大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

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お気に入りブログで涙を共有して

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本日の夕暮れ 月・水・金曜日はウォーキングの日です

 本日はお気に入りとしているブログを読み、可愛がっていた愛犬の最後が記されており、我家の4年前の愛犬モモの最後と重なるものがあったことから、過去に去っていった我家の愛犬や猫、ヒヨドリ、亀などと、最近のピーちゃんまで、自分の記した最後の一言を読み直す一日となってしまいました。

 朝一番で市役所職員と私の事務所で打ち合わせの約束があり、その後にこのブログを目にしたことから、その後の市役所との打ち合わせは、電話連絡と情報交換はメールでやりとりする一日ともなってしまいました。


 私の中学時代の恩師で、毎週火曜日に書道の指導を受けてきた後藤毅先生が、2年前に愛犬を亡くしてからしばらくは愛犬の話ばかりで、ついには「畑に居たら愛犬のナナが紋白蝶に生まれ変わって会いに来てくれた」の一言を聞き、「そんな馬鹿なぁ」と内心思っていましたが、実はみんな同じような心境を共有しているのですね。

 中学時代に怒鳴るように注意され、思いやりもない先生と思っていた恩師が、実は愛犬を亡くして涙を流す老人になっている姿に、歳月の経過を実感するとともに、還暦を過ぎてから映画やテレビを見ても涙がでるようになった自分の姿を重ね合わせます。

 もっとも、中学時代には恩師に困られる不良少年で、人にいたずらをするのが大好きだった私が、モモを庭に埋葬する時に嗚咽が止まらず、2階で書道中だった恩師や仲間にその姿を目撃されており、ピーの話をされると自然に涙が漏れてくるのも恩師には知られており、こんな私や恩師の姿を共有していたらもっとまともな中学生になっていたのかもしれません。

 書道会のメンバーも大きく変わり、最初に書の指導をお願いした恩師長谷川丈夫先生も鬼籍に入っておられ、同級生の女性2人も亡くなっており、この一言に記してあったことから命日も判りますが、記してきたことから、過去を振り返って読み直すことも増えました。


 会ったこともないブログを通じた人物の書き入れた記載に涙をもらい、同じ体験をした痛みを共有していることに悲しみを払拭し、力強く発信された記載に元気をもらって、何とか元気な日々を送っていきたいと思う一日となりました。

            本日の体重 70、7キロ 徒歩数 7867歩 間食あり
                                     12月2日の一言

ブロ友さんから直傳靈氣のヒーリングを受けて

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 何をしているのか判りますか? 私の後ろに立つのは、女優の上○彩さんのようにも見えますが… 

 実はヤフーブログ繋がりの?さんに、直傳靈氣のヒーリングを受けている写真で、選挙中の約束とは言え、人相の悪い白髪のジジイが事務所で若き女性の手当てを受けている姿は、知らない人には異様に映るかも知れません。

 そして、?さんのブログには、既に本日の様子が紹介されていました。


 本当に有難うございました。不思議な体験ですが、これからは必要とする人が増えそうな予感と、科学では文字として説明のできない体験に、私の化石級の頭の整理と理解が先決で、?さんのセラピストとしての魅力と思考にも驚きとなりました。

 さて、本日は午前中より市民の方からの地域要望がありましたが、市役所への電話で用件が済んでしまい、次に訪問された方の依頼に現地へ同行し、仕事が順調にすすんでいましたが…

 「選挙のポスターやパンフレットの残りはありませんか?」
 「そんな物をどうするんですか?」
 「家の前に飾りたいと思って」
 「それは公職選挙法で禁止されていますよ」
 「じゃー、家の中に飾ります」
 「私のような年寄りの写真を何故に?」
 「自己満足です」

 名古屋市在住の方からの電話で、ネットを通じて私をご理解されている様子から、津島市に来られた時にお会いする約束をしましたが、最近はホームページやこの一言を通じた会話や交流が増え、前記した?さんもお互いのブログを通じての知り合いです。

 私はホームページもありますが、このヤフーブログに書きたいことを身勝手に書き込んでいるため、同調してくださる方や、四国遍路や上高地を愛する人などから連絡をいただき、?さんのように連絡ができ、直接お会いできる「ブロ友」が増えており、このことが沖縄から北海道まで拡がってきました。

 上高地の縁で知り合った「ホームレス画伯」こと渡辺氏は、千葉県のお宅まで訪問する仲になっており、画伯から3日前に紹介された吉田氏は、日展に15回も入選しているだけでなく、広島県の薬剤師会の会長も歴任されており、お互いを「変わり者でないと面白く無い」と意気投合する出会いにもなりました。

 本日の?さんとの交流が、?さんの本日のブログに紹介され、追いかけて私が書き込む展開に、ブログの新しい魅力を感ずるとともに、反面では他人になりすませた書き込みや、悪意を持ったコメントが存在することにも警鐘を促し、ブログの輪を拡大していきたいと思う一日ともなりました。

 さて、直傳靈氣を受けた後に訪れた珈琲店で、昨年7月より封印してきたシュークリームを食したこと(だけではありませんが…)から、本日の体重は久しぶりに70キロを越えており、明日から始まる市役所の日程の中で、適度な運動にも心がけたいと思う夜にもなりました。

                 本日の体重 70、1キロ 徒歩数 1447歩
                                     5月7日の一言

過去10年間の本日の一言を振り返って

 本日は4月1日です。エイプフルフールの日でもありますが、新入社員には新年度の初日にもなり、教師や公務員にとっては異動先での仕事始めの一日ともなり、冗談を言っている場合ではありません。

 本日の愛知県は小雨ながら終日の雨模様となりましたが、選挙が近づいているものの私自身は後援会員の半分も訪問が済んではおらず、傘をさして地域を歩く一日ともなり、病院や施設へ移動するボランティアの依頼も重なり、来客と別れたのは午後11時を廻っていました。

 ブログのネタ切れを隠すため(笑)でもありますが、過去10年間の4月1日の書き込みを読み直してみると、この一言によって過去の行動を思い起こすことができ、これからは過去の書き込みも読み直して、世情の移り変わりと同時に、私自身の反省材料にしたいと思います。

2014年04月1日 平成26年
 本日より消費税が増税となり  http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/47952049.html
2013年04月1日
 ボランティアの尻拭いに走る  http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/47179501.html
2012年04月1日
 三男の初仕事と引っ越しに  http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/46172911.html
2011年04月1日 平成23年
 エイプリルフールの一言 http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/44889471.html
イメージ 12010年04月1日
 連日の県庁訪問が続きます

 NPO法人の委託料の請求のため仕事の遅れていた健康福祉部へ建築関係の課長補佐さんに同行してもらった顛末が記されていましたが、記載から偶然にも県庁へ挨拶廻りに訪れた津島市の幹部職員との出会いや、部下への挨拶が終わるのを待っていた県の幹部職員が、現在は津島市の副市長になっていることにも年月の経過を実感させられずにはおれません。

