療法に期待するとともに、ガンにならないために真剣に考えたいと思う一日となりました。
 
                                 2月17日の一言

たかじんサン64歳の死去について

 歌手のやしきたかじん(本名家鋪隆仁〈やしき・たかじん〉)さんが、1月3日に亡くなり、葬儀は故人の強い意志によって近親者のみの密葬にて済ませていたことが7日判り、新聞やテレビなどから大々的に報じられてきました。
 
 64歳の年齢を知り、4歳の差しかない現実と、62歳で亡くなっている鶴田浩二さんや弘法大師の享年が、我が身に迫る危険信号のようにも思えてきます。
 
やしきたかじんさん死去 64歳、歌手・テレビ司会
 
 タレントや芸能人の訃報については、直後の通夜や葬儀において、生前の故人との関係を語るのが定番となっていますが、毒舌で知られたたかじんサンが大阪府の橋下市長の政界入りに大きく影響し、タレントやキャスターなど幅広い人々に影響する人物だったと知り、あまりにも早い訃報が残念に思われます。
 
 『2012年1月、初期の食道がんを理由に芸能活動を休止。手術後の13年3月に復帰したが、5月に再び体調を崩し、長期休養に入っていた』との報道に、がんの早期発見とともに、がんの完治が叫ばれる中での現実に身が凍りつきます。
 
食道がんの検査方法とは
 
 添付したネット情報では、「レントゲン検査と内視鏡検査が中心とあり、レントゲン検査は、バリウムを飲んで食道に流し、がんの大きさなどを調べることができる造影検査です」とあり、自分自身も胃がん検診の際に、バリウムで食道もついでに検査されていることを自覚させられますが、「バリウムの食道造影検査では、がんができてから間もない早期病変の診断は困難です」との専門医の声を聞くと、食道がんの早期発見は難しいと思われます。
 
食道癌 の予後改善のために
 
 一方で、「早期発見が困難ながんで、有効な治療法が少ない状態が続いています」との専門医の意見を読むと、たかじんサンの「初期の食道がんを理由に芸能活動を休止」は正確な情報だったのか知りたいとともに、故人のプライバシーはあるものの、治療の経過についても知らせて欲しいものです。
 
 さて、我が身について考える時、私自身は注射そのものが嫌いで、内視鏡検査についても過去に呼吸困難に陥っていることや、喉の傷で約1ヵ月間も痛みに耐えたことを考えると、バリウムの食道造影検査しかできず、それでは早期発見ができないとなるとPET検査が必要になってきます。

 PET検査(陽電子放射断層撮影検査)
体内にあるがん細胞をみつけるための検査です。悪性のがん細胞は正常の細胞よりも活発で、グルコース(糖)をより多く吸収します。PET検査では、少量の放射性グルコースを静脈内に注射し、その取り込みの分布を撮影して悪性がん細胞を検出します。糖の取り込みが多い部位は強く染まることで全身の転移の有無を検索し、食道がんの病期決定に役立てます。特にCT検査による判断が困難な転移の評価に有用な場合があります。
 
 還暦を迎え、複数の同級生が定年退職を迎えており、自分自身の幕引きも考えるようになっていますが、昨日一緒に珈琲を飲んだ同級生が、年末から腰痛に悩まされ、整形外科医の診察を受けたところ、腰部分の骨の変形と骨化した骨のトゲが神経に触れており、手術も難しいとの診断を受けたと聞きました。
 
 本日訪問を受けた知人に話したところ、手術をしないと痛み止めの注射の効果もなくなるとの話で、「寝たきり」覚悟の厳しい現実と対座していく現実に、健康で平均寿命まで生きぬく厳しさを実感させられます。
 
                                    1月8日の一言 

ヘソクリが定期預金に化けてしまい

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 本日は津島市議会で文教経済委員会が開催され、夜7時11分まで審議が続くロングランの委員会となりました。委員会で議案を説明する課長や部長の中には、今月で定年退職を迎える職員も存在し、私と同年の職員はあと1年先の退職になるものの、民間に勤める同級生の中には来月4月に60歳の定年を迎える人物もあり、これからの一年間は目まぐるしい一年間になりそうです。
 
 添付した写真は、本日届けられた定期預金の証書で、日頃から大嫌いと発言している農協のJAバンクの証書のため「何故」と言われそうですが、貯金を勧められたのは大学時代に我家でアルバイトを続けていた農協職員で、現在は部長職にあると聞いて嬉しさから必死にかき集めた定期預金でもあります。
 
 私は昭和52年に朝日新聞販売店を起業しましたが、私が当時現役の大学生であったことから、若い学生アルバイトが多く集まり、連日のモーニングコーヒーだけでなく、夜や休日には車や単車を繰り出して遊んでいた関係は、雇用主と使用人の関係ではなく、一緒に働いて遊んだ仲間のような関係だったと思っています。
 
 年齢の経過とともに、PTAなど公的な役職をもらい、働く人々も女性が主体となりましたが、起業してから数年の間に働いていた学生が、社会に出て各方面で活躍しており、時々再会して懐かしい昔話に花を咲かせられるのは最高のひと時でもあります。
 
 もっとも、この定期預金のためにかき集めたお金の出所は、家内に内緒にしてある預金通帳からではなく、本当に「ヘソクリ」のようにして隠してあった現金であった事から、家族にもその存在を知らしめてしまい、自分の使える貴重な資金を失ってしまった事にもなります。
 
京都・祇園暴走事故、運転手の雇い主を書類送検
 
 昨年4月に、京都・祇園の繁華街でてんかん患者の運転する軽自動車によって、通行人19人がはねられ死傷した事故で、京都府警は運転者を雇用していた女性経営者を業務上過失致死傷容疑で書類送検し発表したことが報じられている。
 
 実は、私もかつて「てんかん」の持病を持つ高校の後輩で、大学では先輩となった知人が仕事に就けず困っていたため、「てんかん」の持病があるとは知らずに雇用したことがありました。
 
 雇用してからしばらくして、彼に与えていた車が田んぼに飛び込む事故が起こり、その後も危険な運転が続く事から心配していましたが、仕事の最中に度々パチンコをしていた事が発覚し、怒り心頭で注意していると、私の前で突然倒れて全身を痙攣させました。
 
 「てんかん」であると感じたものの、本人は必死に否定し、高校時代から知っているだけに解雇もできないものの、安心して仕事にも出せない状況となり、病院に行くよう勧めると、「てんかん」では無いものの既に病院に行っていることを話しました。
 
 私が雇用するまで求職期間が長かったことから、私は「てんかん」と確信したものの、病院に行って医師から薬を処方されており、精神的に追い込まなければ仕事もこなせるため、辛抱して使っていましたが、危険なため単車にも乗せられず、車による集金や営業だけでの使用には限界がありました。
 
 こんな怖い関係が続きましたが、とても高校時代や大学時代とは人が変わって幼稚になっており、言われた事しか仕事ができず、遊び好きのため気を許すとパチンコに通い、負の連鎖のような腐れ縁で雇用していました。
 
 こんな関係も、貸し与えていた車の床が抜ける事故があり、関係者に聞くと普通の運転では起こらない故障のため、乱暴な運転が原因と指摘され、彼を問い詰めているとやはり病気が原因としか思えず、「子供の仕事じゃないぞッ」と発した私の言葉に腹を立てて自分から辞めていきました。
 
 高校の後輩であり、悲しい別離でもありましたが、その後に病状は悪化の一途をたどり、度々倒れて骨折して入院をしたり、行政の保護と介護を必要とするようになり、最後に連絡があった時は市外の福祉施設に入所していました。
 
 報道された京都の事例は詳しい事が判りませんが、病気を隠しておれば雇用主にも判らず、仮に判ったとしても「即解雇」とは言いにくく、本人も症状が安定しておれば「てんかん」とは言う必要もないことから、症状が悪化するまで放置される例が多いのではないかと推測されます。
 
 懐かしい雇用関連から長文と化してしまいました。
                                 3月12日の一言

ピロリ菌の除菌に保険適用が拡大へ

 本日の午前中にロシア・ウラル地方で、巨大隕石の落下による火の玉と飛行機雲のような白い軌跡を撮影したテレビ映像が世界に発信されました。
 
 ロシア科学アカデミーは「数メートルの大きさで、重さ約10トン、秒速15~20キロで大気圏に突入した」と発表しているが、隕石は湖に落下して直接の落下被害はなかったものの、500人以上が負傷し、約300の建物が被害を受けた被害の甚大さにはびっくりとさせられます。
 
突然、火の玉が 衝撃で吹き飛ぶ扉、転ぶ人 ロシア隕石
記事の続き…
 ノーボスチ通信によると、州都チェリャビンスク市の屋内スケート場でスケートを楽しんでいた多数の子供が、衝撃で一斉に転んだ。目撃したアレクサンドラ・マルテンツさんは「屋根を支えるはりが揺れ、壁の一部が崩れた。みんなスケートを履いたまま出口に殺到した」と話した。
 落下地点の近くに住む男性はラジオ局の取材に「家にいたら、突然、部屋全体が光でいっぱいになり、一瞬で消えた。その直後にすごい音が聞こえた」。子供と公園を散歩していた母親は「隕石が真上を通り過ぎた時、衝撃波で転んでしまった。泣きじゃくる子供を抱えて、近くの建物に駆け込んだ」と証言した。
 地元薬局には、けがの治療のための包帯や、精神的ストレスを和らげるための鎮静剤などを買い求める住民が殺到しているという。
 インタファクス通信が地元住民から得た情報によると、チェリャビンスク市から約40キロ離れたコルキノ市では、爆発直後から大勢の市民が車で街から避難を始めているという。
 チェリャビンスク州知事は、州政府のすべての医療、治安、消防機関の職員が職場に出ることを求めた。ロシア緊急事態省は、多数の住民が負傷しているため、同州に救急隊員約2万人を派遣。内務省は治安維持のために1万人近くの警官を動員したという。
 
ロシア・ウラル地方で隕石爆発 衝撃波で500人超けが
 
 地球に近づく惑星や衛星については、アメリカ航空宇宙局や各国が監視を続けており、地球と衝突の危険性についても警告しているが、今回のように数メートルの隕石でも甚大な被害を及ぼすことから、何ともならない自然環境と同じく人間の無力感を実感させられました。
 
 グアム島で無差別殺人事件が起こり、3人の日本人も被害者となって命を奪われているが、一瞬にして抵抗することなく命を落とす人々や、自然災害によって大量に奪われる命を考えると何事もなく人生をまっとうできること自体が幸せですね。
 
 昨日所用で訪れた診療所で、胃がんに影響があるといわれるピロリ菌の検査を依頼したところ、保険適用ができないため高額になると言われ、調べてもらうと8千円の料金が必要と判りました。
 
 医師の話では、胃潰瘍とか胃の異常がなければ保険は適用とならず、ピロリ菌が発見されれば保険が適用されるとの説明でしたが、昨日訪れた市民病院職員の話では、保険は適用にならないと判明しました。
 
 幸いと言えるかどうかは判りませんが、私は胃がんのバリウム検査の際に、胃の部位に必ずチェックが入る箇所があり、かかりつけ医以外では必ず再検査となる事から、かかりつけ医であれば保険が適用になる可能性もあります。
 
 帰宅後にピロリ菌の顛末を話していると、母親が朝日新聞の「天声人語」に、ピロリ菌の使用に公的保険が適用される見通しの記事があったと話し、検索すると下に添付した大きな記事が存在しました。何事にもアンテナをはりめぐらせないと損をする一例かもしれません。
 
 隕石の落下や、津波などの自然災害を考えると無駄な抵抗のように思われますが、良いと判っていることは実践して、胃がんの発症を抑えたいもので、医療面に対する安部政権の即断即決にも期待したいものです。
 
                                   2月15日の一言
 
胃がん予防、大きな前進 ピロリ菌、胃炎での除菌も保険適用へ
記事の続き…
 がんのなかでも日本人に最も多い胃がんの患者は、約21万人とされ、年間約5万人が亡くなる。胃がんは、がんの死因では2位だ。川崎医科大学(岡山県倉敷市)消化器センター長の春間賢教授は「例えば高校を卒業した時に、ピロリ菌の感染検査と除菌治療をする。こんな方法で除菌が広がれば、胃がんの数は激減するはずだ」と話す。
 春間教授によると、「日本人で胃がんの人はほとんどピロリ菌に感染している」という。「29歳以下の感染率は約30%と低いが、その世代で胃がんになった人の9割以上に感染がある」
 ピロリ菌と胃がんの関係は長年研究されてきた。2001年に発表された日本人を対象とした調査では、約1万5千人でピロリ菌感染の有無を調べ、10年間追跡した。その結果、感染していた人の3%が胃がんになり、感染していなかった人では1人もいなかった。
 08年には、「除菌をすれば胃がんの発生が3分の1になる」と発表された。日本ヘリコバクター学会は09年、胃がん予防のために除菌を勧める指針を出した。
 ピロリ菌は世界中に存在する細菌だ。50代以上の日本人では特に感染率が高く、80%程度という。
 多くの人は5歳までの子どもの頃に井戸水や便、感染者からピロリ菌に感染。ピロリ菌が、胃の粘膜に定着すると胃炎になる。この状態から長い年月をかけて一部が胃潰瘍や胃がんに変化すると考えられている。「ただし、ピロリ菌だけでなく、たばこや、塩分などの食生活が胃がんのリスクを高めます」と春間教授。
 感染経路は特定できない場合が多い。子どもは、ピロリ菌を持った親から感染するケースもある。春間教授は「中高年はもちろん、胃がんになった場合に進行が速い若い人も、一度は検査をしてほしい」と呼びかけている。
 ◆抗生物質飲み、しっかり治療
 ピロリ菌の除菌治療はこれまで、胃・十二指腸潰瘍や早期胃がんの治療後など、4種類の疾患で保険適用されていた。ピロリ菌がいても、そうした病気がない場合の除菌は自費診療となり数万円必要だった。だが近く、胃のもたれや不快感といった症状の「慢性胃炎」と診断されれば、保険で受けられるようになる。
 実際の除菌治療では、「アモキシシリン」「クラリスロマイシン」の2種類の抗生物質と、胃酸を抑える薬剤を1日2回、7日間飲む。4週間以上あとに、除菌できたかどうかを検査する=イラスト。
 東海大学医学部の古賀泰裕教授によると、「最初の治療で除菌できるのは70%程度」という。
 除菌が失敗するのは、患者が下痢や腹痛などの副作用で、きちんと薬を飲まないケース。また、クラリスロマイシンに耐性を持つピロリ菌がいるためだ。最近は成功率が下がる傾向があり、耐性菌が増えているのでは、という指摘がある。
 除菌が失敗した場合、薬の種類を変えて再び除菌療法を行う。
 古賀教授によると、除菌の成功率を高めるには「薬を飲む2~4週前にヨーグルトを食べる、という方法があります」という。
 特定の菌株のヨーグルトには、ピロリ菌の抑制効果があることが分かっている。同大の高木敦司教授らの研究で、除菌の3週間前からこのヨーグルトを1日180グラム食べると、除菌の成功率が12%程度高くなった。また、耐性菌を持つ患者でみると、約15%だった成功率が50%以上に。「このヨーグルトが耐性菌に対しても効果があるということを示しています」
 ピロリ除菌後に胃酸が増えて、胸焼けなどを起こす逆流性食道炎の症状が出る場合がある。「その際にもヨーグルトを食べることで症状が抑えられる効果も期待できる」と古賀教授は話す。(朴琴順)  

病院から日曜日時間外の調査結果が届き

 日曜日の夜に、私の母親が津島市民病院の時間外診療を受けられず、弥富市の海南病院で七時間を越す診察を受けた顛末は、当日から3日間にわたって詳細に事実と私の率直な気持ちを記しました。
 
