大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

その他スポーツ

競輪選手の小川大地君見参です

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 肖像権やプライバシーも無視して、モザイクも入れずに素顔を添付したのは「小川大地」君で、彼は名古屋競輪場に所属する競輪選手ですが、昨晩は最終日のレース出走後に私の三男を誘って津島市の居酒屋に出向いていたようです。
 
イメージ 2 左の写真が競輪ステーションに紹介されている写真で、デビュー前に「オジサンが応援の横断幕を作ってやる」と約束してあるものの、「恥ずかしいからS級にあがったら…」との約束をなかなか果たしてくれません。
 
 小川君は三男と同じ愛工大名電高校の自転車競技部の出身ですが、自転車一筋の生活を続けており、「競輪選手はダメ」とか、「ロードのプロ選手になる前に資格を取って困らないように…」と、三男の進路に釘を刺した私の反省もあって、将来を楽しみにしている選手です。
 
おめでとう-小川大地選手 2011/1/14(金) 
 
 三男は私の勧めた「柔道整復師」の国家資格を取り、現在市外の整骨院で雇われ院長になっており、独立を目指して頑張っているものの、全国各地のロードレースに走り、実業団の最上級クラスに昇格した頃を思い出すと、国家資格取得後に再度自転車で頑張って欲しかったとは、虫のよすぎる話です。
 
 彼が競輪で頑張っている姿が、三男の独立開業の意欲にもつながっており、全国各地に「大地」旋風を起してもらいたいと期待しています。
 
 さて、私は学生時代からギャンブルは何もしたことがありませんが、唯一体験しているのが議員になってからの競輪で、議員になってしばらくは一宮競輪場を会場とした七市三町競輪組合の議員をしており、この時支給された手当てを使い切って欲しいと言われて投票していましたが、私は競輪で損をした記憶がありません。
 
 「えっ、まさか」と言われそうですが、それは後日の話として、今からは我家の2階で開催される書道会に参加してきます。
 
                本日の体重 71、7キロ  徒歩数 1811歩
                                    2月10日の一言
 

金メダリストの思いやりに感動です

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 本日午後のワイドショーのテレビ画面に、バンクーバーオリンピックの会場からスケートの金メダリスト荒川静香さんの実況中継の声が届けられたが、全くムダのない言葉使いと、後輩選手に対する思いやり溢れるコメントに驚かされた。

 テレビのワイドショーの中では、「日本選手は何個のメダルが獲得できるか」との生々しく、現実的な解説や多くの酷評を聞かされてきた。確かに、バンクーバーにおいて確実に金メダルが取れると思われる選手は見当たらないと思うが、彼女の発言は全く違っていた。

 「荒川さーん、日本はメダルを何個とれるでしょうかネ?」
 「私は10個としておきます」
 「本当に10個もとれますかネ?」
 「世界選手権を制した人は金メダルの実力は持っていますし、何よりも目標を10個とする事で、その中には私も入っているのかなーと頑張ってくれる選手もいると思うので、私はいつも10個としてきました」

 私の記憶から記しているので、一言一言の表現は間違っているかも知れませんが、メダル10個の内容は若い後輩選手達への思いやりと期待を込めたもので、現実は厳しい競技生活を送り、選考やプレッシャーの中で頂点に達した経験に奢らず誇らず完璧で文句のつけようの無いコメントでした。

荒川静香・フリー百科事典『ウィキペディア』↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%92%E5%B7%9D%E9%9D%99%E9%A6%99


 添付したウィキペディアには「荒川家は一般的なサラリーマン家庭で、費用が多く掛かるフィギュアスケートを続けていくためには、母親が衣装を手作りするなど、両親の支えがあった」と記されているが、普通の家庭に育った人ゆえにこんな思いやりのある言葉が出るのかもしれない。

 愛知県からは女子フィギュアスケートの3人を占め、フィギュア大国と言う人もあるが、安藤選手も浅田選手もスケートでは恵まれた練習環境にあるものの、普通の学生生活すら経験しておらず、普通の一般人としても人を思いやれる荒川さんを目標にして欲しいと思います。
                                  2月12日の一言

息子は決勝5位へ家庭内はマスクだらけ

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写真前列中央が息子

 昨日大阪に出かけた三男ですが、大阪万博の会場跡で開催された自転車レースの予選を2位で通過して、決勝で5位の記録と賞金千円を獲得して帰ってきました。高校を卒業して初めての大会でしたが、展開によっては優勝も狙えた事と、3位以内で上級への昇格を目標にしていたので、喜びも半分のようでしたが、実業団の選手と互角に戦える自信も持ち帰った様子でした。