2009年04月1日
 エイプリルフールの話ではありません  http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/39670097.html
2008年04月1日 平成20年
 遍路の出発前に難題が集中して  http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/31759824.html
2007年04月1日
 誰が手を振ったの? http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/17163352.html
 
 この日はすでに県会議員選挙が行われており、通過していく凱旋カーの発言と私自身の選挙の進め方について記されていますが、同じ繰り返しを続けて5回目の選挙が迫っていることが実感されてきます。

2006年04月1日
2005年04月1日 平成17年
2004年04月1日
 
 さて、このブログを訪問していただいている人には、私が昨年7月より管理栄養士さんから食生活や生活習慣の指導を受けていることと、半年の期間をかけて体重が減少してきた記録も、書庫にある「 私の不摂生と健康・医療 」を閲覧してもらえば判りますが、数年ぶりに再会する人には驚きと同時に、病気になっているのではないかと真剣に心配されてしまいます。


 今にして思えば、昨年7月より私自身の顔や体型を記録し続けておれば、テレビコマーシャルのような変化を実感してもらえそうですが、私自身に減量の目標がないままに指導を受けだしており、体重が減りだした9月頃からでも記録しておけばよかったと思っても、こんなに痩せる(10キロの減)とは思ってもおらず、ブログ運営者としては残念の一言しか思い浮かびません。

               本日の体重 69、8キロ 徒歩数 8097歩
                                     4月1日の一言

メール発信の不調についてお詫びいたします

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昨晩は携帯電話からメールにて送信したところ、送信したもののこのブログに表示されず、パソコンと携帯電話の不調と思い、多くの試験的発信を繰り返しました。

朝になり、送信していた試験の写真が、全部表示されていることが判るとともに、試験的に送信した意味もない添付に対して、訪れていただいた人々の足跡が残されていました。申し訳ありませんでした。

原因は判りませんが、朝も送信しても表示されず、しばらく不調が続きそうです。深く考えると寝不足になるため、調子を見ながらの発信となります。宜しくお願いいたします。

毎日見ているよの一言に応える一言です

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 この写真は、今から27年前の平成元年1月に発行された「ふるさとアサヒ」に掲載された写真で、単車の名前はホンダシルクロード250ccと言い、ライダーは現在還暦を過ぎているYさんですが、このときは34歳の若さだったんですね。

 「毎日夜に見ているよ」の一言は、本日の書道会終了後にYさんの発した言葉で、このブログが「面白い」との一言もあったことから、当時私の発行していたミニコミ紙の写真を掲載してびっくりしてもらおうと添付しました。

 改めて当時の記事を読み直してみると、当時はYさんのプライバシーもお構いなしに、本名だけでなく出身大学や勤務先まで記されており、現代社会なら「訴えてやる」と言われそうな内容にびっくりですが、本日も「なんだー!! これはァー」との驚嘆の声が聞こえてきそうな書き込みです。びっくりしたら今すぐ電話下さい。「えっ?何時電話するの?」、「今でしょう」

 このシルクロードと言うオートバイは、セル始動だけでキックが付いておらず、エンジンがかからないことも多く、押しがけで大変な思いをした記憶もありますが、この単車で上高地や大阪まで(私はVF400Fで)一緒に走っていったことが懐かしく思い出されます。

 さて、私のVF400Fについては、現在オートバイについて詳しい市役所職員に預けてあり、整備して車検も受けようと考えていますが、添付した写真の当時には毎週のようにツーリングに出かけていました。

 ミニコミ紙のふるさとアサヒについては、B4版4ページで一万部づつ毎月発行していましたが、当時は印刷に時間がかかるだけでなく、印刷費用も膨大になってスポンサー探しに四苦八苦しました。
 現代は印刷費用だけでなく印刷にかかる時間も早くなっていることから、再度発行しようかとも考えますが、何よりもこのヤフーブログなどネット社会の発展には驚きで、写真をそのまま添付して誰でも自由に発信できるようになりました。自分の30代の写真を掲載されたYさんの感想が聞きたいものです。

              本日の体重 71、0キロ 徒歩数 1622歩
                                   3月3日の一言
追伸
本日津島市議会では一般質問が行われ、7名の議員が登壇して午後5時過ぎまで議会が続きましたが、明日も8人の議員が登壇予定となっています。質問ができない議長を除いて18名のうち15名が質問に立ちます。

ブログの闘病記が出版されたとの新聞記事に

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 本日は早朝の会報配布から一日が始まり、町内の私より一年先輩になる方の葬儀に参列してから仕事がスタートしました。
 
 とりあえず、3月1日に発行予定の神守中学校同窓会報の原稿依頼に走る予定でしたが,その前に市民の方からの相談が続き、思うように仕事が進捗せず、修理に出してあった携帯電話を受け取りに走ると、今度は受付の順番待ちの時間が「90分」と掲示してありました。

元NHK記者の末期がん闘病記 「死」までの1年つづる

 本日の新聞記事に、末期がんを宣告された元NHK記者が、亡くなるまで約1年間にわたって書き綴った「どーもの休日」が出版されたとの報道を見つけ、筆者の65歳という年齢と、22年前に同じ年齢でガンにより他界した私の父親の最後が思い浮かんできました。


遺稿 さようなら
すい臓がんの末期患者になってから始めたこのブログもいよいよ最終回である。
本音を言えば、せめて70歳までは、せめて子供が結婚するまでは生きていたかった。その意味では誠に残念・無念である。

しかし運命には逆らえない。あの世にもいろいろ事情があるのだろう。そう思って少しは明るい気分で逝くことにしたい。両親や祖父母、友人、すでに逝った職場の先輩なども彼岸にはたくさんいる事である。この世の報告をしてあの世のことを教えてもらおうと思う。

末期がん患者になって心配したのはウツになり人生の晩年を暗い気持ちで送ることであった。振り返ってみると幸いなことに極端なウツ症状はなく比較的穏やかな精神で生活が送れたのではないか。そう思っている。

ブログ、下手な油絵、カラオケ、食べることへの執着などの生きる目標がそれぞれ役割を果たしてくれた。もちろん家族やブログを見てくれる多くの人が精神的な支えになってくれたのも大きな要因である。と言っても平常心で淡々とした心境で最後の時を迎えたという訳でもない。常に頭の片隅に間もなく死ぬという思いがありプレッシャーとなった。何かやるたびに無力感・絶望感も漂った。
立派に生きていくのは難しいものだが、立派に死ぬのもなかなか難しいもの。
若い頃から無常観について惹かれて関心があったのも少しは悟りに役立ったかもしれない。

これまでの人生。たくさんの人のお世話になった。迷惑をかけた事もたくさんあった。それでも楽しく人生を送ることが出来たのは縁を結んだ数多くの人の好意があったからである。
本当にありがとうございました。皆様のご多幸を祈念しております。さようなら。

 上記の遺稿は、生前に故人が死去した際に送信するよう言われていたものだそうで、ご家族が発信された遺稿ですが、「当ブログは同じすい臓がんで苦しむ人のお役に立ちたいという故人の意思でしばらくの間はこのまま掲載させていただきます」のとご家族の配慮で、ブログを読み直すことにより我々の励ましともなります。