 海南病院で七時間を越す検査と応急処置を施された診療だったことから、津島市民病院の「しばらく様子を見てください」と、電話口で断られた事実は、私の母親でなくとも誰であっても大問題であり、私はこの事実から「何故、電話口で断った」のか原因を調査するように担当者に伝えてありました。
 
 その調査結果が本日の夜にもたらされました。その内容は、私がこの一言に記したとおりでしたが、大きな違いは私の家族が津島市民病院の時間外診療を受けたいと望んで病状を説明しているのに対して、「診療しない」ことを前提に聞かれているとしか思えないことでした。病院側は「診察することを前提に病状を聞いた」と説明していましたが…
 
日曜日の再掲載です 赤字が本日の記載です
母親が外出先で体調不良になっており、夜になっても改善しないため、夜間診療をうけるため津島市民病院へ連絡したところ、様子をみてくれとの話で、途中から受話器から音楽が鳴り出し会話不能になったとの話です。
 午後8時30分
通話は約10分~15分くらいと思われる。 「しばらく様子を見てくれ」…「診察をしてくれ」…「現在の症状は」…「今はおちついている」…「様子を見て下さい」…「万が一があっては困るから」…こんな応答が続いた挙句に、母親の症状を聞いて電話で告げようとすると受話器から音楽が流れており話せません。「もしもし」を何度も繰り返して、無反応のため家内は電話を切りました。
病院側は、「電話が切れて、その後待機していたが連絡がなかった」との話でした。
              
家内と三男が直接母親を連れて病院へはしりましたが.....  午後9時
津島市民病院に連れて行けと指示しました。
            
途中で戻ってきた家内に叱られ、私も出動です。  午後10時30分
母親の薬情報が必要になっての出動です。
            
しかし、真っ暗な病院内を探しても家族の姿はありません。
津島市民病院にはガードマンが1人、通路のソファーに毛布を被った患者と付き添いが1人ずつ、診察室の明かりはついていたものの人の気配は無し。
            
母親は市民病院ではなく、弥富市の海南病院の夜間診療を受診していました。
家族は津島市民病院の前まで行ったようですが、「行っても診てもらえないかも…」と、素通りして海南病院に走っていったようです。
 病院側は、診察するにあたって病状を聞いていたと言いますが、「様子を見て下さい」の返答に、およそ10分以上にわたって受診するために家内は病状を説明しており、最後に保留中の音楽が流れたことは「何かの間違いだった」としても、説明とは違って診察を断る前提で聞かれていたとしか思えません。
 
 結果的には当日の当直は脳外科医が担当しており、救急患者もいなかったことから、市民病院に連れて行ってもその場で診察されたと思われますが、そうであれば電話口で「しばらく自宅で様子を見てくれ」とは言わず、「診察するにあたって…」として母親の症状を聞くべきだったのではないでしょうか。
 
 火曜日の一言に、「津島死人病院の悪いウワサを実感し」と記したことに、一般市民ならいざ知らず、議員としての立場で記されたことが悲しいし、影響力を考えて欲しいとの話でしたが、過去に何度となく救急患者や時間外診療を断った事例の改善を議会で求めており、私の家族だけでも3回目の事例だけに、議員として本音の怒りで記してありました。
 
 病院側の立場で調査した担当者と、患者の家族として私の本音を聞いた担当者は板挟みでしょうが、何を弁解しても時間外診療のために帰宅していた医師まで呼び出して母親を診察した海南病院との差は歴然です。
 
 もっとも、私は3日間にわたって書きたいだけ批判しており、当日の電話対応の調査と、今後の改善が図られれば良しと考え、市民病院については書き続ける気持ちはなく、昨日からは話題を変えましたが、本日訪れた担当者は高校時代からの友人であり、「診療拒否は誤解」との説明は納得できませんが、「津島死人病院は心外だ」との意見には同情するものがあり、火曜日の題目を市民病院に変更するために本日も書き記した次第です。
 
 結果論として、市民病院が弁解しても診る気のない電話応対だった事は明らかですし、そんな病院で診てもらうよりも、夜間に呼び出された海南病院の内科医師が、自ら母親の今後の診療を引き受けられ、医療レベルの高い病院に通院できるようになったことを「運が良かった」と思っています。
 多くの方々から心配する電話をもらいましたが、母親の肺炎は改善に向かっており、本日の検査では膵臓と肝臓の検査が引き続き必要なものの、万が一と思った日曜日の危機感は回避できたように思われます。
 
                                 2月14日の一言

津島市民病院の悪いウワサを実感し…

 本日は市役所で議会運営委員会が開催され、国の制度改正に伴って、津島市議会の政務調査費の内容についての審議が展開されました。
 
 日曜日の夜に母親を海南病院に連れて行ったことについて、昨日までにこの一言に記した内容から、思いもよらぬ人々から容体を聞かれたり、津島市民病院に対する我家同様の不満も届けられてびっくりともさせられています。
 
 ただし、市民病院に対する考え方に大きな違いがあり、私自身は津島市の市議会議員をしていても、市民病院に世話になりたいとは考えてもおらず、交通事故や急病で仕方が無い場合には世話になるものの、日常生活においては彦坂外科の院長がかかりつけ医として存在し、手術を要する重篤な場合にも利用したいとは考えておりません。
 
 何でも市民病院とは考えておらないものの、赤字を垂れ流す津島市の市民病院については、なんともならない交通事故や、生命に関わる突然の救命に役立たなければ、存在しなくとも良い位に考えて、市税の投入にも理解を示しているだけに、今回の母親のように、受診拒否とは言わせないように、時間外の患者を受け付けない電話対応をした担当者には名前を調べて公表したいような怒りを覚えています。
 
 一方において、夜間であるにも関わらず、担当となっていなかった内科医を電話で呼び寄せて対応した弥富市の海南病院には感謝の一言で、夜間に呼び出された医師が、原因を解明するために4日後の自分の外来を受診するように手配してくれた熱意は感謝だけではすまない恩を感じています。
 
 今回のいきさつを再度説明しますが、夜間診療の案内をしてくれた医療センターから津島市民病院を指名され、家内が市民病院に事前連絡をしたところ、母親の症状を聞かれた挙句に、「しばらく様子を見てくれ」と断られ、何とか診察を受けたいため詳細に伝えて、母親に様子を聞いている間に、受話器には保留中の音楽が流れ続け、問い掛けても音楽が流れ続けて応答できない事から、知り合いの医療関係者に問い合わせ、病院に行く必要があると言われたことから、三男が母親と家内を乗せて搬送しました。
 
 ちなみに、私はそれでも市民病院に連れていったと思っており、後発で市民病院に走ったところ、受付にガードマンが座っていたものの、時間外診療は誰もおらず、待合室のベンチに横たわる女性と付き添いが1人いただけでした。(海南病院は常時20人くらいの患者が待合室を埋め尽くし、朝まで患者が続きました)
 
 あれだけ頼んでも診察しようともしなかった市民病院に連れて行って、「医師がいない」と言われても困るため、家族は海南病院に走ったと後に判りましたが、海南病院が7時間を超えた検査や応急処置をし、なおかつ4日後の再診まで手配した母親は、心配された脳卒中は(診察時は)異常なかったものの、肝臓と膵臓の数値は極めて悪く、軽いものの肺炎も併発していたことから、万が一の危険もあったと推測されます。
 
 「誰のために診察しているの」の一言は、あまりにも長い処置に悪いと思った母親が、「もう良いから帰して下さい」と言った一言に対する医師の言葉で、頭のCTから内臓の超音波やCT、肺のCTで肺炎が見つかってからは、痰から細菌の検査をして薬を処方するなど、万が一の危険を避けるための対応と、その都度家族に説明をしながら7時間を超える診察は日中の診察よりも真剣に思えました。
 
 海南病院が7時間以上もかけた診察を、津島市民病院は電話対応だけで、「しばらく様子を見てください」と事実上の受診拒否した対応は、市民から津島死人病院と揶揄されても否定できない、誠意どころか氷のように冷たい仕打ちとか思えません。本当に自宅で様子を見ていて大丈夫だったのか。
 
 議員や議員の家族が特別扱いされたいとは考えてもおりませんが、緊急時の不安な市民の心情を無視するような対応は許しがたく、こんな病院を頼らざるを得ない寂しさを実感するとともに、こんな高飛車で不誠実な公立病院は徹底的に糾弾していく必要性を実感させられます。
 
                                     2月12日の一言

病気は明日からの生活を真っ暗にします

 本日は昨晩から母親を連れていった弥富市の海南病院の救急外来から帰ったのが7時過ぎになり、一時間後に仮眠をとっている私の枕元で携帯電話が鳴り響き、寝ぼけたように応対すると、薬局まで乗せて行って欲しいとの福祉有償運送の依頼で、一瞬メンバーの顔が浮かんだものの、連休の早朝ゆえに眠ったままの身体で着替えて車を走らせました。
 
 依頼者は、身体の痛みが心配で、次回の通院までに品切れとなってしまった鎮痛剤の「ロキソニン」を買いたいとの希望で、訪れた薬局に薬剤師が不在のため、他の薬局を探して買い求めて送迎は終了したものの、身体は夢遊病者のような状態です。
 
 さて、昨日に訪れた横井庄一記念館では、今年が横井さんが亡くなって17回忌の年にあたるため、5月に法要を行なうことと、夫人が今年には85才になることから、「そろそろ、記念館の後々のことを考えて…」と、記念館の継承の話に発展していきました。
 
 「自分(私)が死んでからも、30年位は記念館が続いて欲しい」と話したことはありましたが、無料で開館している記念館の維持のためにも、建物や土地の税金やら、庭の剪定や建物の修理費などを考えると、夫人の存在なくしては考えられません。
 
 しかし、夫人の年齢を考えると記念館の将来について、NPO法人化などによって永続的に続ける仕組みを考えるのは急務で、「あなたなら親戚の誰もが納得する」と言われても、我家ですら私の後継が決まっていない現状から、今年は具体的な話し合いが必要になりそうです。
 
ローマ法王、28日に退位「職務継続が難しくなった」
記事の続き…
 新法王は従来通り選挙(コンクラーベ)で選ばれる。法王退位後すみやかに、バチカン市国のシスティーナ礼拝堂で、世界から集まる80歳未満の枢機卿による秘密投票によって行われるとみられる。
 ベネディクト16世は高齢による体力の衰えが目立ち、ミサの際の移動に台車を使うことも目立っていた。84歳で亡くなった前法王ヨハネ・パウロ2世がパーキンソン病などで衰え、言葉も発せない状態で晩年を迎えたのを側近として支えた経験がある。
 ただ、ベネディクト16世の医師団は11日、ANSA通信に対して「(法王は)リウマチと慢性心房細動を患っている」ものの、現時点では職務遂行には問題ない状態だ、と語ったという。
 本名ヨーゼフ・ラツィンガー。1927年4月16日、オーストリアとの国境に近いドイツ南部バイエルン州マルクトル村で生まれた。ナチスの青少年組織「ヒトラー・ユーゲント」に義務的に入っていた時期がある。第2次世界大戦末期は対空砲発射台の補助部隊員で、米軍の戦争捕虜として終戦を迎えた。
 ミュンヘン大などで哲学や神学を学び、51年に司祭になった。62~65年の第2バチカン公会議では若い神学顧問として注目された。独レーゲンスブルク大の副学長から77年には枢機卿に。81年に前法王の故ヨハネ・パウロ2世からバチカン教理省長官に任命され、前法王死去まで務めた。05年4月のコンクラーベで新法王に選ばれた。
 教義に関しては、事実婚や中絶、未婚者の性交、神父の妻帯を認めないなど、前法王時代からのきわめて保守的な姿勢を保った。
 外国訪問では平和と和解の路線を継承。06年5月のポーランド訪問では、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所跡を訪れてホロコースト(ユダヤ人虐殺)の犠牲者への祈りを捧げ、「ドイツ人として、ここに来ることは義務だ」と述べた。
 06年11月に訪れたトルコでは、前法王に次いで歴代2人目のモスクを訪問した法王となった。しかし、イスラム圏とは摩擦が目立った。トルコ訪問の2カ月前に独大学で行った神学講義でのイスラム教に関する引用では、イスラム諸国から強い反発を招いた。
 また11年1月には、エジプト国内のキリスト教の一派、コプト教徒へのテロを厳しく批判。中東域内のキリスト教徒の安全を懸念したところ、エジプトのイスラム教スンニ派最高権威アズハルのトップが「内政干渉」と反発、エジプト政府が駐バチカン大使を召還する事態に至った。
 
 偶然ですが横井夫人と同じ「85才」のローマ法王が、高齢のため体調維持が難しいとして退位する報道があり、昨晩救急外来に連れて行った私の母親は4才若いことを考えると、昨晩の半日がかりの検査と処置にぴ゛っくりした現実が重なりました。
 
「千鳥」のノブさん、頭痛訴え入院
 
 本日の報道では、わずか33才のタレント「ノブさん」が頭痛を訴えて入院したとの記事がありましたが、昨晩は母親の検査が済む度に医師の説明があり、原因が判らないため14日に再診する事となりましたが、「もしかしたら…」と心配する検査と処置が7時間もかけて深夜に行われました。
 
 「万が一」を考えて深夜に検査が続けられだけでなく、肝機能と膵臓の数値が悪い事から、消化器科の医師まで連絡して呼び寄せるなど、海南病院の対応には感謝の一言しかありませんが、私の住む津島市民病院の時間外診療は最悪で、電話で断っているため患者も1人しかいませんでしたが、医療センターから市民病院を指定されて連絡しているのに、診察もせずに「しばらく様子を見て下さい」と告げて、家内が母親の様子を聞いているうちに、受話器には保留中の音楽が流れつづけ、結果的に応答拒否となった事は許す事のできない怠慢です。
 
 このことは、また明日に…
                                     2月11日の一言 
追伸
母親は脳卒中の検査は異常なかったものの、肝臓と膵臓の数値が悪いため、再診することになっていますが、肺炎も併発していることが判り、肺炎の細菌も検査して処方されたため、半月ほど続いていた微熱は改善されたようです。

母親を夜間診療へ

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本日は久々に横井庄一記念館におりましたが、外出していた母親が外出先で体調不良になっており、夜になっても改善しないため、夜間診療をうけるため津島市民病院へ連絡したところ、様子をみてくれとの話で、途中から受話器から音楽が鳴り出し会話不能になったとの話です。  午後8時30分
              
家内と三男が直接母親を連れて病院へはしりましたが.....  午後9時
            
途中で戻ってきた家内に叱られ、私も出動です。  午後10時30分
            
しかし、真っ暗な病院内を探しても家族の姿はありません。
            
母親は市民病院ではなく、弥富市の海南病院の夜間診療を受診していました。

情けない情けない話です。

市民病院て診てもらえず遠くの弥富市で待っていると、津島市民の姿もあり、議員としても恥ずかしい気持ちでいっばいとなりました。
 
追伸
海南病院を出たのは午前6時30分。夜10時から午前5時30分まで、検査と診察は7時間を越し、帰宅は7時を廻っていました。

便利な物から久々の痛みを実感し

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 最近の購入した指先の開いたゴム付き手袋ですが、手の平のゴムのイボイボが滑り止めとなり、指先が開いているため機能的には大変便利に着用していましたが、本日はこの手袋によって大変痛い思いをしました。
 
 最近は、添付したステンレスボトルに湯を入れて携帯していますが、ストーブに置いてあったヤカンからボトルに湯を入れようとしたら、沸騰していた湯が勢いよく噴き出し、私の手にも熱湯が溢れてこぼれました。
 