第1回サイクルロードレース大阪in万博公園2009↓↓
           http://osaka-cf.com/yoko/1st-banpaku-yoko.pdf
組み合わせ表⇒ http://www.jbcf-net.org/entry/20090320_banpakuRoad_list.pdf

レース結果⇒ http://www.jbcf-net.org/result/20090320banpaku_result.htm
レース記録⇒ http://www.cyclowired.jp/?q=node/3314
レース写真⇒ http://www.cyclowired.jp/?q=image/tid/409&page=1

 四月からは専門学校に通いながら、コムレイドという実業団チームのユニフォームで走るわけですが、昨日も3時間をかけて在来線を使って自転車と荷物一式を持ち立ったままで大阪に向かっており、記録に期待するためには会場や宿泊への親の協力が重要となるのかもしれません。

 さて、家中に蔓延していた風邪の猛威も、最後に感染した私が医者に出向いた事で終息になると思われますが、季節の変わり目の風邪は外気温への対応が難しく、寒いのか暑いのかも体が感知できず、汗が噴出しそうになったり、咳が止まらず苦しい思いをしましたが、今年は風邪にはならないように思っていただけに残念に思います。

 「もうすぐ帰ってくるから」と、帰りは新幹線の車中となった息子の帰宅を前に、全員がマスクを探しながらの待機となりました。

 スポーツ選手が家族にいると、薬物検査(ドーピング)に引っかかる可能性から、風邪をひいても薬が服用できない事により体力の回復に時間がかかり、競技成績に及ぼす影響も大きい事から、風邪を移さないために周りの我々も全員がマスクをつけた生活を強いられます。

 三男も花粉症に悩まされ、呼吸も苦しそうですが、それを負けた理由(言い訳)にできない事と、風邪などは自分の体調管理もできないと言われる事から、息子が競技生活を続けていく間は我々家族の体調管理も重要となる事を久しぶりに実感させられました。
                                  3月20日の一言

息子をダシに外出に成功したものの

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 「お父さん、今日は頑張ってねッ」と、午前中から家内に言われていましたが、午後になってから自転車のローラーに乗ると言う三男に、「お父さんを30キロで引っ張ってくれ」と言った一言から、息子も外出して木曽川に近い農道でアップする事で合意しました。

 さすがに私へは鬼面の家内も、子供の練習について行く馬鹿親父までは引き止める事ができず、私はまんまと外出に成功しましたが、これからが大変な展開となり、寒風に向かい逆風の北西に向けて自転車を走らせるものの、息子ははるか彼方に消え去り、風に向かう坂道はペダルを踏んでも自転車が走りません。

 「頼むから25キロで走ってくれ」と言ったものの、それでも息子の姿は遠くなり、「たっ、頼む、20キロにしてくれ」と言っても強風に立ち向かうとついていけません。何度も息子が戻ってきながら、息子がアップに利用している木曽川沿いの農道まで辿り着き、自動販売機をさがすものの周りは田畑ばかりで見当たりません。

 黙々と自分の練習を繰り返す息子を尻目に、自分はある自転車乗りのブログにいつも写されてくる場所まで走りましたが、木曽川の堤防の上に出たのが失敗で逆風は今まで以上に強く、足の痛みよりも涙で前が見えない位の風を黙々と走って、辿り着いたのが上の写真です。(携帯の感度が悪いですが、温度計の電光掲示板です)

 自転車を降りた私の足は、まるでペダルを回すように勝手に走り出し、今にも転びそうな状態で、自転車を杖がわりにして移動して記念撮影です。この傍らを見慣れたユニフォーム姿のペアが津島市の方へ走り去っていきましたが、ヘルメットもなく白いジャンパー姿のマスク人間を走り屋とは認識もされず、次々とロードマンが走り去っていきました。

 ただし、ここからの帰路は追い風となり、スイスイと自転車は走りますが、寒さに手が強張る展開となり、息子の練習場所に戻ったものの、息子の姿は見当たらず、それでも親馬鹿で万が一と待ち続けましたが、どうやら行方不明の私をおいて帰った様子から、ついでに市内散策を兼ねて走る事とし、元旦を迎えて露店が建ち並ぶ津島神社(写真下)にも立ち寄り、馴染みの喫茶店経由での帰宅となりました。