 今から22年前には、人々が自分の体験をネットで発信できる「ブログ文化」は存在せず、インターネットさえ普及していなかったため、父親の胃ガンが肝臓に転移した末期がんと診断されてから、ガンに関係する雑誌や書物を集め、結果的には何も効果が無かった「水」や、高額となる「健康食品」を取り寄せたり大変な半年間の闘病と看病の日々となりました。

 この半年間に集めた資料については、現在では時代遅れの医療レベルとなっていますが、当時では最前線の資料になっていたと思われ、私の書庫に眠らせたままとなりましたが、公表できる機会があれば参考にはなったと思われます。

 さて、現実には親しくなったブログの運営者がガンを発症し、闘病日記が始まったものの、治療の厳しさと体調の限界をブログ記事から実感しつつ、投稿の発信間隔が広がり、記事の投稿が途絶えてそのままになっていても、ご本人の安否どころか名前も顔も判らず、中には亡くなられたために廃止されたブログには、二度と見ることができない寂しさと悲しみが払拭されません。

  
本の内容紹介
 定年退職後、第二の人生に思いを馳せていたさなか、突然、余命6カ月のがん告知を受けた著者が、暗中模索の闘病生活をつづった人気ブログ「どーもの休日」を書籍化。「限られた時間を精一杯生きた記録。こんな生き方ができるだろうか」池上彰氏推薦!

どーもの休日
●元NHK記者と家族の〈末期がん闘病記〉
  著者: 近藤彰
  本体価格: \1,500(税別) サイズ: 四六判並製 310頁  発行年月: 2014年10月刊
 
 本日の葬式では、故人は私より一年先輩で、満年齢は62歳であるものの、「行年64歳」と読み上げあげられ、病気もなくまったく突然の訃報だったことから、我が身にも起こりうる現実と、22年前に「余命1ヵ月、早ければ1週間」と宣告された父親の人生も重ね合わせながら、このブログをご覧下さった方々とは情報を共有し、是非とも情報不足にならないことと、ブログによる生きがいで長寿を果たしたい心境となる一日となりました。

             本日の体重 71、5キロ 徒歩数 約1万5千歩
                                   2月4日の一言

ピーちゃんや私の体重からブログ文化を実感して

 昨日の一言に、我家のスズメ「ピーちゃん」の近況を記しましたが、野生のスズメを飼育することは禁止されているため、スズメの飼育を指南する専門書はなく、私は限られたネット情報と体験談を探して眼も開かぬヒナを育ててきました。
 
 さて、ブログ文化とも言われるようになりましたが、昨日の訪問者履歴の中にスズメ関係のブログがあり、そのブログ運営者の「お気に入り」の中に、我家と同じ「ピーちゃん」というスズメを16年3ヶ月も育てられた人が存在することを知りました。
 
 早速ブログを訪問し、過去の飼育記録を読み、16年3ヶ月というびっくりする長寿に心強くさせられるとともに、ゲストブックに「長寿の秘訣を教えて欲しい」と記したところ、貴重な体験談を記していただきました。
 
長生きの秘訣を教えていただけたら幸いに思います。
            ↓
早速、ピーちゃんの写真を拝見しました。
我が家のピーちゃんとそっくり!(笑)

お問い合わせの秘訣ですが
我が家では16年間、餌の他に岩塩をずっと置いてたのと
水浴び、砂浴び用の容器を置いてました。
毎日、何度も水浴び、砂浴びをするので
周囲は水や砂だらけになるのでその都度掃除が大変でした。

それと何度も食べ物を喉に詰めて死にかけた事もあり
その度に家内が爪楊枝で取り出したり
口をつけて吸い出してました。

それと何度か様子が変になって
動物病院に連れて行って注射も受けました。

家中、糞だらけになりますが
毎日、朝から8時くらいまで放し飼いで
夜は捕まえて籠に入れ階段下の物入れが
ピーちゃんの寝室でしたね。

小鳥が寿命途中で亡くなる大半は人間が誤って踏んだりすること、
家具の隙間に入って出て来れず、見つけてもらえなかった。が
多いようで
我が家も何度も大騒ぎで捜しましたよ。

その他、16年の思い出はいっぱいです。

大事に育ててあげてください。
 
 昨日の一言にも記しましたが、部屋の中を自由に飛び廻らせてやりたいと放した際に、家具の隙間からどんどん入っていき、何処にいるのか判らなくなり、大慌てで探しましたが、過去には子猫が倉庫で行方不明になったことがあり、最近でも水槽から脱走したザリガニが行方不明になったままで、体験者しか判らない記載は貴重な指南書になることを実感させられ、早速記載されていた「岩塩」を買い求めて鳥カゴの中に入れました。
 
 16年3ヶ月の飼育体験は貴重です。条例で禁止されている野鳥の飼育ですが、足元に羽も生えず眼も開かぬスズメのヒナが落ちていれば、救いたいと思うのが当たり前で、役所の窓口で「そのまま放置せよ」と言われても「放置できない」のが人間らしい行為と思います。
 ※親が近くにいるヒナや、巣から捕ってきたヒナを飼育するのとは違います。
 
 私の一言は身勝手に想いのままに記していますが、ピーちゃんの飼育体験を参考にされる人も存在し、それぞれのブログの書き込みを参考にし、体験談を指南書がわりにされていることは、ブログだけに限りませんが、市民の発信が確実に生活文化となってきたことを実感させられます。
 
 他力本願ではいけませんが、6月27日より管理栄養士さんの指導を受けていることで、80キロ前後あった体重が減少を続け、今月の10日からは73キロ台になり、21日には初めて72キロ台を記録し、昨日の72、9キロに続き本日も73キロ以下になりました。
 
 この体重の変化が健康診査の数値を改善しており、この一言に体重を記録し続けることの効果は確実にあり、訪問された人の書き込み内容は参考になり、意識の共有から励みにもなります。ブログ文化の恩恵を実感されられます。
 
 本日朝食前の体重 72、3キロ → 昼食後の体重 72、6キロ
           本日夕食後の体重 72、9キロ 徒歩数 10054歩
                                  
                                    11月26日の一言

ヤフーブログから引っ越しの案内が届き…

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我家の隣のお寺の駐車場です
 
 本日は私の住む愛知県西部地域も朝から雪が降り出し、一時は10センチ程度の積雪となりましたが、道路の通行には支障がなく、午後には雪が雨に変わったため、夕方には添付した写真のようになりました。
 
 ただし、歩道は雪と雨が混ざり長靴でないと歩けないシャーベット状態になっており、これからバスを降りて帰宅する人々は大変で、「明日は強風が吹き荒れる」の天気予報を聞かされると、明日の凍結が心配となりそうです。
 
大鹿さん
ご無沙汰しております。PCがXP⇒WIN8に変更になりプロバイダも変更しますので
今月でyahooブログも出来なくなります。facebook御検討お願いします。
 