 痛いのはこの後です…
 
 右手にヤカンを持ち、左手に持ったボトルを置くことも捨てることもできず、手袋をしていることから熱湯がついたままで、簡単に手袋を外すこともできずに、久しぶりにヤケドの痛みを実感することになりました。
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 左手の人差し指は熱湯によって完全に水ぶくれとなり、皮膚が破れてジンジンとした痛みが夜になっても続きます。
 
 子供の頃に、手袋の上から熱湯を浴びてヤケドで痛みが続くものの、手が冷えるため手袋は外せず、ヤケドの痛みに耐えつつ仲間と遊んでいた冬の記憶がよみがえりました。
 
 さて、昨日には記せませんでしたが、議会最終日に報告するための委員長報告書を、委員会を記録した議事録からパソコンのワードに打ち込んでいましたが、夕方に訪ねてこられた知人と近所の珈琲屋さんに出向き、帰宅後にパソコンを再起動させようとしたものの、誤って切ってしまいました。
 
 完成に近い長文は、パソコンの修復ファイルからも見当たらず、再度初めから打ち込み始めたものの、完成したのは本日の午前3時過ぎで、市役所へメールを送信したのは3時30分となっていました。
 
 本日は病院に通院する人を朝から送迎することになっており、午前中に市長と会派の3議員との懇談会も予定されており、郵便局への振込みや、書の表装を依頼されていた人に届けるなど、仕事が集中しており、夜にはNPO法人の理事会も開催されたことから、久しぶりに睡眠不足の一日が慌ただしく経過しました。
 
 明日は今年最後となる「阿息観」が地元のお寺で開催され、明後日には閉鎖されている釜トンネルを歩いて上高地へ訪れる予定をたてていますが、昨日から体感している寒波の襲来が気になる週末を迎えます。
 
                                   12月20日の一言 

てんかん患者の運転免許に罰則強化へ

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 添付したのは、今月21日の夜に私の事務所の窓の外にへばりついていた「ヤモリ」ですが、その後到来した低気圧による寒波により、この日以降は姿を見せておらず、今年はこのまま冬眠に入ることになりそうです。
 
 我家の「ヤモリ」は10年ほど前から目撃するようになり、春から夏にかけては夜限定ではありますが、連日事務所の窓にへばりつき、灯りに寄ってきた昆虫を食べているのでしょうが、来年まで見られないと考えると寂しさも覚えます。
 
 我家には数組の「ヤモリ」が生息しており、今年は台所にも現れて家族をびっくりさせたものの、「ヤモリ」は家にとって有難い存在と聞かされている事から、家の守り神として厳しい冬を生き抜いてもらいたいものです。
 
運転免許虚偽申告に罰則導入へ てんかん患者らの事故で 
記事の続き… 
 25日に有識者会議が国家公安委員長に提出した答申は、危険な病状にあることを自覚しながら、申告しないで免許を取ったり、更新したりした人への罰則を設けることを提言した。罰則の具体的な内容については今後、警察庁が検討する。
 一方、免許を取り消される人の負担も考慮し、3年以内に免許を再取得する際には、学科と技能試験を免除する制度を設けることを盛り込んだ。
 また、交通事故を起こす可能性が高い状態にありながら運転を続けている人がいた場合には、医師の判断で公安委員会に通報できると法律に明記することも求めた。通報が医師法の守秘義務に触れることを心配する医師が多いため、医師の免責を明確にするという。通報の範囲などを示すガイドラインも医師側が作るとしている。
 事故の遺族などからは、医師による通報の義務化を求める意見が強かったが、診療への影響を懸念する医師や患者団体からの慎重意見もあり、医師の任意の判断に委ねる方向だ。
 持病のある運転者の免許制度については、栃木県鹿沼市で昨年4月、クレーン車を運転していた男がてんかんの発作を起こして小学生6人をはねて死亡させた事故で問題化。その後も島根県や広島県でてんかん発作が原因の事故が相次ぎ、再発防止を求める遺族の要望を受けて警察庁が今年6月、有識者会議を設けて検討を進めていた。
 
 「てんかん」などで運転に支障がある病状にありながら故意に申告しなかった運転免許取得者に対し、罰則を設けるべきだとする提言が警察庁の有識者会議でまとまり、来年の通常国会に道路交通法改正案を提出する方針と報じられている。
 
 この問題について、罰則に強く反対する立場の知人が存在するものの、交通事故で被害者となった人や家族にとっては当然の判断と思われ、「てんかん」患者の多くが生活するためにてんかんを隠して就業してきたことにもメスを入れるべきで、正直に公表して堂々と生活できる社会を目指すべきでもあります。
 
 今から20年ほど前の話となりますが、私より1歳年下の高校時代の後輩が仕事が見つからずに困っており、肉体労働は出来ないとの話から、車を与えて営業や集金などの仕事で雇用した経験がありました。
 
 真面目と思っていた後輩は、身体が弱くて無理が利かず、仕事も半人前で我慢して使っていましたが、しばらくすると車を田んぼに落とす事故を起こし、この時は何事もなかったものの、その後度々車を傷つけて帰るので小言が続き、高校時代の後輩だけにクビにもできないままに2ヶ月程度が経過していきました。
 
 この頃から、精神的な異常も疑いましたが、ある時に事務所の前で突然痙攣を起こし、泡を吹いて床に大文字になって倒れてしまい、明らかに「てんかん」と思ったものの、本人が断固否定するため恐る恐る雇用を続けていました。
 
 こうなると何事も無く一日が過ぎるとホッとするようになり、厳しく注意すると倒れる事もあり、仕事どころではなくなりました。そして、最後は車を全損する事故で入院し、解雇する事無く自ら仕事を辞めていきました。
 
 この後輩は、その後病気が悪化して、仕事どころではなくなり、現在介護施設に入ったままで音信不通となっていますが、頑なに「てんかん」を隠して生活するために、周りの人々も理解しようがなく、結局は社会から邪魔者とされていきます。
 
 一方で、今回のような罰則強化によって、「てんかん」などの病気を隠す人が増えるとの指摘もあるが、前記したように隠す事で大変な事態も招く事から、「てんかん」でも公表して仕事を続けられるような社会の仕組みと理解も重要と思います。
 
                                    10月25日の一言

がんの新治療法が続々と

 昨日の一言は、夜11時59分に送信しており、自分では意識したのではなく偶然に1分前に「決定」ボタンを押した訳ですが、パソコンの不調から徹夜作業になるため、何も考える余裕のないままに朝を迎えました。
 
 それでも2時間ほど眠れましたが、無情にも目覚まし時計が鳴り響き、そのまま封筒に日曜日のセミナー広告を入れる作業にかかり、朝日新聞販売店分の折込広告を届けて、当日のパネラーとの打ち合わせに走り、帰宅して封筒入れを終えた午後に郵便局に走り、市役所に立ち寄り慌てて仕事を済ませてとりあえず帰宅です。
 
 その後に3月1日発行の同窓会報の広告スポンサーを廻りましたが、一年に一度の仕事とは言え頭を下げて廻るのは正直苦痛で、皆さんが気持ち良く応対していただけたのが救いですが、不況で毎年続けていただいた掲載を断られると我が身のように堪えます。
 
 明日も残されたスポンサーを廻り、セミナー当日の資料の印刷に取り掛かり、当日の進行役である事から、コメントを質問する内容を検討するなど済ませる仕事は多いものの、折込と郵便の手配が済んでいることからまな板の鯉状態です。
 
 ただし、来週は3月議会の議会運営委員会が開催され、再来週には本会議が開会する事から、自分の一般質問をまとめる作業が続き、月末には中学校区にある町内会総てに会報を届ける仕事をどうするのか? 時間が見当たりません…
 
 さて、最近の報道によれば、人類の課題となっている「がん」に対する新たな新薬や治療方法が次々と発表されており、しばらくすると「がん」に罹っても完治までは無理でも、長期の延命が図れそうに思います。
  
肺がんの原因遺伝子、新たに5種類 治療薬開発に期待 
  
 
 平成5年に私の父親が、肝臓の末期ガンで、「あと1ヶ月、早ければ半月」と宣告された事から、富山の水を汲みに走り、東北から高額な「冬虫夏草」の健康食品を入手したものの、期待した効果は何もありませんでした。
 
 ただし、この時に必死で集めた雑誌や情報が残り、父親が亡くなった後で「前立腺がん」で治療が何もできないと宣告された知人に届けた最新治療法のコピーが効果を発揮して、絶望と本人も半ば諦めていた命が救われ、その人は現在も元気で生活されています。
 
 この人は名古屋の名大病院に入院しており、打開策が見いだせない中で週末の外泊時に連絡があり、明日には病院に戻る深夜の電話でしたから、最新治療法のコピーを届けたいものの、その人は市外の立田村(現在の愛西市)の人で、私は家の場所が判らなかった事から、そのコピーを牛乳屋さんに頼んで届けてもらいました。
 
 「大鹿さん、有り難う…」と、数日後に連絡が入り、病院で最新治療法を医師に伝えたところ、「一度もやった経験は無いが、あんたがそんな治療法を知っているなら挑戦しようか」と、新たな治療法が始まったのでした。
 
 最近では年月が経過した事から、以前のように情報の蓄積はしておりませんが、最新情報を牛乳屋さんが届けて命が救われた話は、仲間内では有名な話となっており、私が朝日新聞販売店を廃業して13年が経過しましたが、毎年年末に発行されている「名医の最新治療(週刊朝日増刊)」を隣の蟹江町からわざわざ先輩店主が届けてくれます。
 
 人間は本当に困らないと真剣になりませんが、そろそろ自分の事として情報に敏感になりたいと思いながら、アサヒコムを読み続ける夜となりました。
 
                                2月15日の一言

生姜の効用について

 今年は我家を風邪が流行し、年末は孫から家族全体(次男以外)に蔓延し、今年に入っても家族が医者に走っていきますが、私の感染は程度が低く、年末の胃腸風邪も正露丸を1回飲んだら治まり、最近も風邪気味ですが、喉が痛いものの熱もなく風邪薬も必要がないくらいですが…
 
 喉の奥に痰がからみ、咳を続けていると背中が痛くなり、咳が止まらないと気持ちが悪くなり、咳が続くと呼吸もできない苦痛に襲われる夜になり、本日は福祉有償移送のボランティアもあり病人に風邪をうつしてはならないことから、温かい寝袋に入ってみましたが、喉は痛みが残り声もかすれてきます。
 
 偶然とは思いますが、本日の朝日新聞の広告欄に、生姜(ショウガ)を使った健康食品が複数載せられており、早速台所の生姜を擦ってハチミツと混ぜて飲み、賞味期限が2年ほど過ぎているものの、四国遍路で買ってきた黒糖生姜を食したところ喉には確実に効果がある事を実感させられました。
  
 
  -生姜が治す18の症状-
1.体を温める
2.免疫力を高める
3.発汗、去痰(タンを取り除く)
4.鎮咳(咳止め)
5.鎮痛、消炎(リウマチ、関節炎)
6.血液凝固抑制(血栓、脳梗塞、心筋梗塞、高血圧の予防改善)
7.解熱(アスピリンの80%程度の解熱効果がある)
8.強心作用
9.消化、吸収能力を高める
10.抗潰瘍作用(ピロリ菌、大腸菌、サルモネラ菌、黄色ブドウ球菌、などの殺菌)
11.鎮吐(船酔い、つわり)
12.抗菌、抗ウイルス、抗真菌、抗寄生虫
13.めまい
14.血中コレステロールの低下作用
15.生殖機能の改善(不妊症)
16.酸化防止作用(老化防止、万病予防)
17.脳の血流をよくして「うつ」に効く
18.解毒促作、体内浄化(発汗、排尿、排便を促して毒素を排泄し、体内を浄化する)
 
 このままでは四国の黒糖生姜の宣伝となってしまいますが、生姜が風邪に効果があることは昔より伝えられており、黒砂糖には、ミネラル(鉄分)が多く含まれ常食すると肌の色つやが良くなり、シミ等も取れてくるとありますから、近くのスーパーで生姜を購入し、血糖値を下げる黒砂糖を白砂糖のかわりに常用すると健康に効果があることは間違いがありません。
                                 1月12日の一言
追伸
本日は完成した一言を送信したものの、最初に送信した書き込み中の原稿より残されておらず、気力が失せた書き込みになりました。慌てているとロクなことがない見本のような一言となりました。

知らぬ事とは言え…反省です

 本日は午前9時より市議会の一般質問に先立って、今週日曜日に現役のまま病魔に倒れて亡くなった、市民病院事務局長に対する黙祷が行われましたが、痩せていく本人に何度も「精密検査」を進めていた事から残念でたまりません。
 
 亡くなってから膵臓ガンだったとの話を聞き、肝臓ガンや膵臓ガンに驚異的な治療を施す埼玉県の三浦病院の話をした事がある事から、何も知らずに語っていたとは言え、死の直前まで入院せず病院に勤めていた、本人の気持はどうだったかと思うと辛いものがあります。
 
 「おい、今度はスッポカシは無しにしてよッ」が、故人から私が直接聞いた最後の一言で、病院副院長との約束を忘れたままに時間が経過してしまった過去に対する皮肉で、冗談半分だったものの、冗談に思えない印象が残ったのは、この頃に病状はかなり悪化していたか、死を覚悟した生活を送っていたためか…
 
 同僚となる職員の話では、本人は自分の病状をほとんど語っておらず、上司ゆえに聞く事もできなかったようですが、本人が死を意識していたと思われる時期に、私は自分の検査や、お節介にもガンの話をしていた事を思うと、胃が痛くなってきます。
 
 葬儀が行われた時、私は中学校の卒業式で義母が救急車で運ばれたとの連絡を受け、稲沢市(旧祖父江町)の病院に急いでいる途中の交差点に、故人の葬儀を伝える看板があり、「人生とはこんなものなのか」と思いながら、私は逆方向に走りました。
 
 さて、私の父親は定年まで名鉄の職員としてサラリーマン人生を送りましたが、ちょうど私の年齢の頃に膀胱に腫瘍が見つかり、定年退職の直前に足の靭帯を切るケガを負い、64才の時に胃ガンが肝臓に転移しており、余命1ヶ月の診断を受けて半年後に他界しました。
 
 自分が40数年勤めた会社の運営する名鉄病院に入院した事から、自分の先輩や同僚の見舞いを受け、我家にいるよりも多くの知人に囲まれた耐病生活は、父親にとっては幸いだったと思っていますが、局長は定年にも達していない事と、勤めていた病院で最後を迎えた事が不憫に思えてなりません。
 
 本日は、こんな悲しい一言になってしまいましたが、本日の一般質問は5人しか終わっておらず、明日に6人の質問が残されており、一般質問終了後に議会運営委員会が開催予定である事から、明日も市役所閉庁時間を経過する帰宅となりそうです。
                                   3月10日の一言
追伸
私は明日の最終質問となる事から、午後4時頃の質問になりそうです。

看護学校から市民病院へ

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 本日は津島市立看護専門学校の卒業式が行われ、27名の国家試験合格者に卒業証書が授与され、この中の16名が4月から津島市民病院に勤務するとの話を聞き、いずれは自分も世話になる可能性を感じる身近な卒業式に思えました。
 
 津島市民病院も4年前には医師不足による経営難から、せっかく看護学校で3年間養成した看護師さんが他の医療機関に流出していましたが、医師の充足と経営改善によりそのまま津島市の医療に携わってもらえるようになりました。
 
 「看護師は医者の下請けではなく、医療を担う上で医師と対等なパートナーである自覚を持って頑張って欲しい」との校長訓示は感動もので、校歌斉唱の後に退出する卒業生を送る在校生の差し出す花束を受け取る際には涙が光っていました。
 
イメージ 2 鈴鹿の峰の  影冴えて
 流れ豊かに  木曽の川
 名も橘の  清き里
 重き使命に  集い来て
 燃やす若さの  輝きよ
 ああ  津島看護学校  
     われらの誇り
 