 これでも限界で精一杯の私ですが、帰宅後の私を待つ息子の言葉は容赦なく、「あれじゃー、ママチャリのお母さんより遅いわ」と言われる始末で、いくら頑張っても高校生の息子の前を走る可能性は皆無で、年相応の走りに徹して来年8月を目標に走ります。もっとも、4月からは息子が毎日早朝練習をはじめますから、練習する機会は増えますが、問題は私の3日坊主にありそうです。
                                     12月30日の一言
追伸
カメラのお蔭でユーラシア号(昭和55年製)も輝いてみえるでしょう。

寒風吹く長良川でロードレース観戦

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 本日長良川の木曽三川公園で開催された、自転車レース(冬の長良川クリテ)に息子が出場するために、朝7時から車で出発したが、前日から我家で泊まって当日参加を目指していた息子の後輩は、当日の受け付けが認められず、息子のサポーター役の一日となってしまった。

 来週にも犬山でロードレースを控えているが、息子にとっては来週が高校生最後のレースとなり、来春からは実業団チームのユニフォームを借りて走る事になるが、本日も来週も会場となるコースが狭く、全力発揮とは思えないが、実力のあるプロ選手と互角に競ったと思ったが、息子はプロとの実力の差を実感した様子でもあった。

 さて、最近ではアマチュア選手でも高価な自転車を使用しているが、プロ選手の使用するホイールやタイヤには、息子の自転車では太刀打ちができず、本日のレースも友人のタイヤを借りて参戦したが、高校生のギヤは枚数が少ない事から、逆風では力で先頭に迫っても、追い風では追いつかれるレース展開だったが、一度はプロを先行した事が本日の収穫だったようでもある。

 夏の鈴鹿ロードの活躍から、親バカで少しでも好結果を期待して、早朝より息子達と自転車を積み込んで、寒風が吹きっぱなし(本日は少しは温かかった)の長良川堤防に立ち、夜までかかって息子の後輩を名古屋まで送りつけての帰宅となったが、競輪学校を選択せず、ロードのプロを目指す息子に将来の勝算は立っているのだろうか。

 それにしても本日の大会に集まった車のナンバーは、近隣の県ばかりではなく、遠方からの参加者もあり、こんな寒風吹く中でのレースに薄いユニフォーム一枚で走るロードマンたちのやる気がどこから起こってくるのか不思議に思われる一日となりました。
                               12月7日の一言
追伸、見苦しい携帯電話での写真は近々取り替えます。

スポーツなら事故は減らしたい

 一宮競輪場で死亡事故が起こり、今後の活躍が期待できる人気選手が尊い命を散らし、新聞各紙にも報道された事で、日頃人々が目にしない場所で行なわれていた競輪が身近な社会問題として語りかけられてきた。関係記事↓

 11日午後1時20分ごろ愛知県一宮市の一宮競輪場で開催中の「第51回オールスター競輪」の初日第7レースに出場した宇都宮市小幡、内田慶選手(27)がレース中に転倒し、頭などを強打して死亡した。
 同競輪場によると、内田選手はバンクを5周するレースの最終周回の第3コーナー付近で、両脇の自転車2台に挟まれた状態になった直後、突然前のめりに転倒した。レースには9選手が出場していた。事故直後は意識はあったが、午後1時35分ごろ、心肺停止状態となったという。
 日本自転車競技会は同レースについて「相互接触による落車が原因で違反行為などはなかった。原因としては前輪の故障などが考えられる」としている。
 内田選手は02年8月にデビュー。現在、S級1班に所属するトップクラスの選手。今回のオールスター競輪にはファン投票で選ばれた。


 先月には福井県丸岡町で開催された自転車ロードレースでも、出場した会社員がコース脇の電柱に激突して死亡する事故が起こり、その後のレースが中止されている。関係記事↓

 3日午前7時40分ごろ、福井県坂井市丸岡町の県道で、自転車ロードレースに出場していた大阪府吹田市山手町の会社員、黒田正巳さん(48)がコースを右に外れて道路脇の電柱に激突、胸を強く打って約1時間半後に死亡した。現場は平地の田園地帯の直線道路で、同県警坂井署が事故の原因を調べている。
 坂井市体育協会によると、この日は1周約27キロの公道コースで同市や同協会が「全日本実業団サイクルロードレースin丸岡」と小学生以上の一般向け「古城グリーンロードレース」の2つの大会を開催し、黒田さんは実業団レースの52キロ競技に参加していた。
 ほかの競技でも参加者4人が鎖骨の骨を折るなどの重軽傷を負ったという。
 2つの大会に計約1400人が参加する予定だったが、事故を受け一部の競技が中止となった。昨年の大会でも12人のけが人がでている。