 長年一緒に発信してきたブログ仲間からゲストブックへ本日の書き込みですが、ブログ仲間と言うだけでなく、ブログを通じて知り合い、お互いの住所や携帯電話番号を交換するだけでなく、実際にお宅を訪問したり、顔をあわせるようになった知人のヤフーブログ撤退には寂しさが募ってきます。
 
 同じようにブログを通じたお付き合いが、ブログの更新が途絶えてそのままになったままの人も多く存在しますが、ブログの内容がガンの闘病記だった知人も存在し、住んでみえる市町や病院は判っていても、名前まで知らないままの別れは悲しさが漂います。
 
 一方で、フェースブックや他のサイトのブログに誘われるものの、複数のブログやサイトを同時に運営することは時間的に難しく、私はヤフーブログのみとして、お気に入りりブログを訪れることしか出来ませんが…
 
 同窓会報の編集が締め切り直前となり、引用する写真や原稿の確認作業が続きますが、予定では本日の朝に編集者の住む一宮市まで走る約束がしてあったものの、大雪との天気予報から昨晩の深夜に走り、本日の未明に帰宅しました。
 
 おかげで雪に見舞われることはありませんでしたが、原稿の確認と、広告の内容が変更されている事から、明日の夕方にも編集者に届ける必要ができ、最終的には日曜日に完成させて印刷所に出す手筈になっており、印刷後の全戸配布まで責任はあるものの、何とか一息つけそうになってきました。
 
 さて、知人の他サイトへの移動を記しましたが、学校関係のネット環境に関しては、未だに「一太郎」しか使わない教員からそのままデータが提出され、メール添付した写真が表示できないソフトが使われているケースが存在し、自分のパソコンで表示されても送付先で表示できないなど、確実にデータが送付できないため、USBやカードにコピーして手渡す必要があり、こんな不都合も解消してもらいたいものですね。
 
                                  2月14日の一言

本日の一言の書き込みが満10年を経過して

 平成16年2月に、ホームページ上で私の一言を書き出してから、本日で満10年が経過したことになり、読み直すことはありませんが、読み直すと懐かしさだけでなく、10年の年月によって世の中の環境が大幅に変わっていることが実感させられます。
 
 下に10年前の2月13日分に記した一言(つぶやき)を添付しましたが、当時は国の大号令で市町村合併が急がれており、私は市町村合併に反対の立場であったものの、選挙の応援に訪れた旧祖父江町議会選挙の個人演説会に立ち、候補者は合併推進の立場であったが、昭和30年に津島市と合併した我が町「旧神守村」が、50年経過していても対等になっていない現状を記しています。
 
祖父江町会議員選挙個人演説会場で…
  愛知県祖父江町では、現在、町議会議員選挙が開かれており、私も仲間の応援のために連日出かけている。
 昨夜の個人演説会で1人の町民の方から質問がでた。「合併したら、祖父江町の名前はどうなってしまうのか」と言う質問に、候補者から「祖父江町の名前は無くなり、稲沢市〇X町になる事になっています」と説明したところ、「それでは祖父江の名産品のギンナン等の名前はどうなるのか」と具体的な質問が出された。自分達の町の名前が消える事に対して、町民からは納得しづらい声があがった。
 私の住んでいる旧神守村の名前は、昭和30年に津島市との合併によって無くなった。以来、50年近く経過しているが、未だにその名前の呪縛から解かれてはいない。未だに旧市内との施設等の格差が問題にされたり、現住所の説明には「旧の神守村の・・・」が自然に使われる。大きな市町に吸収される町の動向に注目したい。                         平成16年2月13日のつぶやき
 
 先週金曜日に図書館協議会が開催され、今週月曜日の出納監査の対象も津島市立図書館でしたが、図書館の収集する歴史資料について、旧神守村部分の資料がほとんどないことが告げられました。
 
 旧神守村にも、戦前から「神守山文庫」が存在し、ガリ版刷りではありますが昭和14年には「郷土研究」として地元の歴史資料が発行されていることから、明治17年に21あった村が5の村に集約され、明治39年に「神守村」が誕生しており、少なくともそれ以後の記録が昭和30年に津島市となるまでは存在したものと考えられます。
 
 昭和30年の合併と、平成10年に旧神守村部分の神守支所が新庁舎に移築したことで、過去の歴史資料が散逸してしまったと考えられ、合併によって吸収された村が後回しにされる悲哀は現在まで続き、公的施設や公園の不備などはなかなか解消されません。
 
 昨日訪れた旧祖父江町の長岡地区に残る「おびしゃ」祭についても、地元では厄払いのためにかなり広範囲で開催されていますが、1ヵ所だけの「おびしゃ」が大々的に発信されている愛西市と比較すると、稲沢市では発信もされていない現状を、地元の人から「稲沢市には厄払いは国府宮神社の裸祭りが翌日にあるから」と説明してくれました。
 
 10年前の一言を読んで、10年一昔と言いますが、これからの人生の記録として、議員を引退しても書き込めるうちは書き込みを続け、自分のストレスを発散するとともに、訴えることで世の不正や理不尽な慣習を改善できればと思っています。
 
明日からは、新たな一歩が始まります。
                                    2月12日の一言

来月で「本日の一言」が満10年を迎える現実に…

平成16年2月…
 
 「今時、インターネットは当り前だ…」とか、「パソコンもできない地方議員ではなぁ…」の大合唱に、「じゃー、毎日何かを記すことにする」と語ったところ、「そんな出来ない事を言っても絶対にダメだ」と言われた中を、本日の一言を記し始めました。
 
 平成16年2月13日は、稲沢市と合併を予定していた旧祖父江町の町議会選挙が告示されており、私は応援を依頼されたK議員(現稲沢市議会議員)の個人演説会に参加し、翌日には意気投合した落語家の浪漫亭砂九(ろまんていすなっく)さんと津島市内で座談会と出前寄席を開き、その翌日には津島市文化会館で開催された「生でおいしい水道水」をテーマとした講座に参加していました。
 
 初日は「つぶやき」と記し、2日目は「独り言」とし、3日目は「叫び」と書き、4日目に「一言」となりましたが、その翌日には「午後のひととき」とし、その次は「朝の一筆」と記しており、その翌日には「不慣れなパソコン操作で全画面が消えた半日後、2月19日の夕方」と記されており、パソコンから消えた画面を復旧するために徹夜同然でもがいていたことが思い出されます。
 
平成16年2月の一言 http://www1.clovernet.ne.jp/oshika18/log162.htm
 
 当時は私のホームページ「津島の新しい風」の中で一言を記しており、4月からは「一言」になっていきますが、2年ほど経過してからパソコンの不具合が繰り返し、平成18年11月1日からこのヤフーブログの一言に移行してきました。
 
 
 10年一昔と言われますが、来月の2月13日には「満10年」となり、当時の一言を読み直すと、その日の行動をそのままリアルに記しており、私の活動や行動を知ってもらうために記されており、当時は写真も添付されていません。
 今にして思うと、1年間に365日分記しており、単純計算でも3千650日分の一言を記してきており、全てを読み直すのも大変な時間がかかりそうです。
 