 この校歌の作詞者は、塚本文雄先生で、私の高校時代の教頭先生であり、津島市では昭和53年に開校した津島東高校の初代校長を務められたのが縁で、東高校などの校歌とともに当地方の各地に名前が残されており、久々に恩師の顔が思い出され懐かしい気持ちにさせられました。しばらくお会いしておりませんが、健在なので4月の選挙後には一宮市の自宅を訪問したいと思います。
 
 さて、卒業式終了後に、私は学校の隣に建つ市民病院を訪れました。訪れた理由は、私の同級生で市役所職員のN君のお見舞いで、2日前の夜に救急車で搬入されており、昨晩(毎週火曜日)行われた書道会に来れないため、彼は恩師を自宅まで送り届ける担当(私は迎えに行く担当)になっている事から奥さんから連絡がありました。
 
イメージ 3 「おい、顔が曲がっているぞ」
 「そんな訳がないだろう」
 「今日は1日だぞ」
 「そんな馬鹿な(笑)2日だろ」
 「おい、もうすぐ書のメンバー全員が来る(笑)ぞ」
 「わぁー、それは困ったなァ(悲)
 「それは、ウソ(笑)、ウソ」
 
 本当なら昨晩の書道会でメンバーに伝えて、皆でお見舞いに来るべきだったのかもしれませんが、2週間程度で退院予定との話から、言いたいのを必死に堪えて封印したので、願わくば来週も隠し通せればと思っておりました。
 
 ただし、本日早朝から、他の同級生の市職員から入院の知らせがあった事から、他からメンバーに伝わった時に「なぜ知らせてくれなかった」となるため、幸いに元気な事からあえて入院姿を添付して、私の「おしゃべり」は封印です。
 
 先週末より言葉の発声に違和感があり、開業医へ車を運転して出向いたところ「脳溢血」と判明し、救急車を呼ばれてびっくりしたものの、発見が早いのと同時に、極めて軽度の発症だった事から、こんな冗談半分に記しておられるわけでもあります。
 
 もっとも、こんな状態の人に、私は1日付けで発行された中学校の同窓会報を戸別配布させており、本人も自覚していなかったものの、症状が重く後遺症が残っていたら一生の後悔となるところでした。3日前に、我家へ自転車で姿を見せていただけに、突然のびっくり体験となりましたが、年末年始の私の検査を笑っていた余裕が逆転し、私も笑い話にはできない警鐘になりました。
                                 3月2日の一言

診断は無罪放免でした

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雪の舞う津島市民病院 (正面玄関・昼)
 
 昨日から降り続いた雪が本日も振り続け、早朝の道路は真っ白で、各地で車が道路を飛び出したり標識にぶつかり、行く先々で道路に車が放置されたままとなっており、こんな時こそ役立つべきとの責任感から「福祉有償運送」のボランティアに出かけました。
 
 朝8時30分の約束で走り、普段なら10分で到着する眼科医に9時に到着し、雪道を帰ることもままならず、近くの喫茶店で待機して診察後に帰宅すると時計は10時20分を回っていました。
 
 さて、本日は市民病院で膀胱の内視鏡検査が11時に予約してあり、何とか断る理由を考え続けながらも、「逃げたな」と言われる訳にもいかない事から、家内の付き添いは情けないものの時間までに出向きました。
 
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 「大鹿さん、ズボンとパンツを脱いで、ここに座ってくださいね」と言われ、左に添付したイスに座ると、勝手にイスが回転してから上昇し、目の前のカーテンが下ろされ、今度は背もたれが倒れて、両足が徐々に開き出し、大股開きの状態となります。まさに「まな板の鯉」状態です。
 
 最初にバスタオルが掛けられているものの、女性のお産風景と同じ体勢で、男性のシンボルにゼリー状の麻酔薬が注入され、このまま15分ほど待たされます。
 
 「緊張してますね。フーと息を吐いて」、「フー」
 「肩の力を抜いて」、「はい、はい」
 「足も震えてるよッ、もっとリラックスして」、「やっぱり…」
 「今日は寒いでしょう?」、「寒さよりも痛くないように頼みます」
 
 「看護婦さん、ここで悲鳴をあげた人はありますかね?」
 「今までは無いけど」
 「もし、悲鳴をあげたら宜しくねッ」
 「途中で苦しくなったら言ってよ」、「エッ、エッ?苦しいんですか?」
 
 とにかく下半身丸出しで沈黙する事も孤独で看護婦さんと会話を続けると、担当医が登場していよいよ内視鏡の注入となります。
 
 「はい、今から入ります。力を抜いて」、「ハイ、ハイ」
 「もっと力を抜いて」、「ウッ、ウー」
 「ウー、まだ入りませんかね」、「今、入りましたよ」
 
 こんなやりとりから、やっと自分の膀胱内の様子を画面で確認できるようになりましたが、私の下半身はかなり強力な力で捻られ、押されて引っ張られ、痛みは何も無いものの違和感に苦痛を感じながら検査は終了です。
 
 「今回は無罪放免です」が検査後の診断で、ガンや結石の心配は皆無で、1ヶ月におよぶ検査の結果、閉鎖された上高地の雪中を7時間も歩いた事から、顕微鏡で見ないと判らないような結石(砂粒程度)が下りたことによる血尿だったようです。
 
 それにしても人の話では、「ものすごく恥ずかしい」とか、「今までにない激痛が走る」などと、検査前に恐怖感は最高潮に達し、「やらない方が良い」などと無責任な入れ知恵が多かったものの、本日の一番の痛みは検査後に打たれた感染防止の注射で、恥ずかしいと考える余裕もありませんでした。
 
 もっとも、検査後のトイレでは小便に血が混じり、ポタポタと血がこぼれ、これが帰宅後の夜まで続きましたが、徹底的な検査によって「何も異常なし」と判り、「結果はどうでした?」と心配した電話に、「何も異常なし」とも言い難い私の大人げない心配性の反省となりました。
                                 1月17日の一言

検査を断れない人間の弱さに

 本日は市民病院で泌尿器科を受診し、膀胱エコーの検査を受けました。この検査は昨年12月22日にCT検査、27日に尿検査と血液検査、1月4日に腹部造影検査とレントゲンに続くものでした。
 
 本日の診察で、「癌の心配はない」事と、「前立腺の異常もない」、「結石が見当たらない」事が医師から伝えられたが、そうなると自覚症状がなかった事から、何が原因で血尿が出たのか判りません。
 
 「石が下りた感覚はなかった?」
 「全く何もありません」
 「その後血尿が出た事は?」
 「2日間だけで、後はありません」
 「オシッコの出方に変化は?」
 「まったくありません」
 
 結局、何も悪い原因が判らない事から、たとえ2日間でも僅かな血尿が出た原因は何かが判らず、医師は「数値や外からは判らない事もある」と、「膀胱内の内視鏡検査」を提案されました。
 
 この検査については、多くの人から「ものすごく痛い」とか、「大変恥ずかしい」などとの経験談を聞いていた事と、最悪の心配事であった癌の心配がなかった事から、「何故、やる必要があるのか?」と質問しました。
 
 「何も原因が判らないままて良いの?」
 「それは、そうですが…」
 「もし、先になってあの時に検査しておけばと後悔しないためにも」
 「それって、すごく痛いんでしょう?」
 「大鹿さんは今までに何が痛かったの?」
 「足を打った事かなぁ」
 
 こんなやりとりから、「最後は自分で決断して下さい」と言われ、万が一を考え「検査のついで」と来週月曜日に検査をすることになり、予約してから看護師さんの説明を受けて診察室を後にしましたが、家内しか見せた事のないオチンチンの検査なんですが…
 
 もっとも、検査や診察に入るまでの時間が長く、膀胱のエコー検査は尿がたまっていないとできない事から、「尿意をもよおしたら教えて下さい」と受付で言われ、「出そうになりました」と訴えてから待たされる事1時間近く。
 トイレに行ったら検査ができない事から必死で我慢する事となり、「これ以上我慢ができない限界」と怒り心頭に達してからの診察で、検査後の説明や決断が長かったことから、診察室前で待つ後の患者さんも怒り心頭で私の診察終了を待っていたと家内から聞きました。
 
 とにかく最悪の事態どころか、悪いところが何もなかった事から、「それじゃー今までの大げさな検査は何だったのか」と思う半面で、2日間とは言え血尿が出た事から何も悪くないとも言えず、「もう結構です」と来週の検査を断る決断もできない自分の決断力のなさを実感する一日となりました。
                                  1月12日の一言
追伸
前向きに考えると積極的な検査しかありません。

検査でも大騒動の末に

 本日は実質的に平成23年がスタートし、私は8時半より津島市民の方を名古屋市の日赤病院まで送迎し、夕方には自分自身の腹部造影検査を受けるために、津島市民病院に走りました。
 
 こんな時には情けないもので、自分一人で行けるものの、家内の運転する車に乗せてもらい、予約時間より随分早く到着したところ、「大鹿さん、それじゃーまず点滴をしましょう」と看護師さんが出てきました。
  予約時間より20分も早く、「まだ、心の準備が…」と心中では呟きましたが、言われるままに処置室に入り、今から始まる検査の説明と段取りを聞き、担当する看護師さん(男性)は2年前に息子が自転車転倒事故で世話になった人で、まずは御礼から…
 
 
 こんな笑顔のやりとりが私の心を随分と和ませましたが、「大鹿さん、血管が出ないですね」と、差し出した左手を右手に代えて、腕から手首まで血管を探しますがなかなか適当な血管が見つからず、「もし、1回でできなければ、温めてからやり直しますから」の一言で、緊張は最高潮に達します。
 
 幸いにして1回で済みましたが、このまま点滴を点滴台にぶら下げて、脱いだ衣類を抱えて看護師さんについてCT室まで行きましたが、ちょうど直前に患者さんが入ったことからしばらく廊下で待たされます。「手は下げて良いですよ」と言われても、針が刺さったままである事から下げられず、「ソファーに座って下さい」と言われても座る余裕がありません。
 「〇〇さーん、〇〇さーん」と、書道会で一緒の看護婦さんを見つけ必死にガラス越しに叫び、身の上話に花を咲かせていると検査の開始です。こんな時に知り合いの姿は心強いものです。
 
 CT室で検査台に横になり、点滴に造影剤を注入して数回の撮影となりましたが、事前に説明があったとおり、造影剤注入後に身体が熱くなり、薬が身体中を廻っていることが実感させられます。時間にして15分位で検査は終わり、別室で腹部のレントゲン撮影で本日の検査は終了です。
 
 12月22日にCT検査を受け、27日に血液検査、尿検査、レントゲン検査をし、本日の腹部造影剤検査ののち、12日に腹部のエコー検査を受けて、最終的な検査結果と診断が下されます。
 検査の原因となった微妙な血尿は2日間で消えており、具体的に痛みや症状はないものの、痛みが無い事が私にとっては心配となり、朗報が伝えられる事を願っています。
 
 さて、過去の市議会で市民病院の質問を繰り返したことがありますが、実際に患者になったことがなく、今までは患者さんやご家族の代弁でしかありませんでしたが、実際に自分自身が患者になった事から、診察の待ち時間など患者でなければ判らない問題点も実感させられました。
 
 私の尊敬する「鶴田浩二」さんは、自分の病状を絶対に周りに知られることなく、映画スターとしてのイメージを残したまま他界されましたが、小心者の私にはとても真似はできず、人と話すことで知恵を借り、ストレス発散となっています。
 
 「先輩、検査は大丈夫でした」の一言は、年末に実母を亡くし、大晦日に葬儀を終えたばかりの知人の電話で、本来は私が励ます立場にありながら、私のために電話をかけてくれました。
 
 来月6日に開催される地域セミナーの要約筆記のボランティアの依頼も、こんな顛末から忘れて遅れていましたが、気持ち良く引き受けていただき、必要な視聴覚機器についても仲間が手配してくれました。
 
 沈んだ正月気分を、仲間や人々の温かみによって払拭し、明日からの励みとなる一日となりました。
                                    1月4日の一言

病院通いも議員の肥やしに

 本日は先週受診した市民病院の2回目の受診日となり、津島市で生まれ育ちながら一度も通院した事のなかった市民病院の診察で、今まで人伝にて耳にしていた実態の一部を垣間見た気がしましたので紹介します。
 
 
 診察の予約時間が本日午前10時のため、10分前に受付に到着したものの、実際に診察室に呼ばれたのは11時15分で、どうやら予約もなく突然訪れても診察券を入れた順番で診察されており、予約しても優先されるわけではありません。
 
 「もしかして、大鹿さんですか?」
 「はい、そうですが…」
 「顔を見てそうだと思いました。いつも会報を読まさせてもらっています」
 「ありがとうございます」
 「ところで、大鹿先生はどうされたのですか?」
 
 本日の待合室は泌尿器科の前で、静かな廊下に「先生」の一言が響き、衆目を集める事となりましたが、診察券を出した受付でも「大鹿さん、どうしたの?」と語りかけられ、病院で「先生」と言われると、医者と混同されているようにも思え、周りの人々の注目を浴びるので身の置き場がありません。
 
 先週のCT検査の映像を見ながら、私の症状の原因を探りますが、血尿の原因は腎臓内の結石の可能性もあるものの、症状が2日間で消えてしまっている事と、最悪のガンのケースも考えて、この日行った尿検査に続き血液検査とレントゲン撮影もすることとなり、年明けの4日に腹部造影CTを受けることとなりました。
 
 血液の採血室の扉を開けると、先客の女性が顔をしかめており、「痛くないようにお願いします」と依頼して隣に座りました。私は血管が出にくい(脂肪太りか)ために、左手から右手に代えて採血を受ける事となりました。
 
 「親指を広げて下さい」
 「えっ、もう刺さりましたか?」
 「もうすぐ終わりですよ」
 「全く刺さった痛みもなかったけど…」
 「この人は上手いから」(隣の看護師さん)
 「最初から判っていたけど、終わってからと思って。有名な大鹿さんですよね」
 「えっ、有名でもないですけど…」
 「いつも見ていますよ」
 「えっ、何を見てもらっていますか?」
 
 津島市議会の場合は、議会の一般質問がテレビ放映されており、このテレビで私を見た人と、毎日更新しているこのブログを見ていただいている人があり、この若い看護師さんは戸別に配布している会報(議会報告)をご覧になっていたようです。
 
 私は注射嫌いのため「そうと判っていたら、こんな無様な姿を見せず頑張ったのに(笑)」と退室しましたが…
 一般の開業医の採血と違い、採血室で採血専門に毎日携わっている事から、市民病院看護師さんの採血は上手いを実感する。
 
 さて、9時半に病院に到着し、会計が終わった時には正午を廻っており、駐車券に判を押してもらった事から、駐車場は無料と思っていると、追加料金を入れないとバーが上がりません。
 
 予約時間に診察となれば無料で済んだ事から、病院の都合で診察が遅れて駐車代金も必要となった事は改善の必要もありそうです。私のように痛みも自覚症状もない者ばかりでなく、苦しそうな患者さんも多い事から「待ち時間」の短縮は課題です。
 
 もっとも、本日の担当医師はテキパキと説明して次の検査を指示されて、私の精神的苦しみを前向きに解決してくれそうなので、無責任な人々の「死人病院」との悪評は払拭してくれる診察となりました。
 
 そのお陰で、午後に約束してあった来年開催の地域セミナーの打ち合わせも精神的余裕で、愛知県と津島市の担当者とも雑談交じりに打ち合わせができ、久々に市役所閉庁間際までの居残りとなりました。夜も会報印刷が午前様となりますが、精神的に絶好調となりました。
                               12月27日の一言