 事故後にもレースが続けられた競輪と、直後から競技を中止したロードレースと事故後の対応に大きな違いはあるが、共通する事は極めて危険を伴う競技だという事である。競輪場のバンクの傾斜角度は壁のように大きく、ロードの山岳コースでの下りは落車すればケガどころか命に直結する。

 息子が高校に入って自転車競技を始めたが、大会や競技の心配は落車によるケガで、競技結果以上に家族には身体が心配となる。競輪選手にとっては鎖骨が折れたぐらいでは翌日のレースに出場するのが当り前と聞くが、ヘルメット以外はほとんど身体を守るものがない状態で、格闘技とかわらぬ身体のぶつかり合いでゴールを目指す。

 自転車に限らず、モータースポーツにしても事故は選手の生命に関わるが、悲しい事はギャンブルゆえか落車してケガを負って担架で運ばれる選手にも罵声が飛ぶ事で、今年6月に一宮競輪場で開催された高校生による決勝レースにも競輪ファンの心無いヤジが飛ばされていた。

 さて、自転車選手の練習には一般の道路が使われているが、昨年には千葉県で練習中の高校生が車に追突して命を落としている。安全対策も重要だが、普通でも危険な道路環境下で、自転車専用道とまでは言わないが、歩道と車道の区別や道路の段差解消も急務との認識が欲しい。
                           9月13日の一言

シマノ鈴鹿ロードレースへ

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写真上はタイムアタック決勝前の息子
写真下は先行する息子です

 本日は鈴鹿ロードレースに出場する息子の同伴で、早朝より家内と鈴鹿サーキットに走り、雨中のスタンドで観戦する事になりました。

 昨年の鈴鹿ロードレースでは息子は落車して救急車で運ばれており、そんな心配と同時に、私が観戦したレースでは勝ったためしがなく(家内は優勝も見届けていますが…)、天候も2日前から東海地区を記録的な豪雨が襲っており、最悪なコンディション(私の体調も)で濡れながらの観戦となりました。

昨年の鈴鹿(息子)↓
http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/24888595.html
http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/24767308.html

 エントリーしている個人タイムアタックは、午前中の予選で127名中8位に入り、決勝に出場できる20名の枠に入り、本日最後の決勝レースに進出を決め、「高校日本一を破った事がうれしい」と、昨年も決勝に進んだ最高速チャレンジを調整で走ろうかと、最終レースを意識した様子です。
タイムアタック予選(結果)↓
http://www.shimano-event.jp/result/08suzuka/017-1.pdf

 さて、息子の記録を見たいために、ずぶ濡れになって会場を歩き、午後の「調整」と話した最高速チャレンジを待っていると、「現在は1位」とのメールを残して音信不通に、家内に連れられ会場を歩くもカメラが濡れて顔が強張ってくる。

 それでもこんな事もあります。最高速チャレンジでは社会人や高校スプリント日本代表を抑えて息子が第1位となっていました。またもや家内に連れられて試合記録を確認に雨中の会場を歩かされます。
最高速チャレンジ(結果)↓
http://www.shimano-event.jp/result/08suzuka/result070-1.html

 そうして迎えた本日の最終レース「タイムアタック」は、決勝に残った20名に加え、外国からの招待選手5名と、主催するシマノの専属プロ2名を加えた決勝戦です。途中まで5位だった順位も、最後には13位になりましたが、高校生ですので「良くやった」と誉めてやりたいと思います。
タイムアタック決勝戦(結果)↓
http://www.shimano-event.jp/result/08suzuka/050-1.pdf

 暗くなった会場から、遠く離れた車の駐車場まで、息子の獲得した景品(私は米袋)を背負って汗をかきながら歩き、息子は亀山市のホテルに降ろし、我々は我家まで帰り、明日も一番で鈴鹿サーキットまで走り、雨中の観戦となる予定ですが(明日も大丈夫か)…
                            8月30日の一言