 平成19年頃からは、感度は悪いものの携帯電話の写真を添付し始めており、四国遍路や上高地の旅先から携帯電話を利用して一言を書き込むようになり、最近はデジタルカメラから当り前のように挿入しています。
 
 さて、本日も同志とともに地域へアンケート用紙を配布しており、地域の知人宅にも立ち寄って昔話や今後の街づくりに花を咲かせてきましたが、議員になる15年前までの行動力と体力を思い出し、議員になる前の行動が懐かしくなってきました。
 
 来月の13日からは、10年前の自分の行動を回顧しながら、10年前とは確実にレベルアップした発信を続けていきたいと思います。
 
 満10年までのカウントダウン、あと20日
                                 1月23日の一言

ここへの訪問者が二十万人を超えて

訪問者 今日 112   全体  200150   開​設日​: ​20​06​/8​/1​4(​月)​  
  すべて表示 (2700)      平成25年10月25日午後10時現在
 
 上に添付したのは、この一言の本日の訪問者数ですが、実は昨日に20万人を越えることが予測できたので気にはしていたものの、気がついた時は既に越しており、20万ピッタリの記録は残せませんでした。
 
 実は、この一言については、ヤフーブログは、平成18年11月1日よりスタートしていますが、私自身の一言は、平成16年2月13日より私のホームページ「津島の新しい風」上でスタートしており、来年の2月になると満20年となります。
 
16年2月13日の一言 
 
 一言をスタートした当時の原稿量は、現在と比較すれば非常に少なく、写真も添付できない文字の羅列で、読んだ人から「長すぎて一言ではない」とか、「長いと読む気がしない」と散々な感想が寄せられていました。
 
 一方で、「そんなに長文を続けると、ネタ不足になる」との助言もありましたが、毎日必ず何かを記すことを(いわば政治公約として)前提にして、途中でパソコンの不調に悩まされ、ヤフーブログに移行し、万が一の事態にパソコンの予備を用意し、旅先からは携帯電話で写真転送し、現在は車中からも書き込みができるようにしました。
 
 「ブログに本名を書くなんて非常識」とか、「誰か判らないところがブログの魅力」など、パソコンの先輩となる知人から言われるスタートでしたが、多くのホームページやブログが消えていった中で、現在まで一日も欠かすことなく一言が続きました。
 
 決して人気のあるブログではなく、何かに特出した魅力もありませんが、読み手の気持ちも考えず、私の自己満足だけで続けた一言ですが、このブログを通じて連絡が取れるようになった人や、実際に顔と顔を合わせた人が多数存在しています。
 
 実際に四国遍路については、このブログから仲間ができ、その関係者からの情報が実際に役立つようになり、上高地についても他の発信が情報となり、私の発信を読んだ人から、実際に電話での問い合わせもありました。
 
 パソコンやネットに関係する犯罪が社会問題ともなりますが、パソコンやネットによる情報量は莫大になっており、たかだか私一人の行動についても、正直な発信を続けることは参考になる可能性も否めません。
 
 現実問題として、私の健康審査については、私に2項目のチェックが入り、再検査を受ける状況を記したところ、ネット上でのアドバイスや励ましもありましたが、直接連絡してもらった人も存在し、私の個人的な問題ではあるものの、明日の再検査の結果や、その後の動向についても記していくことで、参考になる人も存在する可能性から、とりあえずは来年2月13日の「満20年」を目標に、健康管理に関する書庫も増やして頑張りたいと思っています。
 
 皆さんの励ましや助言に感謝する一日ともなりました。
                                10月25日の一言

ブログを記す気力が殺がれました

 本日は7月5日から1日おきに開催されていた平成24年度決算審査の最終日となり、今月は毎月末に開催される例月出納検査まで、暫し市役所の会議室から開放されることになりました。
 明日からも予定は入っているものの、日程の変更可能な予定が多いことから、5月の臨時議会から6月定例議会、7月からの決算審査が終わったことにより、議員になって14年目にして初めて夏休みを迎えられるような心境となりました。
 
 さて、昨日の一言に、隣のあま市で起こった生活保護費の不正受給事件について記しましたが、このことで津島市の生活保護を担当する職員と課長さんが待っておられ、私の記載が津島市でも同様な事案が存在すると誤解を与えるとの指摘がありました。
 
 この中に、『津島市でも「酒を飲んでパチンコ屋ばかり行っている」と(私に)通報のあった受給者も存在することから』の記載があり、これは事実であり書き直す気持はありませんが、この当事者について津島市は対応済みであり、あま市の事件と一緒に思われる可能性があり心外との担当者の一言に、それでも現実には不正を考える市民が存在する中で、津島市はそれを許さないとした職員の指摘に頼もしさを感じ、本日も記した次第です。
 
 ただし、職員の意気込みに関係なく、何とか生活保護費を受給しようと不正を考える住民も存在し、私の周りにも津島市で受給要件が満たされず受給できないことから、市外に転出して生活保護費を受給した住民も存在し、今後は自治体間で連携した検証も重要と私は思います。
 
 さて、さて、ここからが本日の本題です…
 
 と、記して、「書き込み中」にして、ここからかなりのスペースに記した一言が、ネットの接続の不具合で転送されていないばかりか、記事そのものが行方不明となり、これから書き直す気力が湧いてきません。
 
 記載内容は、格安で四国遍路に誘う旅行社の新聞広告に対する内容で、昨日に旅行社の遍路プランを収集したアドレスも添付し、遍路の現実問題も記してありましたが、とても書き直す気力はないため、明日(本日)に改めて記したいと思います。
 
お遍路―各旅行社のプラン  http://blogs.yahoo.co.jp/tokisa3316/18070716.html
 
歩き遍路友の会東海  http://blogs.yahoo.co.jp/s281218_0417
 
 容量の関係かどうかは判りませんが、最近では表示まで時間がかかり、こんな不具合もあると気力がそがれますね。
 
 自業自得ではありますが…
        最近はパソコンの動きが重くなってきました。
 
                                8月7日の一言
 
 
 

gooブログにアンテナブログを開設して

 かつては同じヤフーブログで私が当り前に訪問していたブログの中には、他人からの中傷や不適切なコメントに嫌気がさして閉鎖されたり、本人の病気の悪化や入院からそのままになっているブログもありますが、ヤフーとのトラブルが原因で他のブログに移っていった人々も存在します。
 
 そんな一人に、元フジテレビの記者だった矢嶋さんがあり、著作権に触れる書き込みが存在したことに、何の前触れもなくYahooブログ全体が削除されたことに憤慨して、gooブログへ移って毎日記しておられます。
 
矢嶋武弘の部屋 http://blog.goo.ne.jp/yajimatakehiro
 
 元テレビ局の記者として著名人との思い出や、社会を風刺する主張には共鳴するものがあり、時々訪れていたのですが、忙しさでしばらく訪問していなかったところ、ご本人が脳梗塞で入院されている記載を見つけました。
 