人のことは簡単に言えるものの

 突然に前歯が折れたのが今月5日の深夜の事で、翌日に歯医者さんに走り、仮の歯を入れてもらい、翌週の15日の診察に続いて22日に差し歯が完成したものの、その日の夜から歯が痛みだし、昨日の予約日まで我慢を重ねていました。
 
深夜の孤独なハプニングに (9月6日の一言)  http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/43961563.html
 
 「先生、上の奥歯が痛いのですが…」
 「おかしいな、何ともないけど…」
 「ずっと、痛かったんですが」
 「歯茎も歯も異常はないよ」
 「…痛いんですけどネ…」
 
 こんな展開で、痛む箇所の治療がされぬままに帰りましたが、やっぱり本日になっても痛みは残っており、「歯が悪くないのなら病院に行ったら」と知人に言われましたが、明らかに歯が痛くて堪りません。
 
 歯医者さんは異常なしと言われましたが、奥歯の歯肉の奥が炎症を起こしているのは確実で、頭痛薬を服用して凌いできましたが、数日で治まれば良いものの、このままでは仕事にも集中ができません。
 
 あくまで私の予見ですが、折れた差し歯の代わりの歯がしっかりと収まった事から、隣の歯から歯全体を圧迫して、弱い部分であった奥歯の歯肉が炎症を起こしていると思われますが、自信を持って「異常なし」と言われても、確実に痛いのは私自身ですから我慢にも限界があります。
 
 さて、本日は福祉有償運送の仕事で、会員さんの愛犬を獣医さんに連れていきましたが、獣医さん選びは大変なようで、何ヶ月にも及び高額な治療を続けても回復しなかった犬が、医者を代えたら低額な注射を2回打っただけで治ってしまったとの話です。
 
 人間のように痛いとも言わぬ犬や猫については、それこそ回復しなければ他の治療を依頼するか、他の獣医さんを受診しないと命取りにもなりかねません。
 
 もっとも、これは人間にも当てはまる話で、昨日訪問された知人の話では、私と同年であった弟さんが、津島市民病院に約1ヵ月通院したものの病名すら判らず、隣の海南病院を受診したら末期がんと診断され、まもなくして最近に亡くなっていたとの話です。
 
※議員として市民病院だけに自問自答したものの、「この事実は、今後私が話し続けるから…」と知人は言ってみえますが、旧知の人の訃報は辛いものがあります。
 
 これは昨年にも私の知人が病名は違うものの全く同じ展開で亡くなっており、病名も判らないままに1ヵ月も経過すると命にも関わる事例もある事から、他山の石として同じ徹を踏まぬようにしたいものです。
 
悲しみも最大級の訃報に (昨年11月24日の一言)
                            http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/42310960.html
 
 ただし、歯の痛みでも一週間我慢して、未だに他所の医院に行く決断ができずにいる事から、当事者にとっては転院は重大な決断が必要で、歯だけに他所で治療すれば結果として残りますから痛みとの我慢比べがしばらく続きそうです。
                                9月30日の一言

本当に良く走り回った一日となり

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 本日は午前中に行政の仕事を済ませた事から、昨日の一言の最後に記しましたが、私の少年時代に恩を受けた医師を訪ねるため、医師が施設長を務められる半田市の老人保健施設を目指す事としました。
 
 都市高速や伊勢湾岸道路により半田市には1時間もかからず到着しますが、昼休みにかかることから、大学時代の友人の勤める東海市の会社に立ち寄ってから、恩師のおられる「ゆうゆうの里」に到着しました。
 
 「世古口先生にお会いしたいのですが?」
 「お約束がありますか?」
 「いえ、何もありません」
 「どんなご用件ですか?」
 「特別な用件は無いのですが…」
 「お名前をお伝えすれば判りますか?」
 「たぶん…」
 
 
 約束もなく突然の訪問で、津島市の施設と比較すると市民病院規模の施設だけに、用件もないと言って訪れた珍客をたやすく施設長に会わせるわけにはいかないのしょう。こんな時に議員の名刺でも出せばスムーズだったかも知れませんが、議員として会いたい訳ではないので我慢です。
 
 私は恩師と思って感謝していたものの、今から30年前の患者であり、その後一度も会った事もない人物の登場だけに、迎える側の世古口先生にとっても、どんな人物になっているかも判らずに会うのですから大変なストレスを与えていたのかもしれません。
 
イメージ 1 「先生、本当にお久しぶりです」
 「やぁ、以前電話いただいていた大鹿さんですね」
 「そうです。先生お変わりありませんね」
 「いやぁ、もう80だから変わったよ」
 「いや、いや、変わりませんよ」
 
 30年前の50歳の姿とは違うものの、当時と変わらぬ笑顔で再会となり、昭和40年代の名鉄病院の思い出と、恩師が麻酔医として立ち会った私の最後の手術の話などをするうちに、共有する記憶から当時の恩師と患者の立場となって、現在の施設の問題と今後の医療の問題など話がはずみました。
※世古口先生は整形外科の専門医です
 
 
 施設が開設された平成8年から施設長として毎日勤めておられ、今年4月からは週3日の勤務にされたと聞いていたが、「もう、80だよ」と今年の秋には完全に引退されると聞き、恩師の笑顔を心に支えとされる患者や入所者の存在を考えると細々でも永く続けて欲しいと思いました。
 
 「大鹿さーん」と、別れのご挨拶をして施設を後にした私に、施設外まで追いかけてこられ、施設以外のデーサービスやグループホームの説明をされた事から、先進的な施設の見学もしてくれば良かったと思っても時既に遅し…
 
 津島市と半田市を比較すると格段に大きな較差があり、施設の内容だけでなく市民のボランティア活動においても学ぶ点は多く、この施設でも在宅への支援に力を入れている事から、機会があれば再度先生を訪ねたいと思う再会となりました。
 
 さて、本日も朝から行動的に時間を刻みましたが、4時半には書の恩師と約束があり、明日から開催される「合同展」に出展する書を佐屋中央公民館まで搬入する仕事が残っており、市役所からの電話(4時半)にも応えられず、忘れていましたが昼食抜きの一日となっていました。
                                 6月24日の一言

体調不良は本人しか判らない

 先週の一日に議会の一般質問通告書を提出した翌日から、病院へ付き添いに出かける叔父に同行し、意識のないままの叔母の病室で夕方を迎え、3日はそれまでの昏睡状態がウソと思えるような回復から会話もできたものが、翌朝には静かに亡くなって昨日の葬儀に至りました。

 本日から一般質問が始まりましたが、昨日までの慌ただしい毎日とは全く違う静かな世界を実感して議席に座っています。本日は7名の議員が登壇し、明日は3人のうち2番目が私の登壇時間となっていますが、昨日までの慌ただしさから2日目であった事は幸いでした。

 さて、議事進行をすすめる議長も体調がすぐれず、開会日の30日も途中で議事を副議長と交代し、本日も午前中の議事進行は務めたものの、午後は体調不良にて病院に走る事となったが、不調の原因が判らないままに日時が経過している事から、私は高度医療施設に診断を仰ぐべきと話しました。

 議員が病気になったり入院すると面白可笑しく話す市民の存在もあるが、議会日程や公的行事を意識していると治るはずの病気が重症化したり、病気によっては手遅れとなった事例も知るだけに、人目を気にせずに検査を受けて欲しいと願う。

 議長を務める加藤忠篤さんは、私が小学校時代の「珠算教室」の先生で、当時は学生あがりで小学生の女子に「ただあつー」と呼ばれるような話しやすい性格のままに議員となり、議長になっても権威の象徴とは程遠い人柄だけに、今回の体調不調は気がかりに思います。

 私も年齢を重ねた事と、不摂生と運動不足の肥満体質でかかりつけ医のお世話になっていますが、私の長男も今年の春に交通事故に遭遇した事から、首や腰の不調が回復せず、仕事も続けられず医者(私のかかりつけ医)からも「何処も悪いところは無い」と言われ、保険会社からも相手にされなくなっていたが、津島市民病院の若い先生によって徹底的に検査をしたところ、原因となる悪い箇所が見つかったと本日聞かされました。

 交通事故の被害者になっても、治療が長引くと医療費目当てのように思われ、保険会社に相手にされなくなり、通院や痛みから仕事も辞める事となり、医師も原因が判らずマッサージ程度となり、痛みを訴えても信じてもらえなくなり、親の私も長男のわがままと思っていました。

 半年以上経過しても痛みが引かず、保険会社と示談は済んでいないものの、今回の検査や治療費も自己負担となっており、若い医師のお蔭で原因と治療の方法は判ったようだが、明らかに事故の後遺症ではあることから、行政書士に依頼して保険会社と再交渉となりました。

 身体の不調は本人しか判らず、明らかに相手による一方的な被害者であっても、外見から相手や医師からも見放され、我々家族も「ナマカワ病」と批判していただけに、こんな息子のために原因を突き止めた若い医師に感謝するとともに、長引くと言われたようだが完全復調を目指して我々を安心させて欲しい。
                                 12月7日の一言

本日も病室の中から

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 本日は叔母の付き添いに出かける叔父の運転手役で津島市民病院まで走り、叔母の体調が少し回復したと聞いたので病室まで一緒に出向いたところ、叔母から昼食の心配まで受け、そのままレストランで食事をすませて帰る予定であったが、本日緩和ケア病棟で開催された「お茶会」を勧められ、固辞したものの叔母の希望でお茶とおやつまでよばれてきました。

 この「お茶会」の会場でピアノを演奏するボランティアの女性を見つけ、ピンボケの携帯電話ですが撮影して添付した次第です。厳しい状況にある患者や家族にとっては、涙がでるようなボランティア精神であり、こんなピンボケではピアニストには申し訳ありませんが勝手に添付してしまいました。

 「何かリクエストはありませんか?」と問われたものの、鶴田浩二さんの唄しか聞かない音楽音痴ではリクエストもできず、「海ゆかば」なんて曲しか思い浮かばず、「どんな歌い出しでした?」と問われ、「海ゆーかば、みいずーくかばねー、山ーゆーかーばー、」なんて音痴な声で伝えます。

 「この曲は海軍の死者を水葬する時の歌なんですね…」と、病院には似つかわしくない曲と思いましたが、「今度までに覚えてきますねッ」と言われて、ピアノらしい曲が思い出せない自己反省と同時に、リクエストに応えようとするボランティア精神に脱帽です。

 今度は18日のクリスマス会に演奏されるとの話ですが、叔母が元気でこの場に臨めることを祈るばかりです。こんな時に男性は情けなく、医師の構えるカメラに叔父は叔母の手をさすって涙で嗚咽をこらえるのに必死で、隣のイスに座る私も必死で笑顔をつくります。

 幸いにして私の知人(書道と朝日旅行友の会)の看護師さんがこの病棟に勤務している事が判り、本日は休みとなっていたものの、電話で叔母の看護をお願いしましたが、こんな時に知り合いの存在は心強く、日頃は疎かにしている人間関係の重要性も実感させられました。

 さて、私は来週には議会の一般質問を控えており、本日も愛知県に提出するNPO法人の報告書を知人のボランティアに依頼しましたが、こんな寄り道もボランティア活動にとっては全員参加の機会となれば幸いですが、辛い日々がしばらく続きます。
                                12月3日の一言

ドッキリ冷や汗の電話に

 本日の正午が、来週開かれる市議会一般質問の質問通告書の締め切り日で、深夜に質問要旨を所定の様式に書き入れ、市役所に電子メールで送信しようとしたら通信不能で送る事ができず、契約しているケーブルテレビ局に電話する事になりました。

 「…サポートセンターです。ただいま電話が大変混みあっております。このままお待ちになるか、しばらくしてかけなおして下さい」のテープが流れ、何度かけ直してもこの繰返しで、待ち続けてもテープが回り続けるばかりで、メールを送信したのは午前3時を経過していました。ケーブルテレビ局の不具合やメンテナンスで深夜は通信不能が連続します。

 暫しでも睡眠をと熟睡していると、7時前にけたたましく電話の着信音が響き、携帯電話に転送されてきた電話の主は、日曜日の夕方に津島神社や土産物の買い物に案内した香川県の人で、当日の礼と翌日に紹介した目的地に入れた事のお礼の電話でした。

 もう少しは眠りたいと1時間後の起床を予定していると、また相談の電話が入り、応対後に再度コタツに入ると、今度は議会事務局から深夜に送信した質問通告書の確認です。

 「こちらには何時に来られます?」
 「できるだけ早く行きます」と答えて、頭を洗っていると、直後にまた電話です。

 「知人が市民病院に行って…」との内容で、一宮市民病院に入院している人を近くの津島市民病院に転院させたいとの話ですが、生命の限界を示された事から緩和ケア病棟を希望されている話ですが、頭も議会事務局も待っている状態のため、医事課に連絡してケースワーカーに対応を依頼しました。

 さて、出発という時には病院から詳細説明の連絡が入り、ありがたいはずの連絡ですが、相談者に返信していると時間はどんどん消化していきます。市役所に到着し、質問通告書の説明を担当者としていると、命の最終章を迎えている叔母に付き添っている叔父から電話で、病院と自宅の往復ですが私に時間の余裕がない事から、ボランティアの福祉有償運送の出番です。

 こうして仕事を終えてボランティアの対応を確認して、お礼にコーヒー屋へ到着して手帳を見ると、約束した予定が書き込まれており、慌てて帰宅し対応し、歯医者に通院していると市役所から電話で、自宅事務所で打ち合わせのため帰宅です。

 本来なら火曜日は書道会の日ですが、本当に運の良い恩師の都合で休みでしたが、休みを知らないメンバーが訪問した事から夕食も中途半端となり、一日を振り返ると朝食も昼食も取っておらず、やっと落ち着いて食卓を前にしていると、本日最高にびっくりする電話が残されていました。

 「大鹿さんのお宅ですか?」
 「ハイ、大鹿です」
 「こちらは彦坂外科ですが、検診の結果について…、一八さんはご在宅ですか?」
 「ハイ、ハイ…」

 「おとーさん!!大変!!大変!!」
 「なんだ?」
 「彦坂さんから電話だけど…」
 「…」
(『どこが悪いんだろう』『ガンかなー?』と家族と家内の会話の声が)
 
 「はい、大鹿です」
 「10月に受けられた健康診断の結果ですが…」
 「どこが悪いんですか?」

 大袈裟かも知れませんが家内の言葉に一瞬は深刻な病気かと冷や汗です。結果は、検査を受けたままで検診結果を聞いていない人に事務的に連絡をされていただけでしたが、「悪い場合は連絡があると思って」と放置してあったバチが当たりました。事務長さんの声が小さく低い事から、家内は深刻な病気と勘違いしており、叔母が深刻な状況だけにびっくりの下地もありました。

 夕方に叔父と「万が一の時は頼むぞ…」と連絡しあっていただけに、家族の話題も一瞬にして暗くなる環境にある事が実感させられました。
                                 12月1日の一言
 

朝から電話が連続する一日に

 本日は早朝から電話の多い一日となりました。

 「○○ですが、本日は親が立てたので結構です。いざと言う時、またお願いします」

 この一言は、親の体調が悪く、起き上がれないと市民病院に行けないので、前日に予約の連絡があった人ですが、起き上がれれば家族が付き添うと聞いていたものの、起き上がれない人を私一人では大変な事から、出動となればボランティア2人で向かう予定を立てており、8時前からの待機も無駄足になりました。

 しかし、歩けないような悪い時のみの送迎ではボランティアとは言え大変です。

 「市民病院を退院する事になったので、利用したいんですが」

 この電話は、退院を一週間後に控えた福祉タクシーの依頼でしたが、詳しく説明を受けると、退院するご主人は「寝たきり状態」で、車イスに座れるかどうかも判らない状況のため、我々では対処できないと伝えましたが、寝たきり状態での退院とはどんな状態なのか。