ソフトボールの金メダルに、ただ、ただ涙

 昨日は陸上の男子2百メートルで、ボルトの世界新記録による百メートルに続く2冠達成に感動させられたが、本日は女子ソフトボールの日本代表が金メダルを達成し、感動させられるだけでなく、家族の前で涙をこらえるテレビ観戦となりました。

 それにしても、エースの上野由岐子投手は昨日の午前中のアメリカ戦に負けたものの147球を投げぬき、夕方にはオーストラリアとの対戦にも登板し171球を投げて勝利を導き、本日のアメリカとの決勝戦にも先発したのだから驚きの体力と闘魂である。

 過去に何度も対戦して圧倒的な力を誇るアメリカに対して、前日の2試合で318球を投げぬいた上野が先発する事にも驚きが隠せないが、同情を許さないベストピッチングで、堂々と投げぬいて勝ち取った金メダルに、たとえ金メダルが取れなかったとしても、勝利のために消費したカロリーは日本選手で一番の活躍ではなかったか。

 昨日の21回と本日の7回を一人で投げきった根性は見事だ。こうなるとプロ野球の一線級を選りすぐった男子野球チームの試合からは根性に値する姿は見受けられない。どこにあれだけの闘魂と体力が残されているのだろうか。

 さて、昨日から投げ続けた上野投手のご両親は、この試合をどこで観戦し、どんな心境で金メダルの瞬間まで見届けたのかに私の興味は尽きない。いったい、どんな親から生まれてどんな環境で成長してきたのか。この試合のテレビ中継の解説を務めた宇津木前監督ですら、解説者の立場を忘れて絶叫と嗚咽をもらした試合を、私は家族の顔色をうかがい、上を向き、歯を食いしばって観戦していた。

 「本当に自分一人ではないと思い、自分を信じて投げました。ここまで応援していただいた人々やファンに感謝したいと思います」の試合後のインタビューにも感動である。「苦しい時もありましたが、… 最後は気持の強い選手が勝つんだと思いました」の言葉を記憶にとどめたい。

 オリンピックも終盤となりましたが、女子選手の活躍と奮闘が記憶に残るオリンピックとなったのではないでしょうか。金メダルにこだわる報道に苦言の一言も記しましたが、メダルを獲得する事での感動とスポーツの醍醐味も感じる一日となりました。
                             8月21日の一言

スポーツの感激秘話に涙

 汗と涙の高校野球の熱戦が続き、オリンピックでは北島選手が自分のペースで堂々と闘い、銅メダルを獲得したバタフライの松田選手については、出身地の「ビニールハウスのプール」から、当時の師弟関係を20年も続けている恩師の胸にかけた銅メダルなど、結果や戦績よりも人と人との人情や信頼関係の秘話に興味を感じる自分の年齢も実感する。

 久しぶりに高校野球を観戦し、かつて愛知県の東邦高校の監督として数々の戦績を残された阪口監督が指揮をとる岐阜県の大垣日大高校の試合を観戦するかつての東邦の教え子達。愛知県から駆けつけた教え子の「ご苦労様です」の一言に、無言でうなずく阪口監督の顔。

 このやりとりを見ているだけで涙腺が緩み、「おめでとうございます」の一声が発せられない。還暦を過ぎても変わらぬ闘志で指揮をとる監督と、いいオヤジになっても恩師のもとにかけつける教え子の姿に感激した夏は、阪口監督の後を引き継ぐ教え子の森田監督の指揮で明日の3試合目に東邦が登場する。

 さて、「日の丸に絶叫するオリンピック」に批判的な一言を昨日記したが、絶叫しなくとも勝つ者は勝ち、期待された男子柔道は惨敗が続き、女子柔道が見事な一本勝ちを続けている。オリンピックには参加する事に意義があると言われていたが、姑息な闘いで勝っても感動はない。

 前記した水泳の松田選手については本日の新聞記事を読んで、4才の時に宮崎県延岡市にあるビニールハウスのプールで練習を始め、多くの大学から進学を勧められても、恩師も一緒に練習できる環境を求め、愛知県の中京大学に進んで二人三脚で今日に至っており、現在も「反骨心を大切にしたい」と、三分の一は故郷の「ビニールハウスのプール」で泳いでいるという。

 松田選手が寒さに震えて泳いだビニールハウスのプールは、松田選手が高校時代に延岡市の補助でボイラーが設置され、久世コーチは仕事を辞めて水泳の指導に専念し、家族を残して単身赴任で愛知県に移り、4年前の個人コーチから今回は全日本コーチとして帯同した。