 今では確実にブログが文化として社会に根付いた感がしますが、ブログ間の壁は厚く、同じヤフー内のブログのようには行き来ができない現実から、私はあくまでもヤフーブログで展開していきますが、グーブログにも私のアンテナブログを開設することにしました。誰かは伏せて、「中年男のエレジー 郷愁」としました。
 
私のgooブログ http://blog.goo.ne.jp/s281218
 
 しかし、全く別物のブログを展開するためのものではなく、Yahooブログとgooブログの行き来用であり、gooブログに存在する知人たちのブログへの交流用ブログであります。
 
 書き込み方も判らないgooブログに戸惑いましたが、本日はこのことだけで一日を終えたいと思います。
                                2月22日の一言

本日のブログ訪問者が200人を超えて

 本日は今月14日に開催された文教建設委員会の議事録を前にして、議会最終日となる27日の本会議場で発表する委員長報告をまとめるために、パソコンの前に座ったままの一日となりました。
 
 「今は、何所においでですか」の電話の中には、私が出向けば簡単にすむ市役所の案件もありましたが、出かけたら帰ってこない性格のため、報告書の提出を遅らせないために、我家まで走ってもらう展開となりました。
 
 実際のところは、お昼過ぎには報告書が完成していましたが、来客や電話によって最終確認ができないままに夜を迎え、議会事務局にメールに添付して発信したのは10時を廻っていました。担当職員には申し訳ないの一言ですが、朝から午後まで続いた委員会の議事録をまとめるのも大変な仕事です。
 
 「そんな、棒読みの報告なんか誰も聞いていないのに」
 「全部自分で書いているんだけど…」
 「だったらもっと短くすれば良いのに」
 「発言した議員が納得しないだろう」
 「ふーん」
 
 今晩かかってきた電話口での同僚議員との会話ですが、委員長報告を委員長自らまとめている事も理解されておらず、市役所の職員がまとめた長文を棒読みしていると思われていたようですが、手抜きで報告を怠り「自分の質問はどうして報告しない」と発言されては困りますし、最終日の議決を前に「委員会での審議内容は」と質問でもされたらたまりませんから、本日ばかりは個人の趣向は封印して黙々とまとめました。
 
 さて、私は平成16年からホームページを始めました(ヤフーブログは平成18年から)が、本日は一日の訪問者数が200人を超えたこと(223人)にびっくりとしています。数ヶ月前までは、平日は100人を超えるものの、土・日曜日の訪問者は少なく、リンクやコメントの少ない自分勝手で不人気な発信だけに、初めての大台突破に戸惑ってもおります。
 
 無責任に記していますが、議員の立場で考えると、上高地(ペット禁止)へ相棒を連れて行ったり、四国遍路や旅の発信については、発信するべきでないと思われる書き込みも存在する可能性から、本当は不特定多数には向かないブログかもしれません。
 
 しかし、200人を超える訪問者は素直に嬉しく、これからも飽きられることなく、毎日の発信を続けたいと思います。「そんな時間があるの?」と問われる事がありますが、私は夜に必ず1時間をブログタイムとしています。
 
 ちなみに、添付してあるblogramでは、サクランボ部門で第1位にランクされており、上高地も3位に入っていますが、本業としている議員や政治とは無縁のような状態に反省も感じています。
 
 今月も残りは一週間を切りました。27日には本会議が終了しますが、翌日から西国観音巡礼に出かけ、最終日は歩き遍路友の会の総会が春日井市であり、事前連絡も忘れていると大変な月末になる事から安心もできない日々が続きます。
 
                                 9月24日の一言

滞ったホームページの更新へ

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我家の庭に存在するカミキリムシ
 
 昨日の津島市議会一般質問で、他の議員の発信するブログの記載内容が大きな問題となり、一般質問終了後に議会運営委員会が開催されたものの、具体的な収拾に至らないことから15日に仕切りなおしとなりました。
 
 私も平成16年2月よりホームページに一言を記し、平成18年10月からはこのヤフーブログに移って毎日一言を記してきました。個人のブログですが、市議会議員の身分で記していることから、公的責任も追及されるわけですが、反論や批判を恐れて無難な発信は本意ではなく、本音に正直に記して、議論を深めたいと思います。
 
 過去の発信を振り返ると、ホームページを開設した当初は、津島市の市議会議員として選挙区の津島市民を対象に、議員活動が見えるように発信していたものが、ヤフーブログに移動してからは、市外の人々との交流が多く、政治的発信が減って四国遍路や上高地などを記し、最近はこれまであまり関心も無かったハーブや花などにも話題が変わってきました。
 
 今議会で他議員のブログとは言え、問題提起されたことから、本日は私のホームページ「津島の新しい風」の滞っていた政治的発信を更新し、過去の私の議会議事録を全て閲覧できるように追加しました。
 忙しさから、全く発信が滞っている「朝日旅行友の会」や、「横井庄一記念館」、ボランティア活動となる「ひとまち生活ネット津島」も、これから更新していきたいと考えています。
 
 
 さて、愛知県津島市とその周辺を対象と記している「朝日旅行友の会」には、過去の旅行記録や旅先リストから、神戸など遠隔地から上高地や四国遍路の問い合わせもあり、旅の情報小屋や、完成していない四国88便利帖なども完成させ、全国の人々から訪問してもらって利用価値のある発信を目指したいと思います。
 
 本日は議会中の貴重な休会日でしたが、同僚議員との雑談や雑用で早々に終わってしまいました。一方で、昨年12月から空き店舗となっていた家内名義の貸し店舗に、新たな借主が決まったことで、ひとまずは安心した生活となりそうです。
 
                                    6月13日の一言

操作ミスからデータが皆無になり

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アフタヌーン珈琲
 四国から帰った翌日のことですが、いつものようにパソコンに携帯電話の画像を取り込もうとしますが、いつもクリックしていた『リムーバブルディスク』の中にあるはずの「ピクチャー」の項目がパソコンになく、画像が取り込めないために大騒動となりました。
 
 幸いにして私にはパソコンのプロの師匠が存在し、その日に無償のボランティアで駆けつけてもらえるので、万が一の時も困りませんが、情けないので連絡だけして、画像は携帯電話からメールで転送して一言を書き入れました。
 
 さて、私が無い知恵で色々考えた挙句に、四国から3日間はネットカフェから一言を発信していた事から、リムーバブルディスクかSDカードの使用方法が変わってしまったと思っていましたが、師匠が来るなり「SDカードに何も画像が入っていない」事が判りました。
 
 「えっ、そんな筈は…」と、SDカードを携帯電話に差し入れて確認すると、カードの中に何も画像が残っておらず、師匠の話では私が携帯電話の操作を誤り、過去のデータを総て削除してしまったとの指摘です。
 
 以前にも、パソコンのキーボードの上を相棒リマが歩いた事で、一部の文字が書き込めない状態になりましたが、今回は意識せぬままに誤って過去の画像を消してしまったようです。
 