 「それじゃー、どこに頼んだら良いか」と、問われましたが、これは病院側の手配が必要ではないか。

 こんな状況の中へ、市役所からの連絡は議員として当然ですが、銀行や「インターネットは…、ADSLは○○…」なんて電話も舞い込み、これが全部金儲けの予約なら有難いものの、ボランティアで大変な仕事ばかりでは長電話の携帯電話(転送なので私持ちになります)代金のみが増えていきます。

 「今、市民病院に入院しているんだけど…」

 朝から大変な電話が多く、この知人の声にも一瞬びっくりとさせられましたが、この人は一週間後には退院する事が決まっており、「病院にお世話になったのでお礼に寄付でもしたい」との清々しい電話で、「いくら位、寄付したら良いだろうか」との相談でした。

 この人は、戦後苦労した人ですが、幸いにして亡くなられたご主人が基礎を築き、息子さんも事業を営んでおり、独り暮らしの母親に息子さんが雑用係まで配置されており、近々年金が入るから寄付を思い立ったそうでしたが、「いくら位…」と問われても、「気持ちだから」としか答えられませんでした。「病院で話をしたら、○○さんが取りに来ると言っていた」との、あまりにも看護士の事務的な寄付の受け取りに、退院後に私が立ち会って寄付する事を約束しました。

 さて、電話での医療相談はこのままでは終わらず、夕食前に私の知人の息子さんから電話で、「ウチのカミサンが入院しちゃったんで…」との連絡が入りました。本人は名古屋市に勤務しているものの、幼い子供を抱えて、在所の母親は入院中で、ガンの宣告を受けている父親もいる事から、経済的にも先が心配となるが、明日から市役所が休みのために相談は月曜日となり、その月曜日は議会の開会日のため、尋ねるべき職員に連絡して取り次ぐ事となりました。

 さて、さて、実はその後もう一件電話があり、こちらは更に深刻な内容でしたが、私の親の治療経験から「私なら」と思う病院があり、ホームページを見るように勧めましたが、埼玉の病院のためにうまく事が運んでも大変ですが、後悔だけはしたくない私の父親の反省もあるが、来週からは議会活動で時間的余裕はありません。

 こんな中を、明日は急きょ和歌山県の「高野山」に走る事となりました。9月に四国を満願となった人々の高野山御礼参りが済んでおらず、突然にこの世を去ったKさんを考えると、万が一を考えると先送りは無責任とも思われる事から突然の日帰りとなった次第です。
                                 11月27日の一言

身体は治ったが明日は気が重い

 風邪に罹ったか判らない状態で余裕で医者を訪ねたものの、熱もでないままに話し過ぎからノドが痛み、眠ると症状は改善するも、自宅を出る時には万全の身体が、帰宅時には鼻声になっており、どうやら原因は市役所で議会だけに入る冷房と、冷房のない現場との行き来にあるように感じます。

 本日も朝の目覚めは万全で出かけたものの、市役所の委員会室の冷房の風が直接当たる事から、午後からは鼻水が止まらず、帰宅後にマスクをしていると治ったが、市外から知人が訪れて冷房の効く珈琲屋に誘われた事から台無しとなりました。

 「インフルエンザは治ったかね?」の冗談が一週間も続きましたが、どうやら明日からは完全復調で委員会に臨めそうです。それでも、新型インフルエンザの集団感染で近所の高校が学級閉鎖されており、今頃になって感染させられると多くの人々を不安に陥れそうです。

 さて、明日の夜は来春の就職を目指す大学生の訪問を受ける約束となっていますが、多方面に働きかけてあるものの何も反応が返ってこず、本日も定年後の再就職を希望する人から声をかけられ、厳しい時勢ゆえに電話での相談にも安心して出られません。

 総選挙が終わり、景気は最悪のように伝えられていますが、私の住む地域では閉店された飲食店や貸店舗に大手の飲食チェーン店の出店や開店が続いており、地元トヨタ自動車も新たな人材募集をはじめている事から景気の好転を予感させられるものの、人を紹介する余裕はなく、厳しさはしばらく続きそうそうです。

 最近は体調不調の影響で、確実に一言の内容が暗くなっていますが、明日は万全な体調で委員会に臨み、新鮮な一言を記せる一日にしたいと思っています。
                                  9月9日の一言
追伸
本日は救急の日だそうです。ただし、09年9月9日は二度とやってきません。こんなやりとりから三男が02年9月29日(2929)生れで、今月が誕生日である事を思い出しました。

マスク姿では冗談も通じません

 数日前より風邪の症状があり、熱はないが喉が痛むため2日前に医師の診断を受けたが、最近はやりの新型インフルエンザではなく、薬を処方されてきたものの喉の痛みがなくなったら、鼻水に悩まされるようになってきました。

 夏から秋への天候の変化が激しく、朝方は寒いくらいですが、日中は真夏のように暑く、市役所も議場は冷房が入っていたものの、9月からは冷房が止まっており、本日児童科学館で開催された循環システム促進審議会では微妙な環境ながら、背中は汗びっしょりで発言するのも苦しい参加となりました。

 もっとも、この委員会は17人の委員で構成され、名古屋から著名な委員を会長として向かえているものの6名の出席しかなく、委員が仕事を有している事から欠席は仕方がないものの、連絡もないままに無断欠席となった委員も複数あった事から議事録に加えてもらい散会となりました。

 私は今年から経済建設委員会の委員長になった事から、この審議会には初めての出席となりましたが、各種の委員会や審議会に顔を出しているものの、過半数にも達していない審議会は初めての経験で、一年前の審議会も9名の参加だった記録から、名目だけの委員の存在には再考も必要だ。

 さて、熱もなく風邪の症状そのものが軽いとは言うものの、こういった時勢ゆえにマスクを持参していますが、マスクをしていると「インフルエンザじゃありませんね」と問われる事があり、「実はそうなんですよ」と冗談で語ると、妊娠中の若い女性は後ずさりしていきます。

 冗談も通じないほど新型インフルエンザに人々は敏感になっていることを実感するものの、行政の対応はそれほどの危機感が感じられず、感染する人によっては生命にもかかわるだけに真剣な対応を求めていきたいと考えています。

 「えーッ、またやるんですか」、「6月にやったばかりでしょー」なんて雑音も耳にしましたが、6月の頃の予測を上回る感染力を見せており、秋から冬を考えると放置できない重要な案件と思います。

 一方では、数人の死者が出ただけでそんなに大げさに騒ぐ問題でなく、そんな事を真剣に議論する前に交通事故や自殺者の急増をもっと真剣に考えろとの意見もあり、そんな声にも真剣に考えて議会で発言をしていきたいと考えています。
                                    9月3日の一言

新型インフルエンザの死者が名古屋に

 夏には終息すると思われていた新型インフルエンザだが、感染の拡大が継続するだけでなく、ついには感染者から死亡者が出て、本日は名古屋市から全国3人目となる感染による死亡者が発表された。

 新聞報道によれば80代の女性とあるが、13日に入院して一週間後に亡くなるまでに、入院先で治療にあたっていた医師1名と、看護師3人だけでなく、入院患者3名も感染した疑いが強く、病棟への新たな入院は中止されたものの更に拡大する可能性も高い。

 対象となる女性は海外渡航歴どころか、病院に搬入されるまで名古屋市内の介護施設に入居しており、介護施設では他に感染の症状を訴える入居者はいないとの報告だが、女性が感染したのは介護施設以外には考えられない事から、感染源の確認作業を怠ってはならないと思う。

 新型インフルエンザは感染力は強いものの、症状そのものは軽い事から、大阪府の橋下知事などが地域経済の落ち込みから規制の軽減を訴え、国の厚生労働省も規制と監視を緩めた事が、全国の地方自治体の対応にも影響し、私の住む津島市でも6月議会の私の質問に対しても、秋以降の問題として集団感染の恐れが強い小中学校でも何ら予防策はとられてこなかった。

 最近では感染した患者の情報もあまりの多さからか新聞にも掲載されなくなり、津島市内で感染した市民が2名あると報じられた後でも、感染を心配する市民の問い合わせにも、感染者の個人情報になるとの判断からか、感染者の住む地域すら説明がされなかったと聞いた。

 私が心配に思う事は、個人情報に敏感になる事によって、行政が感染者の情報を公開しないことから、不用意に感染源に近づき感染してしまう事で、夏休みには中学校や高校のスポーツ交流や大会がさかんに行なわれている事から、国が想定した秋に入るまでに大量な感染者が拡大し、心臓病や糖尿病の持病のある人や、高齢者や妊婦などに感染すれば命取りにもなりかねない。

 さて、全国的にはプロ野球の日本ハムの選手や、高校野球の選手にも感染して、対象者を欠場させるなど試合や大会にも影響が出ているようだが、例年より早い流行の可能性は高く、過去の慣例に惑わされず過去とは違う対策と対応を考えないと、私の母親や私自身も含め、家族や生れたばかりの初孫も被害者になりかねない。

 こんな時にも、「かかっても心配することはないんじゃないの」と、自分が健康で体力のある若者である事から、感染を心配しない人々の存在があり、こんな慢心から感染が拡大しない事と、感染後のリスクの高い人々への対応も急務である。
                                 8月19日の一言

深夜の電話は深刻で眠れぬ夜に

 本日はホームペルパ-2級の養成研修会最終日で、早朝より在宅での入浴サービスに出かけるメンバーに同行しましたが、車に浴槽から資機材一式を積み、運転手兼設営役の男性職員と、看護師と女性スタッフの3名で、木曽三川を越えて多度大社の近くまで出張しました。

 手際よく進められる段取りを見ていると簡単に思われるが、寝たきり状態の利用者のベッドの真横に浴槽を運び入れ、車から電気と水道へ配管し、排水用のホースまで組み立てるのは大変で、一つ間違いがあれば座敷や寝室が水浸しにもなりかねず、毎日の仕事とはいえ何の支障もなく進められる事に感心させられました。

 さて、本日は何の役にも立たないのに、3人に同行の私でしたが、最後に入浴サービスに訪問している利用者の居宅支援の相談会に、愛西市の社会福祉協議会の施設にも付録でついて行ったところ、デイサービスで受け入れている施設も出向いていたが、約束の時間になっても津島市の訪問看護ステーションの担当看護師が遅れており、待ち続けたものの結局は欠席で不在のままに相談が進められた。

 対象者の病状や介護支援を考える中で、担当する看護師の欠席は、日頃の医療や介護の連携ができているとは言うものの、利用者や家族の立場を考えると納得ができず、欠席の理由を問うと「ウチも欠席する事があるから」と、同行した男性職員が弁護したが、朝から汗だらけで入浴サービスを続け、訪問中の岐阜県から戻ってきた民間業者(私も)と、行政職員は一緒には語れず、無責任の反省を求めていく事は重要と思う。議員の身分を隠した研修生の同行ではあったが、津島市の失態だけに怒りがこみ上げてきました。

 私が5月よりホームヘルパーの研修を受けていたのは、愛知県の北名古屋市に本社がある「福祉の里」と言いますが、訪問介護と訪問入浴など居宅介護支援を行なっており、600名の職員が連日在宅の支援に走っておられる事に、本日の同行した私の疲労度からもお世辞抜きで賛辞を送っておきたい。

福祉の里⇒http://www.fukushinosato.co.jp/

 さて、さて、本日もパソコンの前に座って、このまま一言に決定ボタンを押そうとしていると、携帯電話がけたたましく鳴り響きました。夜の11時に鳴る電話は深刻な内容で、私と親しい知人の息子さんからであり、突然入院した知人だけでなくご主人も病状は深刻で、複数の病院と市外のケアマネージャーが関係している事と、病院にはご主人のこだわりがあり、息子さんも心労から睡眠薬をもらっているとの話に、帰宅は午前様となってしまいました。

 自分なりに最適の医療条件や連携を考えるものの、過去からの病歴や医療機関がからみ、親だけでなく子供も3兄弟がそれぞれの意見を持っている事から、「大鹿さんが説得してくれれば…」と言われても、命の尊厳に関わる重大問題だけに、明日以降の大きな宿題となりました。
                                 7月23日の一言

県内各地に拡大した新型インフルエンザに

 新型インフルエンザの感染者について、愛知県では前日1日間に14人もの感染が発表され、本日の新聞紙面からは患者総数を探しても見つからず、県内ほとんどの市町に蔓延している状態で、私の住む津島市には感染していないものの、感染は時間の問題となってきた。

 感染は学校を通じて感染し、大学のように県内各地から生徒が集まってくる事から、感染者は県内各地に新型インフルエンザのウイルスを持ち帰り、持ち帰った地域で感染者が増加し、自治体も感染者の把握すら難しく、体力があり市販薬で済まされると、感染は拡大の一途をたどることとなる。

愛知県での新型インフルエンザ発生状況
        http://www.pref.aichi.jp/0000025799.html

 私自身も6月議会の一般質問で新型インフルエンザや結核等の感染症対策について質問したが、今回の新型インフルエンザが重症化しないこともあり、小中学校の修学旅行も予定どおり実施され、特別の対策は皆無であったが、最近になって教育関係者からスポーツ大会の運営などをめぐり、感染力が強い事から深刻な問題として議論がささやかれだした。

 感染した人に責任は無いものの、「まさか自分が」との思いから、感染の危険性のある地域に出向いてウイルスを持ち帰った人も多く、こんな一人ひとりの甘い考えが「囲い込み」を不可能にし、大学から広範囲に蔓延し、休校中の学校も増加するばかりである。

 さて、四国遍路への道中だが、通常では徳島県までに大津と兵庫の2ヵ所で休憩しているが、今回は新型インフルエンザへの感染を防ぐために近畿圏では休憩を取らなかった。しかし、こんな努力も無力となる位にウイルスは我家の近くまで簡単に侵入していたのである。

 本日参加していたヘルパー養成研修会にも、感染者が発表された市町からの参加者が存在し、現状では感染防止策は自分自身のウガイや手洗いしかなく、夏にマスクも現実的ではない事から、感染したら一刻も早く病院に出向く事しかありません。

 人によっては感染によって命に関わる人もあるが、自分自身が感染すれば多くの公的スケジュールにも穴を空けるだけでなく、公的行事そのものの中止や延期となる事から、感染しても病院に行かないとなると更に被害を拡大させる事となるが…
                                   7月2日の一言

回復していた同級生の姿に

 「144-89」、「154-89」は、昨日と本日の私の血圧(市役所内)です。こんな事を記したのは、家族で心拍数の数字が話題になったためで、心拍数の「40」を基本にしてスポーツマンの心拍数が話題となり、「86・昨日」、「114・本日」の私の心拍数は問題外との話です。

 こんな言われ方をされると病人のような気持になりますが、パソコンで検索↓↓したところ異常ではなく、本日の心拍数は運動後のために高く、さほど心配とは思えません。

心拍数 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E6%8B%8D%E6%95%B0
心拍数と運動強度 http://www.geocities.jp/jitensha_tanken/pulse.html

 さて、日曜日の一言に「足のむくみ」を記し、検索した対処法まで添付しましたが、足を少し高く上げて寝ていたところ本日には回復しており、よけいな心配をしたようでしたが、そろそろ心配する年齢になっている事は間違いがありません。

 本日は経済建設委員会が開催されましたが、昼には帰宅できる事となり、議会中に空いたわずかな時間に、同級生ながら独り暮らしで寝たきり状態となった知人の自宅を1年ぶりに訪問しました。もっとも、1年前の訪問時には寝たままで反応もなく、彼と話したのは数年前の事となります。

 彼は私にとっては貴重な支持者でありますが、2年前の選挙には投票も頼めない無反応状態に陥り、本日も生きている事の確認のような気持での訪問でしたが、無反応の玄関から勝手に寝室へ上がりこみ、無反応の身体を揺すったところ、元気に起きたではありませんか。