 活躍するスポーツ選手の多くは、首都圏の大学に進路を求め、最高の待遇と練習環境を求めて故郷の練習環境を顧みない例が多い。「支えてくれた多くの人々に感謝したい」と語るメダリストは多い。この気持と感動を忘れないで欲しい。
                          8月13日の一言
関係記事・朝日新聞↓
http://www2.asahi.com/olympic2008/news/TKY200808130221.html
http://www2.asahi.com/olympic2008/news/TKY200808130199.html

四国の理解者が家族に増えて

 香川県で自転車の指導を受けるとの話から、数日前息子の知人のお宅に託してきた三男が、本日の早朝に深夜バスで名古屋へ戻ってきた。

 今回の四国行きは息子が計画し、泊めていただく知人が誰かも知らず、相手が女生徒と判った時にはびっくりもしたが、わざわざ岡山までお母さんと出迎えてもらって恐縮するとともに、その知人が全国有数の戦績を残す選手とも知らず、「娘さんも自転車をやっているんですか」と質問した自分の無知が恥ずかしいと反省ばかりでもあった。

 ともあれ、息子はこの知人を通じてアトランタオリンピックに出場し、現在もプロ兼コーチとして活躍されているM選手の練習に参加させてもらい、貴重なアドバイスもいただいて帰った事から、今後の展開に期待したいものでもある。今春の選抜大会に出場し、地方大会で優勝し、今夏も全国が当り前と思っていた息子にとって、この夏は厳しい現実と、ケイリンもロードもこなす事の限界と、基本すらできていない未熟さをM選手から悟ったようで貴重な体験ともなった。

 四国では自転車のペダルを回してばかりと思っていたら、泊めて頂いたお宅のご両親にご厄介となり、ことでん(高松琴平電気鉄道)の1日フリーきっぷを買ってもらい、景勝地の屋島へ出向いたり(私はここで走ったと勘違いしていました)、お父さんにはボートを出してもらい釣りに出かけたり、日本夕日百選の有明浜(ことびき公園)や、食事に誘ってもらい優雅な夏休みを満悦して帰ってきた様子でもある。

 人も車も通らぬ早朝の名古屋駅で、息子が持っていると思った自転車がなく(自転車のために出迎えたのに)、息子に尋ねると、「バスのトランクに入れて振動で自転車が傷付いてはいけない」と、宅配便で送ってもらったとの話に、我家では考えもしなかった展開に、知人やご家族の配慮に感服の一語でもある。

 さて、四国は我家では私の専売特許でもあったが、今晩は息子が四国の主役となり、「四国に行ったら安く泊まれる所を見つけた」と、私の四国遍路の参考にとパンフレット「天然温泉琴弾廻廊」を持ち帰ってきた。寺から寺を目標に走る私の視界には入らない施設であり、仮にHPを見ても判らない情報に素直に感謝し、私以上に四国の「ご接待」にはまって「今度は皆んなで行こう」と話す息子から、改めて四国の魅力を感じる夜となりました。

 息子がお世話になった香川県のHさんご一家と、M選手に感謝し、今度は私がご接待する気持ちと、今までの息子だけの観戦から知人やM選手の活躍にも期待していきたいと思っています。四国は最高~
                                   8月7日の一言
天然温泉・琴弾廻廊HP↓
http://www.kotohiki-kairo.co.jp/

落ちてくるアンズとともに

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 事務所前のアンズはすでに無くなったが、奥にあるアンズがこれから最盛期を迎え、雨とともにドンドンと音をたてて屋根に落下し続けている。

 こちらは熟するまでしばらく必要であるが、鳥が真っ赤な色に惑わされて突付きにやってくるので、実に穴や傷がつけられてしまうと、ゴミと化してしまうので、来週にはハシゴに登って収穫する必要にも迫られそうである。

 事務所前のアンズは下の歩道にころがり、歩行者や自転車に踏まれると、道路が甘酸っぱい臭いに包まれるばかりか、踏まれた残骸処理が大変だったが、奥のアンズは落ちて朽ちても心配はないが、大きいうえに数が多いので、差し上げれば喜ばれるが、ハシゴが届かない高木に成長しているために収穫は大変でもあるが、落ちれば傷物になるので収穫が必然ともなってくる。