 パソコンや携帯電話の操作ミスで、過去のデータが消えてしまうことは過去にもありましたが、今回は携帯電話で消去していることから、パソコンの「ごみ箱」にも残っておらず、過去と違うのは、相棒リマが我家の来てからの写真と、今年4月に死んだ愛犬「モモ」の写真も消えてしまった事です。
 
 師匠から何度も『バックアップ』する事を勧められながら、どうせこの一言に記してあるからと横着に放置してあった事から自業自得であり、その夜は一言に添付したリマとモモの写真を携帯電話のSDカードにコピーする作業が深夜まで続きました。
 
 たかだか、愛犬の姿が消えた事で大騒ぎとなりましたが、東北の津波被害で写真やアルバムが流され、亡くなった先祖や親の写真が全部消失してしまった人々の落胆は比較できるような問題ではありません。
 
 ましてや仏壇や位牌も消失してしまった人々や、家族全員が被害にあって家そのもの存在が皆無になった家庭もあり、立ち直るには想像ができないエネルギーが必要と思わされます。
 
 私は旧いタイプであり、学生時代から写真は暗室に入って現像していた事から、未だにカメラはフィルムを使っており、フィルムは印画紙に焼き付けて残しているものの、携帯電話で写した画像は総てSDカードに記録されていることから、今後は反省して安全対策も考えたいと思います。
                                   11月4日の一言

ネット発信に我が身の反省も

 地元のラーメンや食事処を紹介するブログが多く発信されており、記事を読んで知人と訪れたこともありますが、味については人それぞれの好みが違い、何を根拠にして遠くから人々が訪れるのか不思議になる事があります。
 
 一方で、紹介された店の中には、外国人を低賃金で酷使した挙句に、監禁していた事から刑事問題となっている店(下記に添付)も存在し、何らかの基準でもないと無責任な紹介ともなり、明らかに店の関係者の発信と思える紹介やコメントも存在します。
 
 
 私も昭和から平成にかけて発行していたミニコミ誌で、「アジな店」として地元で喫茶店などを紹介していましたが、紹介したくても「金目当て」と思われたり、いらぬお節介と思われる事から、なかなか大変な取材であった事を思い出されました。
 
 インターネットが当り前の社会となり、出かけた土地で入ったお店や、メニューを自由に紹介できる社会となっていますが、過去に紹介されていたお店が短期間で閉店していたり、味よりもお店の対応の善し悪しだけが基準になっているケースもあり、ネットで勝手に作られるイメージにも発信者の責任を求めたい。
 
 そんなことを思っていた矢先に、アサヒコムに『おやじの昼めし』として、東京銀座にある開店から36年が経過した「千里浜」が紹介されており、最近珍しくなりつつある庶民感覚を感ずる店の紹介に、遠く離れて行けないお店ではあるものの、久々に行ってみたいと実感させられました。
  
正統的おやじ居酒屋の刺身定食 銀座「千里浜」
 
 「大鹿さん、今なにをしてるの?」
 「何って、何なの?」
 「今から来てよ!!」
 「どうしたの?」
 「〇〇さんが動けないから来てよ?」
 
 福祉有償運送で出動していたボランティアから、病院に行く会員さんが歩けない事から来てくれとの依頼ですが、会員さんには日頃からケアマネージャーやヘルパーが存在することと、歩けないのなら救急車じゃないかと内心思いながらの出動です。
 
 歩けないばかりか、起き上がれない事から、布団から抱き起こし、前でボランティアが背負い、私は後ろから腰のベルトを持ち上げますが、「痛い、痛い」と足腰やベルトにも触れない症状です。
 
 結局は私が運転して、2人で名古屋市の病院まで搬送しましたが、ボランティアは先週の夜に連絡があり、救急車の手配から深夜3時に病院から自宅まで送迎していたとの話に、これは完全にボランティアの限界を超えています。
 
 病院到着直前に電話があり、「もう病院だからいいわッ」との一言に、会員さんは言われませんでしたが、ヘルパーかケアマネージャーに連絡をしていたらしく、大きな施設と多くの搬送車輌を所有していながら、対応できない福祉現場に、我々は2人もかかって走っていた社会の矛盾を感じます。
                                    10月24日の一言
追伸
明日も2人で病院までの依頼がありました。

HPへ書きっ放しの反省です

 本日は今年になって一番の暑さと報じられていますが、午前中に開かれた葬儀会場に輪袈裟留めを落としたと勘違いした事から、葬儀場に連絡したものの、自分で探さないと出てこないと思い、蟹江町の葬儀場前まで走って道路や駐車場を探した挙句に、帰宅後に事務所で発見する無駄な時間を浪費して、私は昨晩の通夜から会場まで3往復する初夏の幻を経験する一日となりました。
 
 議会最終日を1週間後(30日)に控え、議会報告となる会報の原稿書きを始めようと、事務所内のパソコンに座ると、ホームページ『津島の新しい風』を1ヶ月前から更新しておらず、久々にHPビルダーを開けると更新する箇所ばかりです。
 
 こんな時に悪い癖ですが、日曜日に宿泊したホテルの対応が良かった事から、ホテルのHPを見ていると、『朝日旅行友の会』のHPに掲載中の宿一覧も更新がしてない事から、休業中の宿やホテルも存在し、クリックしても出ない事から更新する事にしました。
  
 
 さて、日曜日に宿泊した『紀泉閣』が良かった事から、家族も行きたいの大合唱で、家内は2泊5食で1万500円が気に入ったようですが、宿も低価格で内容も良くなっている反面で、建物や施設の更新が必要となった時にどれだけ残るのか疑問です。
 
 この中には、私の大のお気に入りだった『ラベニュー栄』のように、御主人がガンで他界されて休業したケースもありますが、二度と行きたくない宿は紹介しておらず、宿としては最悪でも、夜に泊まる場所が無い中で見つかった「地獄に仏」の宿も存在します。
 
 車イスユーザーの利用を断った事から、社会の悪役となっていた『東横イン』についても、口先だけの反省ではなく、バリアフリーに配慮した使い勝手の良いビジネスホテルに変身しました。
 
 本日は予想もしない一言の展開となりましたが、過去に残したHPの更新は大変で、更新していない事から、開けられないデータも多く、不適切なコメントもそのまま放置されている事から、大変でも確認と手直しが必要と実感させられた一日ともなりました。
                                 6月22日の一言

「ページでエラーが…」繰り返して

 「ページでエラーが発生しました」の表示が続き、何度試みても画像の取り込みができないため、とりわけ寒い夜にも関わらず熱い汗を感じながらパソコンの前に座っています。
 
 もっとも、入れようとした画像は、私が一日中目にしていた印刷機の印刷風景ですから、表示したところで珍しい物でもなく、回り続ける印刷機から新鮮さも目新しさもありませんので一向に構いませんが、明日以降も同じでは苦しいものがあります。
 
 もう一つの心配は、昨日に無線ランで連動したプリンターが入った事で、パソコンの相談役Tさんに整理したもらった、当方の意図しないうちに入ってしまった各種の無料サービスの表示を消してもらった事が原因ではないかということです。
 