 声も大きく久しぶりの私に喜んでくれましたが、彼が訪問時に全く反応を示さなかったのは、彼は耳が全く聞こえない状態になっているためで、眼も満足に見えない事からテレビも片付けられていますが、見えなかった眼は見事に回復し、スポーツ新聞が開いてありました。

 本日は彼に指で指図され、広告の裏の白紙にマジックで筆談となり、月・水・金の午前中にヘルパー2人が訪問し、目と耳と内臓の治療には津島市民病院に通院し、週に一度はリハビリにも通っているために、以前の死人のような状態からは見事に回復(何とか立ち上がれる程度ですが)していました。

 訪問する度に無反応であったのは、大声で呼びかけても耳が聞こえないためで、これからは寝室まて入って布団の上から身体を揺さぶる必要がありますが、ヘルパーの存在によって身体も清潔で、病気で独り暮らしだった以前とは段違いで、頑張れば一緒の外出も可能かもしれません。

 ただし、職を失って10年以上となり、身体を壊しても家族は無く、一度は仮死状態の彼を病院に運んだ事もあっただけに、訪問する度に悲惨になっていた生活が、介護保険制度の恩恵から何とか向上していたものの、介護が必要な彼を訪れる友人は1人もなくなっている現実は変えようがありません。

 「おい、暇かッ」と、知人達と行き先も告げずに広島まで出向き(平成8年)、飲み屋の女性に宝石を買い込んだ姿を知っているだけに哀しい現実ですが、数年ぶりの会話となる私が唯一の友人と言われると、何とか自立できる身体になってもらいたいものでもある。
                                   6月11日の一言

野放し状態となった新型インフルエンザに

 厚生労働省は新型インフルエンザに対するワクチンを年内に2,500万人分用意できると発表したが、感染症の専門家のなかには医療現場の医師や看護師などを優先すると、一般市民まで利用できるか疑問の声もあり、旧来の強力な季節性インフルエンザのワクチン接種や、処方によって患者が異常行動を示すとされるタミフルの使用など、多くの問題点も山積する。

 新聞報道でも、数日前までは国内の感染者数が420人などと報じられていたが、千葉県や福岡県など全国各地に飛び火し、正確な患者数についても自信を持って記せないのではないか。
 愛知県においては、現在3名の感染発症が報告されているが、ウイルスに感染したまま野放しになっている人の可能性も否めず、神戸や大阪から発信された経済的悲鳴による国の規制緩和によって、このまま全国にウイルスが蔓延していく可能性も高い。

新型インフルエンザの報道↓
http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/40827256.html

 国の規制が緩められた事から、私の住む津島市でも小中学校の修学旅行を中止や延期せず、予定通り実施すると発表して実施しており、私は延期や中止の議論や決行を発表した経緯について議会で質問したが、明らかに国の厳しい対応に反発した大阪府知事などの発言によって、新型インフルエンザに対する危機感は低下し、事実上蔓延することを前提としてしまっており、千葉県船橋市の中学校は修学旅行に出かけた岩手県で感染しており、健康で身体の頑強な人が感染すると、医療機関にも出向かないままに大量にウイルスがばらまかれ、全国に蔓延する日も近そうである。

 さて、添付した情報でも判るように、関西で新型インフルエンザが広範囲に拡大した理由は、5日に患者が受診していながら18日まで検体の検査もされずに野放しになっていた事が原因だが、感染して発症した患者がありながら、地方自治体は全くの無策であり、県や国の問題としか思われていない旧来からの対応への反省が急務でもある。

 私は風邪で病院に走った経験はほとんどなく、薬局の風邪薬「ジキニン」と頭痛薬「ケロリン」でほとんど治まるが、過去の経験からは風邪でも症状の自己申告で薬が処方された事から、薬局や開業医にも意識改革が必要かもしれません。

 一方で、全国には病気を抱えて苦痛の日々を送っている人も多く、患者の集中する病院の待合室で感染する可能性や、私の娘も妊娠中であるが、感染することによるダメージの大きい人々への配慮が希薄である認識は低い。

 愛知県では数年前から東海沖地震や東南海地震の危険性から、防災ボランティアの養成に大々的に予算を計上し、自主防災組織が各地に立ち上がったが、何時発生するか判らない自然災害への危機感を持続させる事の難しさが実感させられ、予算の先細りに悩まされている組織も多い。

 新型インフルエンザについても、自分の地域で発生していない事から、先の心配は「お節介」や心配性のように思われるが、病気で5年も高校に通った自身の経験や、昨年経験した結核患者との接触者でありながら放置されたままの保健所の対応を考えると、「自分の事は自分で守る」災害と共通する意識で臨むしかなさそうでもある。
                                 6月10日の一言

断片的情報は危険である…新型インフルエンザ

 メキシコで発生した新型豚インフルエンザは、世界中に飛び火し、日本においても海外への渡航履歴のない人が発症し、神戸市から大阪、京都、滋賀と感染者が拡大する中で、政府も従来のインフルエンザと同じような柔軟な対応へ方針変換を図ったと報じられている。

 本日の朝日新聞夕刊には一面に大きく「学校単位で休校判断」、「一般病院で診療可能」と大きな見出しで政府の柔軟対応指針と記されているが、時間に余裕があって新聞の隅々まで目を通せればよいが、忙しい人にはこの見出しのみが印象に残り、間違った認識を持ちそうなので注意も必要だ。

 本日の夕刊には、見出しこそ「柔軟対応」と記されているが、同じく一面に新たな運用指針が添付されており、詳しく読めば「患者数が急増する地域」と、「感染の初期、患者発生数が少数の地域」と比較した対応が記されている。

 つまり、患者が一人も発症していない地域(愛知県も)については、今までの水際対策がそのままに運用されて、学校なども「市区町村の一部または全部、場合によっては都道府県の全部で臨時休業を要請」と記されているので認識間違いは不測の事態に発展する可能性も否めない。

 「これからは今までのインフルエンザの対応と一緒ですよッ」の一言は、テレビから断片的に報道された情報を鵜呑みにした発言で、発言の主は責任ある立場の人物であるが、患者が拡大して確認できなくなった関西地区の対応が名古屋でも報道される事から、患者の一人もいない愛知県の対応は今でも水際対策が必要で、新型インフルは症状が軽いと言われても、感染させられて死亡に至ったとしたら大問題でもある。

 現実に今回の新型インフルエンザのワクチンはなく、軽いと言われる症状についても、幼児や妊婦と呼吸器に慢性的病気を持つ人々には、死に至る危険性もある事と、感染した患者のウイルスを完全に駆逐しないと薬に耐性を持つ強力なウイルスに変異する可能性も指摘されている。

 「このままでは経済が破綻する」とか、「キャンセルが続き深刻」と、大阪府や観光都市の京都の声が全国に発信されてくるが、発病しても症状は軽いと言っても、今回の新型インフルの感染力は強く、いつかは誰かが生命の危険にさらされる事から、経済や商売の差し引きで発言されるのは好ましいとは思えない。

 現実に埼玉県で発症した男性は、17日に大阪に入り、大阪市内や京都市内を観光で巡り、大阪で2泊した直後の20日に埼玉県で発症しており、行動の自由とは言えわざわざ危険な地域に行った事で感染した事は自業自得としか思えない。

 さて、このままではいずれ全国に蔓延する可能性も高いが、本日の国内感染者数302人をいかに治療して、これ以上拡大させない努力は重要で、地域経済の沈下とか家庭生活の破綻との問題については、全国民に定額給付金を実施した政府が真剣に考えれば難しい問題とは思えない。
                                   5月22日の一言
追伸
関係するテレビニュースを添付しましたので、ぜひ動画をご覧ください。
http://news.tbs.co.jp/20090522/newseye/tbs_newseye4139259.html

冷静に対応と言っとる場合か・(神戸に新型インフルエンザ国内感染)

 新型の豚インフルエンザが神戸市内の高校生に感染して発症しており、同じ高校の生徒にも感染している事が報じられてきたが、この高校生は海外との接点もない事から、この地域ではかなり広範囲にウイルスが拡散されている可能性も高く、今後の対応は他人事ではないが自己防衛も重要だ。

 私のような医学と無縁の者でも、メキシコからアメリカに拡大した頃から予想したような結果だが、国際化社会の中で限界はあるものの、中国はメキシコ政府から非難されても、水際で厳しい入国制限を行っており、結果論はさておき政府の人権に配慮した甘い対応がなかったとは言い切れない。

 考えてみれば、ウイルスに感染しても発熱や症状が出るのには一週間程度の潜伏期間があり、新型インフルエンザに感染した海外からの旅行者や帰国した人を、空港で見分けて進入を阻止するのには限界がある。

 今回の国内感染は感染した源が確定してはいないものの、確実に国の検疫をすり抜けて国内にウイルスが侵入した事はまぎれもない事実であり、舛添厚労相は記者会見で「国民の皆さんは正しい情報にもとづき、どうか冷静に対応頂くようお願いします」と述べているが、事態が悪化しても繰り返される会見に進展はなく、責任感すら感じられないのではないか。

 私は4月25日の一言に、「豚インフルエンザ・メキシコへは渡航禁止にすべきだ」と記し、メキシコとアメリカへの渡航制限を記したが、少なくとも厚生労働省あたりは両国から帰国するか来日した人々との間に確実に連絡できる方法は取るべきだったと思われる。

4月25日の私の一言↓
http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/40083277.html

 感染源が特定できないので間違った事は言えないが、確実に海外との接点のない高校生が感染して発症した事は、すでに神戸市内では多くの感染が疑われ、感染源となった人物が観光客とすれば、国内の観光地に飛び火している可能性も高く、舛添厚労相も全国に非常事態との認識を示すべきではないだろうか。

 神戸市では生徒が発症した高校がある灘区など3区の全市立小・中・高校と幼稚園を7日間休校と決め、私立の学校にも要請するだけでなく、神戸まつりやイベントも中止するなど、全市的問題となっているが、神戸を訪れる人まで規制はされておらず、このまま国内にウイルスが拡散される可能性は高い。

 さて、この事は他人事ではなく、昨年4月に結核患者の接触者となった私の経験から、津島市議会でも一般質問で取り上げたが、インフルエンザや感染症などについてはまったく無防備で、患者が風邪と思って診察を受けても、医者から風邪薬が処方されるだけで、体力のある人は薬局で市販薬でも済ませている現実から改めて厳しい対応を求めていきたい。
                                   5月16日の一言

豚インフルエンザ・メキシコへは渡航禁止にすべきだ

 愛知県でウズラの鳥インフルエンザ感染が問題になり、感染経路も対策も進まぬうちに話題にもされなくなっていたが、今度はメキシコで豚インフルエンザが発生し、メキシコ国内で62人が死亡し、国境を接するアメリカにも患者が発生しており、今回は人間の生命に直結する事態だけに、日本にも深刻な問題となる事は必死でもある。

 メキシコでは幼稚園から大学まで休校になっており、行政機関の中には「外部の会合に出て感染しないように」と指示が出され、街を行き来する人々の多数がマスクを着用しているとの報道だが、対処方法の確立していない新種のウイルスだけに、連休に両国へ出国する日本人への規制も必要ではないか。

 メキシコ政府の保健相は「抗ウイルス薬は十分な量がある。豚肉を食べても感染しない」と市民に冷静な対応を呼びかけているとあるが、世界保健機関(WHO)は現地に専門家を派遣して警戒を呼びかけており、今回のウイルスの発生経緯すら不明では全世界に波及する危険性も否めない。

 我々の子供時代から存在するインフルエンザであるが、人類の英知によって駆逐する新薬が登場するたびに、その薬を上回る強力なウイルスが誕生し、常に新薬の開発との競争となっているが、今回の豚ウイルスは患者の多くが元気な若者と言われるだけに予想を超えた拡大も懸念されている。

 さて、以前にも記しているが、「現代では怖い病気ではなくなった」と言われる結核菌についても、怖くないからと治療が遅れると、抗生物質に強い抵抗力を持った結核菌になっている事から、体力の弱った高齢者には感染が死に至る可能性も高く、今回の豚ウイルスについても日本の裏側の事とは言え警戒は重要である。

 新種のウイルスや薬の効かない病原菌に感染すれば、感染する事が治癒しない事を意味し、人権問題から一般に公開されていないエイズ患者についても、知らずに接触して感染すれば、処置方法は大幅に改善されたとは言っても現状では感染して発症すれば死と隣り合わせの生活となる。

 かつてのライ病も完治する病気になったが、かつては強制的に隔離されて家族とも会えないばかりか、地域からも抹殺されたような扱いを受けていたが、エイズ患者については増加の一途をたどっているものの、患者は野放し状態となっており、今こそインフルエンザや結核とあわせて、感染防止の観点から国の積極的な対応を求めたい。
                                4月25日の一言

肺結核・一年前の体験を振り返り

 人気お笑いコンビ、ハリセンボンの箕輪はるか(29)さんが肺結核で入院したことが6日判り、新聞やテレビのワイドショーでも報じられているが、私自身も一年前に近親者に肺結核患者が発生した事から慌てた事があり、改めて当時を思い出す事となりました。

一年前に私が記した結核関係の一言
入院直後の手続き  『この部屋の中が一番危険と言われて』
            http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/31969060.html
感染疑惑  『近々保健所から連絡がいくから…』
             http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/32120862.html
保健所から連絡・検査  『病院でも歓迎されぬ自分の身体に』
            http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/32143130.html
検査翌日  『明日まではハリのムシロ』
             http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/32183135.html
安全宣言  『目に見えぬ結核菌に怯えた3日間』
             http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/32199100.html
本人外泊  『石の上にも3年と言うから…』
             http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/33088237.html
退院  『館長の退院と実兄の訃報が重なり…』
             http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/33443524.html

 さて、一年前に保健所から連絡があった時、私の検査は1ヶ月以上先になるとの事から「すぐにも医者に行って検査を受けたい」と言うと、保健所から「それだと自己負担になるから…」と1ヶ月後の公費負担による検査を勧められ、私は感染していた場合に多くの方々に迷惑と考えて、電話を切った直後に自己負担で検査を受けた。

 今回の事件が発覚した直後のテレビニュースで、すぐに対策を講じた東京都の対応に、「大げさすぎる」と発言したコメンテーターがいたが、愛知県のように感染した可能性のある人物の検査を1ヶ月後に先送りしている例からも、私は結核が完治する病気になっているものの、感染して発病すると翌日には強制的に隔離されて長期入院させられる現実から、東京都の対応を評価するとともに、感染した関係者を野放しにする事で、体力の弱った高齢者に感染すると命の危険も伴う事から、改めて警鐘を鳴らしたいと考えている。

 今回のケースでは、結核の当事者が人気者で、テレビや舞台で多数の人々と接触している事から、東京都が素早く不特定多数を対象に対応しているが、身近に目を移しても、多くの人々と対面する我々議員や、学校の校長先生、市役所の窓口の職員などが感染して発病すれば大変な事態も考えられ、かつての生命に関わる怖い病気ではなくなったものの、多くの人々に感染させる可能性からも、患者と接触した人々の検査は即日公費負担として早急に検査を受ける体制を訴えたい。

 昨年の6月に開催された津島市議会の一般質問において、私はこの結核への対応に対する改善を求めて質問に立ったが、担当する部局は愛知県であり、津島市としては対応する決定権もなく、「保健所に聞いてから…」とか「保健所に伝える…」などとしか職員も答えません。

下記から20年6月議会をクリックしてご覧下さい↓
          http://www.kuronowish.com/~oshika18/newpage401.htm

 「今や結核は怖い病気では無くなった」と簡単に言われますが、感染して発病すれば翌日から短くとも2ヶ月以上の長期入院となり、家の仕事によっては死活問題となるばかりか、家族や近親者の心労も考えると改めて体制改善の発信をしたいと考えています。
                                  4月8日の一言