 添付した写真は、落ちて屋根のトイに残っていたもので、これだけでザルに一杯となり、見上げると想像がつかない量のアンズが枝をしならせている。

 さて、アンズの落ちる話は結構な話だが、昨日から大垣競輪場で東海大会から全国を目指していた三男が、団体も個人も1着の差ながら進出ができず家内と帰ってきた。明日もロードが残ってはいるが、最近は全くロードの練習をしていない事と、11位まで認められる全国大会出場が、同じ高校の人数ワクによって息子は3位以内でないと認められないため、かなり厳しい一日となりそうでもある。

 「もう、止める」との競技終了後の息子の一言に、監督から夏の東北大会や秋の国体のために頑張るように説得されたようだが、意気消沈した家内と違って、私はこの惨敗が自分の足下と将来を見つめ直す、良き機会になったのではないかと思っている。

 我家には陸上の走り高跳びで全国5位の表彰台に上がった長男がいるが、当り前のように東京の大学から誘われて入学したものの、ケガにより競技生活を止めて大学生活を7年もおくりながら、未だに自分の進むべき道が見つけられずにいる。次男も相撲の全国大会まで進んだものの、誘われた大学には進まず大学1年で退学してしまった。

 私の反省だらけの人生でも、すでに54才になってしまい過去に自問自答する事も多く、成り行きだけでは後悔する事も多い。「大鹿さんは良い時に辞めたね」とは、同業だった新聞販売店主の一言だが、我々の掛けていた共済年金は60才から支給され、現在より有利な年金額との話だが、私は議員に転出時に一時金でもらっており、息子の学費と化してしまっている。

 議員になった当初は、地元国会議員に特別に可愛がられたが、私はそんなシガラミが大嫌いで、親戚筋の大物県議にも政党への入党を奨められたが、「私は政党が嫌い」と断り、一匹狼となって9年が経過している。人生は成るようになるものでもあり、本日の挫折が三男のコヤシになる事を祈りたい。
                              6月21日の一言

(朝)事故の予感が、(夜)優勝に変わって

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 本日は横井庄一記念館の一日であったが、携帯電話に設定した目覚まし時計の時間より早く携帯が鳴り、びっくりとして時間を確認すると、三男の携帯電話からの呼び出しで、何事かと思って出ると家内の「裕一が…」と慌てた声に、一瞬は息子が事故にでもあったかと心臓が凍りついた。

 「ゲタ箱の上に靴を忘れてきた」
 「えっ、何ッ?」
 「今、犬山に来ているけど、靴(自転車競技用のシューズ)を忘れてきたから」
 「何事なんだ?」
 「今日、大会なんだけど…」

 昨晩も帰りが遅く、息子の顔すら見ていないばかりか、早朝から家内と犬山市に出かけて行った事も知らないし、白い靴と言われてもどれなのかが判らない。寝ぼけ眼(まなこ)で靴箱をひっかきまわし、問題の靴を発見した。

 「今すぐ、持って走ってきて!」
 「悪いけど、そこまでは行けない」
 「シューズがないと出場できないから…」
 「時間(記念館の開館まで)が無いし」
 「とにかく、途中まで戻るから走ってきて!(プッッ)」
 「おい、おーい!」

 顔も満足に洗えない状態で息子の靴を助手席に乗せて(写真下)早朝のドライブとなった。帰宅後に歯をみがいて着替えるとボランティアのTさんの姿があり、記念館に走ると開館より1時間も早い結果に、完全なる寝ボケの一日となった。

 さて、記念館の一日が終わり、帰宅するとスポーツドリンク「リゲイン」の箱が並んで置いてあった。「おー、あいつは子供のくせに、こんなのを飲んでいやがるんか」と、親の悲哀を感じていると、「それ、お父さんにあげるわ」と家内の声が。

 顛末を聞くと、本日の大会で個人と団体(愛工大名電)で優勝した息子へのスポンサーからの景品との事であった。「そうか、1位だったのか」との喜びを隠し、「そりゃー、オレの持って行った靴のお陰だから当然だ」と平常を装ったものの、その他の立派な景品には声がかからなかった。

 三年間かかって、何とか全国レベルの結果が伴うようになってきたが、しばらく続く大会が三男の将来に大きく影響するため、当面は息子の体調維持と試合へのサポートが私にも求められて(息子は何も期待していないが)いるのかもしれません。
                              6月1日の一言

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四日市での息子(自転車)

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11月4日に四日市市で開催された「第3回全国ジュニア自転車選手権」での息子(三男)の写真です。私の初観戦と撮影です。
ゼッケン8番の紫のユニフォームが息子です。

