大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

ペット

孫の学習発表会から相棒リマを回顧して

津島市文化会館前

大ホール

発表中

園長先生の挨拶

本日の写真です。

 孫の幼稚園の生活発表会が開催され、家内とともに鑑賞に訪れましたが、私には4人の子供がありながら一度も発表会を訪れたことがなく、孫のためなら何でも参加するリタイヤ後の現在と現役時代を対比させてしまいました。

今年 令和4年12月4日の写真です

第56番仙遊寺境内

本堂

参道の紅葉
4日前の駐車場

こちらは三年前の写真です

2019年7月14日の写真です

相棒リマです


 この時は我家の相棒も元気で、私たちと一緒に四国を一緒に廻りました。


今は…

写真と一緒です

リマのウエアとリマの遊んだ人形が同行です

4日前の遠景


 相棒が逝って2年半が経過しましたが、四国遍路の巡拝中には至るところで相棒リマの元気だった姿を回顧してしまいます。

こちらは7年前の写真です

2015年9月20日

第13番大日寺の近くを散歩中

2019年7月15日

第71番弥谷寺の駐車場

令和1年10月13日

第73番出釈迦寺・捨身ヶ嶽禅定

2019年10月12日

第75番善通寺駐車場で四国フォト広瀬さん撮影

2018年5月5日

西国巡礼 石山寺駐車場


2年前に記した一言

 私にとっては子供でもあった相棒リマが居なくなり、殺伐とした大人ばかりの生活を余儀なくされており、そんな中では私と同じ日に生まれてきた孫は、孫と言うよりは私の分身のような感覚で眺めてしまいます。その孫と私の誕生日が迫ってきました。


天国の相棒リマへ手紙が届いて

ホームセンターが大好きだったリマ


本日、私の相棒だったリマへ予防接種の手紙が届きました。残念ながらリマは2年前に天国へ召されており、生年月日まで記された手紙が届いたことでリマの存在が公的に残っていた喜びの半面で、我が子を亡くしたような当時の悲しみがよみがえり涙がとまりません。

リマの生年月日2008(平成20年)年7月11日
リマの没年 令和2年5月25日

2011年04月12日
予防接種に訪れたリマとモモ

わが家では私が生まれた時から愛犬が飼われており、愛犬と共に生活するのは当たり前の環境でしたが、リマの登場から寝食を共にするような生活をしており、私の大好きな上高地や四国遍路も一緒に同行させていました。

 
小梨平キャンプ場の相棒リマ
2020-05-27

私の少年時代には犬は屋外につながれるのが当たり前でしたが、リマの先代となるモモがやってきた平成14年からは台所で生活させるようになり、リマは寝る時にはケージに入れましたが私と3メートル離れた場所で眠り、家の中で全く我々と同じように生活させていました。

そんな訳で、リマは現在でも庭のお墓でそのまま眠っていると思うようにしており、上高地や四国遍路に行く車の助手席にはリマのウエアをかけ、後部座席にはケージとリマが我が家へ一緒に持って来たストレス解消に振り回していた人形を同行させています。


我家にとってリマの存在は大きく、家の中だけでなく車の中で家内と口論になると自分のケージに入ってしまうため、リマが存在することで大声による口論も自制していました。

その反動は大きいですね。自分の父親が亡くなった時でも感じなかった悲しみがずいぶんと続き、私と家内はリマの後継となる愛犬は一生飼わないことにしており、リマが居ないことで家庭内の和やかな環境はずいぶんと減ってしましました。

リマの先代 モモ

2011年04月28日

こんな心境になったのは、リマの先代となるモモが人一倍人恋しく、雷が鳴っても悲鳴をあげ、私たちが上高地や四国遍路に行って不在の時は食事を一切口にせず、一晩中ヒーヒーと鳴いていたことから、小さなリマは完全に我が子のように生活させた反動と思います。


久しぶりに過去の懐かしい生活環境を懐古する一日ともなりました。


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