風邪で絶不調な私に相談されても

 風邪でダウンです…

 それでも訪問される方は判らないので仕方ありませんが、本日は「風邪で寝込んでいるので…」と、後日にしてもらい電話をかけると、後日は後日の再訪問ですが、まるで今日中に全てを聞かされてしまったような展開に至ります。市政に対する不満は先送りがききません。

 「〇〇市の〇〇議員を紹介して欲しい」とは、娘の嫁ぎ先の市で、自宅前の工事に対する交渉が上手くいかない事から、自己主張に対する行政との仲介役となるべき議員の紹介を頼まれた電話ですが、事細かく説明を受けても他都市の内容は何も判らない事と、風邪で返事にも力が入らない事から繰返しの説明が始まります。電話口では風邪とは判らずとも、無気力は伝わるようです。

 さて、一番困るのが市民病院に対する不満で、確かに市民病院の対応の悪さは判りますが、私自身が議員になって一度も市民病院で診察や治療を受けていない現実が理解されていません。
 一昨日近くの開業医に診察を受けた事から、簡単に風邪が治ると思っていましたが、本日は一日中寝転んだままですが、背中まで痛む始末です。

 これだけ苦しい体調で電話を受けても、相談内容や、訴えたい事に対して気力がみなぎりません。ましてや、自分でもかからない市民病院の苦情は、身体を治してもらうという感謝の気持ちが不足しているとしか思えず、「もっと良い医者を見つけたら」とさえ言いたくなってきますが…

 市民病院は二次医療機関となっており、開業医の治療ができない病気や診療が対象となっている事が理解されず、私が一度も診察を受けた事がないとの言葉に、「津島市の議員でありながら…」と、市民病院にかからない事を批判される事もありますが、私は市民病院の治療対象になった事がなく、市民病院への貢献は駐車場代金を支払う事しかできません。

 確かに市民病院は全ての診療科目が揃っている事から、何でも診察が可能で便利とは思いますが、元々が診療対象となる症状ではなく、本日の私の体調を考えたら、私がかかりたい心境である事が、電話口からは理解されていない事が辛く苦しい一日となりました。
                                  3月21日の一言

風邪の包囲網につかまり

 本日は愛知県内の公立小学校の卒業式が開催されましたが、家族中が風邪の症状の中で昨日から今年初めての風邪に感染した模様で、式が終了した直後に学校の近くにある診療所に立ち寄る事となりました。

 この診療所は一年前に開業しましたが、かつてはご両親によって内科と眼科の診療所が開かれており、眼科を担当されていた奥さんは私の父親の同級生であり、ご主人は私の父親のホームドクターでもあった事から、再開の際には親子で挨拶をうけたものの、私には診療所閉鎖中に新たなかかりつけ医が存在する事から中々足が運べませんでした。

 全国から医師の不足が伝わってきますが、幸運にも私の住む津島市においては、市民病院に勤務する医師こそ不足しているものの、地域で開業する開業医の数は多く、全体として考えると地域の医師は充足しており、贅沢にも医師の選択に困るような現実があります。

 私にとってはこの診療所は親の関係ばかりでなく、私自身もかつてはかかりつけ医としていましたが、現在は閉鎖中に受診した医師をかかりつけ医とするばかりではなく、他人の困り事にも紹介するような関係となっており、この信頼関係を壊す事は不可能です。

 さて、明日に大阪の自転車競技に参加する息子も土壇場になってから、契約している実業団チームのユニフォームが到着せず、運送会社に連絡して、宅配する車を追いかけてユニフォームを入手してからの出発となりましたが、風邪を理由にはできない事からボロボロの旅立ちともなりました。こんな時に風邪薬も飲めない事は競技者にとって厳しい現実となります。

 週末の三連休は心の余裕となり、明日は息子を出迎えながら大阪から京都へと考えていると、町内の古老の通夜と葬儀の案内が入り、風邪を治す事に専念すべきとの天の声と解釈する事としました。
                                  3月19日の一言

市民病院改革プランが発表され

 本日は市民病院調査特別委員会が開催され、今月末に発表される『津島市民病院改革プラン』の説明と、質疑や答弁が交わされました。この内容については、3月31日より市民病院のホームページ上に全てが発表され、4月1日発行の広報「市政のひろば」にも概要が公開されますので、本日は目次のみここに記しておきます。

第1章 改革プランの概要
 1 津島市民病院の沿革 
 2 津島市民病院の経営状況 
 3 津島市及び津島市民病院独自の経営改革(平成18年度~)  
 4 公立病院を取り巻く環境と公立病院改革ガイドライン 
 5 改革プラン策定の趣旨・期間

第2章 津島市民病院の果たすべき役割
 1 自治体病院としての津島市民病院
 2 津島市民病院の果たす役割
 3 一般会計による負担の考え方

第3章 経営効率化
 1 経営目標
 2 目標達成のための取り組み
 3 取組の進行管理

第4章 再編・ネットワーク化
 1 津島市民病院の基本的な考え方
 2 地域医療を守る観点から注目すべき政策医療(有識者会議「中間とのまとめ」より)
 3 海部圏域の再編・ネットワーク化における津島市民病院の位置づけ
 4 海部圏域の再編・ネットワーク化に向けた津島市民病院の取組内容

第5章 経営形態の見直し
 1 現在の経営形態
 2 経営形態に関する方針

第6章 外部評価組織
 1 有識者による外部評価組織
 2 改革プラン策定に関する助言
 3 改革プランの点検・評価、公表

 さて、私の個人的考えは、市民病院が公設公営である事から、市民の安全と安心して生活するためには、夜間や休日の医療を充実させる事と、誰しも予期せぬ事故や急病に対する救急体制を充実させ、市民が納得できる医療機関となれば、市税の投入もやむなしと考えていますが、改革プランの第3章には基本目標に平成25年度に経常黒字化を実現すると記されています。

 改革プランには過去10年間の状況と、平成25年度までの収支計画が記されていますが、「本当に黒字化が実現できるか」との議員の質問に、「絶対実現する覚悟でなければ意味がない」と、市長の改革プランと心中するかのような強い抱負が述べられた。

 来月より医師が7名増員され、地元の津島医師会と海部医師会との夜間診療などの協力関係も今秋には増強される予定があり、確実に経営改善は図られているが、一度低下した評判を回復する事は大変な事でもあり、医師や看護師の意識改革にも期待したい。
                                  3月17日の一言
津島市民病院HP http://www.tsushimacity-hp.jp/
市民病院アクションプラン http://www.city.tsushima.lg.jp/rk/files/tm_dl2/pdf/AP.pdf
経営評価委員会 http://www.city.tsushima.lg.jp/index.php?pid=531
市民病院改革プラン 3月31日発表
        http://www.city.tsushima.lg.jp/index.php?pid=595

とにかく時間不足が問題だ

 インフルエンザが猛威をふるい、クラスを閉鎖している学校も多い事から、しばらくは外出を控えたいが、日頃の怠慢から期限を指定された事と、バツが悪い事もあって重い足を引きずって愛知県庁に出向いたところ、対応が良く当方の間違いも訂正に応じてくれ、予定より早く帰宅できる事となり、同行の知人と昼食をすませて帰宅したが、本日は3月末の気温だそうで、風邪に備えて厚着して出向いた身体は汗ばんで、環境に対応できない絶不調の体調に。

 さて、依頼された仕事の山積と、NPO法人の事業報告や税金処理など、しばらくは自分の仕事と時間が取れないが、私の代わりにNPO法人の仕事で市役所に走った知人は、何度訪れても不在の担当者に仕事がストップしたままで、不在の理由はインフルエンザで休んでいる事から、遅れた仕事が更に遅れそうでもある。

 本日は、病院に入院患者からの電話で、入院患者と医師と事務職員、病院のソーシャルワーカーと民間のケアーマネージャーなどの立場の違いから、患者の退院時期や治療計画が決まらない現実を実感する一日となりました。

 少しでも早く退院したい患者の気持ちと、退院してもリハビリができなくなる現実から、患者が歩けない事から医師は当分の入院を勧めているが、早く退院して通院して毎日のリハビリを続けたい患者と、医療スタッフの限界から通院の患者には週2回のリハビリしかできない現実。

 しかも、私が勧めた入院中の病院のソーシャルワーカーに相談せず、民間のケアーマネージャーばかりに相談して、何も次の解決策が何も見いだせない。医師は当分の入院を勧め、事務局も入院が長期化する事に理解を示しているが、本人が早く自宅に帰りたいために混乱する。

 患者は通院して毎日リハビリを続けたいが、歩けない身体で毎日通院する事は困難で、本人からは毎日通院してリハビリのできる病院を私に紹介して欲しいとの話である。

 「大鹿くん、〇△病院と親しいだろう?」
 「でも、何故に?」
 「リハビリに通いたいんだ」
 「病院に相談したの?」
 「ケアマネには相談した」
 「病院のソーシャルワーカーに相談は?」
 「まだ、してない」

 電話だけでは全体の状況が判らず、早く病院を出て行って欲しいと言われているとの話は、世間のうわさ話と退院したい本人の希望で、何度言っても病院のソーシャルワーカーへの相談はせず、民間施設のケア-マネージャー(以後はケアマネ)へ相談し、行き先が決まらない事から私に電話がかかってくる。

 ここで、民間のケアマが次の行き先まで手配できれば問題はないが、はっきり言って患者とは身近でも次の病院や施設を紹介できる力がない個人規模の民間窓口で、せっかくのお客を手放したくない心情は理解できるが、このケアマネが病院との中に入って調整すべきだが、そんな連携もできないのか、したくないのか…

 とにかく、明日にも病院のスタッフに相談して次の展開を考えるように伝えたが、医師と患者の認識の違いは大きく、病院の相談窓口に相談せず、民間へ相談に走る事から、進捗しない現実が繰り返す事となる。

 顧客が少なくサービス満点(相談の時間だけは)の民間の限界と、サービスしたくとも対象が多く限界のある病院の相談窓口との格差が大きく、経営難で苦しむ小規模民間窓口のケアマネが、病院や施設との連携を深め、患者の安心できる在宅プランを提供してくれるように期待したい。
                                   2月4日の一言

筑紫哲也さんの訃報を聞いて

 ジャーナリストでテレビキャスターであった筑紫哲也さんが亡くなった。73才の年齢を聞くと、2日前の一言の繰返しで「あと19年か」と淋しい気持になるが、テレビでガンを公表して闘病生活を送ったものの、所詮ガンに対しては無力だったのかと実感させられる。

 かつて愛知県はオリンピックの誘致に名乗りをあげ、あたかも誘致に成功したかのように浮かれていた時期があり、地元の有力企業を中心としてオリンピックの声が最高潮だった時、当時は朝日ジャーナルの編集長の立場で名古屋に入った筑紫哲也さんは、「絶対に無理だ」と地元に水をさすびっくりの発言をしたのであった。

 書店の〇善で開催されたブックフェアに招かれた際の一言だが、当時の愛知県が地元企業を中心として誘致へ一丸となっている時に、愛知県だけ盛り上がっていても、全国的には何ら関心も高まっておらず、東京に本社を置く大企業との連携もなく、愛知県だけで独善的に進めている姿勢を批判し、実現の可能性が低いとの発言をした。

 当時は愛知県内でのオリンピック熱は最高潮になっていたものの、地元の新聞が書き立てているだけで、全国に名古屋オリンピックが浸透していない現実を、あえて発言したジャーナリスト精神に対して、批判する声もあったものの、その後に誘致失敗の責任から愛知県知事が自殺する事態に至った事から、朝日の記者魂を見せられた気持ともなった。

 私は筑紫さんの健康管理については何も知りえないが、ジャーナリストとして煙草が必需品というような発言を聞いた記憶があり、健康管理に対する甘さとか、「まさか自分が」との思いからガンの早期発見が遅れたのではないかと勝手に推測するものでもある。

 私にとっては、地元紙が圧倒的シェアを占める名古屋で、あえて「朝日新聞」の看板をあげたのは、学生という身分もあったが、記事内容や取材精神を評価して決断したものの、なかなか普及しない紙面を勧める上で、筑紫哲也さんは朝日のシンボル的存在でもあった。

 柔和な表情と、相手の意見も聞きながら、冷静で公正な視点を持ち、時には厳しい批判も淡々と語りつづける筑紫さんであったが、かなりのストレスがたまっていたのだろうか。筑紫さんは煙草をガンの理由にはされたくないと思うが、ガンには早期発見しか対抗できない事と、改めて嫌煙運動を世界レベルまで引き上げる必要性を実感させられた。
                               11月7日の一言

開業医の採点(ランク付)が必要かも

 医療の連携については、私自身も何度も議会で質問に立ち、日頃は開業医のかかりつけ医を持ち、かかりつけ医では対応できない疾病には、二次医療を担当する総合病院を紹介してもらい、それ以上に治療の難しい難病には大学病院などの第三次医療機関で対応するシステムを市民の方々にも勧めている。

 しかし、現実問題を考える時に、かかりつけ医としている開業医が、自分の専門としない病気にも対応し、自分では何ともならない病状になるまで他の病院を紹介せず、紹介された病院でも手の施しようがない例も多く、患者もここまで至るとかかりつけ医を信用もせず、自分のかかりつけ医を持たぬ医療難民が生まれていくのである。

 「かかりつけ医を持ちなさい」の言葉も、かかりつけ医に相談もなく二次医療機関に走ってしまう患者と、「開業医の紹介状が無いと診察しません」と診察を断る二次医療機関(津島市民病院)は敬遠され、直接でも診療する民間の病院に患者が集中し、診察は一日がかりとなる悪循環が繰り返されている。

 実名こそ記せないが、市内の住民が近所のかかりつけ医に通院しても効果がなく、「うつ病」と診断され処方される薬ばかりが増えても、歩く事さえ苦痛になり、紹介状もなく津島市民病院を受診したところ、神経内科が閉鎖され代役の脳外科を専門とする副院長が一見するなり、「パーキンソン病」と診断されたようである。

 日頃服用している薬を見せると、誤診である「うつ病」の薬は必要もないが、本人の血圧が低いにも関わらず、血圧を下げる薬が処方されており、二十数種類にも及ぶ薬が80才を越えた高齢者には逆効果で、「2錠」の薬を除いて、「しばらく薬を止めましょう」と言われて、専門の病院を紹介してもらったが、薬の服用を止めたら歩けなかった身体が3日目には近所を散歩できるようになったと言う。

 「なんで、あんな医者に行っていたのだろう」との言葉に、以前に私が紹介した病院にも行かず、「○×クリニックが気に入っている」と言っていた記憶は皆無であり、お気に入りの先生に「ここもおかしい」とか「ここも痛い」などと言っては処方する薬を増やしていった自分の行動は何も眼中にない。もっとも、診察した医者もこの人の病気を絶対に治すとの意欲も感じられず、患者のご機嫌取りで応対していたと言われても、処方した薬を止めたら回復した事実から反論もできないのではないか。

 それにしても、国の推進するような医療連携は難しく、一度に20個以上の錠剤を口に入れる不必要な処方にも、医師と薬剤師の医薬分業は機能せず、診察についても問診ばかりで触診はほとんど無く、開業医から二次医療機関への紹介はひじょうに高い壁と時間が経過していく。

 実際には開業医と開業医の協力が先決で、それぞれの専門分野で紹介と協力ができれば、かなりの人々が苦痛から救われると思われるが、消化器を専門とする医師に「うつ病」と診断されるばかりか、効果のない薬を処方され、歩けなくなってから総合病院に走る現実があり、日頃健康な年寄りが暇つぶしに通院しているような現実が、本当に苦痛を感じる患者の弊害になっているようにも思えてくる。
                                   9月11日の一言
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