積み重ね。

 僕は高校の自転車部に入っています。自転車と言うとサイクリングから競輪やロードレースがありますが、僕は競輪やロードレースをやっています。 部活に入る時は正直、簡単だとか思いながら入り先生には素質があると誉められていました。
 だけど現実はそんな簡単にはいきませんでした。毎日自分の限界を超える練習をしながら強い人との競争や挫折を味わうこともたくさんあります。スクワットなどは自分の体重の2倍を挙げ、吐きそうになりながら走ります。やめたいと思う時もあります。そんな練習に慣れる気配はなく、今でも体重は毎日の練習で2キロ以上痩せたりして体調管理がとても難しいです。ご飯もそれなりに食べないとダメです。そんな感じで今までを過ごしてきました。
 今日、僕は名古屋競輪場で愛好会指定練習というのに参加しました。
1キロとハロンという坂を掛け下して200メートルを走るのを計りました。1キロはタイムが下がっているんですが1分20秒で走り愛好会の中では速かったです。ちなみにベストタイムは17秒なんでかなり遅いです。200メートルは速く走れました。1キロの調子が下がっているんですがこれからどんどんタイムを上げていきたいです。
 昨日名古屋競輪場の黒須さんと言う愛知の競輪の一時代を築いた方と話をしました。5分くらい話をしていたんですが、けんすいを30回やれるようになったら強くなると言われました。僕は21回くらいで30回はなかなか出来ません。だけど頑張ろうと思いました。なぜなら黒須さんに先生が僕の事で話をしていたらしく期待されているんだからと言われました。 先生はいつも厳しくて少し甘えたりすると厳しい言葉を言われます。そんな先生にそうやって期待されてたことが嬉しかったです。なのでいつも厳しい先生だけどそうやって思ってくれてる以上、僕は先生を信じ全国優勝と言う大きな勲章を勝ち取り先生の自慢できる選手になりたいと思います。
 今年は世界選手権優勝した選手や競輪などで優勝、表彰台を東海地区が独占するくらいの激戦なんですが、そんな中でインターハイの舞台に進めるのならば必ず日本のトップ10のチームに入れるでしょう。なので激戦の中で勝てるよう頑張ります。
来年には必ず全国優勝をし先生の期待に応えられるように頑張りたいと思います。
                           4月15日息子(三男)の一言

 

三男…勉強なんかしなくても良い

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 最近は政治の生臭い記載が続いたので、私の三男のユニフォーム姿を送信しました。相変わらず写りの悪い携帯電話ですが、気休めにご覧下さい。

 私には3人の息子(1人は娘)がありますが、長男と次男は身長も高く、長男も次男も高校から誘いを受けて入学し、長男はインターハイや国体で走り高跳びの選手として活躍し、「オリンピック選手に育てたい」と誘われ大学に入学した。次男も体力を見込まれ、相撲部であったが全国大会に出場し、大学でも助っ人部員としてテレビに放映された事もあった。

 三男は運動神経は良いものの、身長不足が影響してか陸上部では際立った記録が残せず、自力で二人の兄と同じ高校に進み、入学後に自転車競技部に入ったのである。幸いにして自転車競技との相性もよく、中学の陸上経験が役にたち指導者達にも期待されている様子である。

 ただし、二人の兄達と違って親の心配は格段に大きいのである。まず心配は何と言っても交通事故である。実際に何度も電柱や標識に引っ掛かり、ひき逃げ事故にも遭遇している。
 又、事故以上に心配となるのが、親のサイフの中身である。競輪場で走る競輪用の自転車が中古で20万円。ロードで使う中古も30万円かかり、その後に自宅で練習用のローラーが欲しい、固定ローラーも欲しいと続き、最近では多くの部品を注文し、レースへの参加や新車にも目を輝かせているのである。

 「大鹿さん、息子さんにホイールを注文されたけど…」と本日は電話がかかってきた。息子が地元を意識して注文したと喜んでいると、十数万円の注文である。こんな顛末が続いているが、スポーツを通じた交流は心地よいものがある。こんな息子にもプロの師匠があり、年齢差を越えた交流があり、親バカが入り込めない世界にいる。

 「勉強なんかしなくても良い」と、汗を流すスポーツだけに期待する親バカを喜ばす事ができるかどうか。暫くはサイフと事故の心配が続きそうでもある。
                                 3月23日の一言

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