 とにかくパソコンは我流どころか、確認せぬままにクリックを押していることから、訳の判らない画面が出てくる事はしょっちゅうで、消して欲しいと訴えても、何をやって現れた画面かも説明ができませんから、元に戻すほうも大変と思います。
 
 さて、画像の取り込みができず、「ページでエラーが発生しました」の表示が続く中で、コタツの上のパソコンにメモリーを差し込むと画像が取り込める事から、何かが障害となっているものの判りません。しばらくは不便ですが、画像だけなので使い分けで乗り切るしかありません。
 
 明日から3日間は名古屋市中消防署に出かけて「患者搬送乗務員」の養成講座を受講しますが、通勤時間に名古屋まで出かけるのは30数年前の大学以来で、結局はバスではなく車で走る事となりました。
 
 名古屋まで車で走ると気になるのが高額となる駐車場の料金ですが、これについても昨日にTさんからパソコンで情報をもらい、改めて情報化社会の利便性を実感するとともに、私のホームページにも旅の情報小屋があることから早速「名鉄協商パーキング」を追加しました。
 
 忙しい事から、しばらく目にしていなかった「朝日旅行友の会」のホームページも、新たに更新していなかった事から、検索できない項目や記録が滞っており、本日は間に合わせですが追加しました。 
 
 明日は講座の様子を報告します。           1月30日の一言

間違えて逮捕されては堪らない

 愛知県の岡崎図書館で、県内の男性(39)が、自作プログラムで図書館ホームページから新着図書の情報を集めたところ、サイバー攻撃を仕掛けたとして逮捕されたものの、実際には図書館ソフトに不具合があった事が報じられている。
 
                     http://www.asahi.com/national/update/0820/NGY201008200021.html
 
 男性はソフトウエア技術者で、図書館のホームページは使い勝手が悪く、新着図書の情報を毎日集めるプログラムを作り、3月から使い始めたとある。 愛知県警は、処理能力を超える要求を故意に送りつけたと判断し、業務妨害容疑で男性を逮捕した。
 
 名古屋地検岡崎支部は6月、「業務妨害の強い意図は認められない」として起訴猶予処分としているが、朝日新聞が依頼した専門家の解析によると、図書館ソフトに不具合がある事が判明したようである。
 
 報道によれば、男性は取材に「なぜ不具合が放置され、捜査機関は見抜けなかったのか。今後も同じような逮捕が起き得ると思うと恐ろしい」と話したているようだが、 愛知県警は 「図書館の業務に支障が出たことは事実で、捜査に問題はない」とし、名古屋地検岡崎支部は「コメントできない」としている。
 
 一方で、舞台となった岡崎図書館はソフトの開発を三菱電機に依頼しており、メーカーは不具合がある事を確認し、新しいソフトを開発しているものの、その情報も伝えておらず、不具合のあるソフトを使い続けた結果だが、男性が逮捕された事に 「コメントできない」としている事に怒りを覚えずにはおられない。
 
 名古屋地検岡崎支部によって起訴猶予になったものの、図書館の不具合によって警察によって不当逮捕された男性の立場となれば堪ったものではなく、「捜査に問題はない」とする愛知県警と、「コメントできない」とする岡崎図書館については厳しい反省と責任が追及されるべきである。
 
 パソコンを悪用して人に被害を負わせる輩も多く、本日も私のブログに卑猥なコメントが発信されていたが、悪い輩が野放しにされている中で、悪意もない男性を逮捕して謝罪もしない警察と行政には厳罰が必要だ。
                                   8月21日の一言

朝から晩まで通信社会を意識させられて

 早朝より事務所の電話が鳴り響き、今度は事務所から転送された私の携帯電話が鳴り出し、出ようとしたら切れてしまい、留守録への録音を待って電話に出ると、無言のままに録音テープが残されています。

 「私、私だけど…」
 「どちら様ですか?」
 「〇△だけどネー…」
 「何所の〇△さんでしたか?」
 「〇△の…」

 時計は朝の6時を示しており、こんな時間の電話だから緊急の要件と思ってかけなおすと、確かに大変な問題ではあるものの、朝6時からでは対処もできず、「今来てもらえば…」と言われてもこちらにも予定があり、「何とかします」と応対すると、「警察でも何ともしてくれないから…」の一言が返り、期待された私は非常に高いハードルを乗り越えなければなりません。それよりも、頼られるのは嬉しいものの、「これって私の仕事なの?」との疑問と、「何故に私へ電話を?」と首を傾げたい依頼です。

 本日は福祉有償運送のボランティアについて、メンバーへの依頼が重複した事から借り出され、「11時に〇△病院に行ってくれ」と言われて10分前に到着して待機したものの、待てども待てども依頼主は現れず、当方の連絡ミスかと恐る恐る受付を覗いて確認しました。

 診察が終わっていないとの話に安心して待っていると、時計は12時となっており、再度の確認に受付を覗くと「まだ診察が終わっていないの…」とご家族が申し訳無さそうに言われ、「大丈夫です、待っていますから」と、人相の悪い顔で笑顔で応対したものの…

 結局1時を廻ってから自宅へ走る事となり、家を出てから3時間のボランティアとなってしまい、これは過去最高の待ち時間だったようで、昼休みを挟んでいたのが幸いでしたが、私より依頼主が恐縮してしまう事態となり、朝8時に出発して午後1時半の帰宅は患者としても苦痛となる病院行きです。

 さて、昨日のインターネットのサーバとの不具合ですが、ケーブルテレビ局から連絡があり、昨日の顛末を説明するものの、ホームページの開設は第三者に依頼しましたし、昨日もシステム更新の案内どおりに操作して、連動しない事から知人に訪問してもらい担当者の指示どおりに操作しましたが、当方の操作ミスでカウンターが削除されたとの応対です。

 「私は素人だけど、そちらの指示で操作した者はパソコンの玄人ですよ」と、テレビ局の指示ミスと訴えたところ、操作した知人に代わって欲しいと言われ、「彼は会社で仕事中です」と身勝手な応対を批判すると、「ホームページを最初に立ち上げた人に来てもらって下さい」の一言が返ってきた。

 幸いにも私はパソコンの専門家が廻りに存在し、無料で応対してくれるものの、本業なら来るだけで1万円以上と聞いている事から、マニュアルどおりで更新できず、電話とは言え担当者の指示どおりの操作で不調になった事から、「カウンターが消えたのは勝手なシステム更新が原因」と訴え、最後には明日専門の担当者が出張してくる事となりました。

 最近はこのヤフーブログの更新が主体となっており、ホームページの更新はあまり気にはしていませんが、平成16年に開設してから日々更新してきた訪問者数が消えてしまうのは残念の一言で、「営業のホームページなら損害賠償もの」と言いたい心境を抑えて、明日の訪問を待つこととなりました。
                                  3月15日の一言
追伸
昨日応援を依頼した知人も、「昨日はよく眠れなかった」と語っており、パソコンやインターネットの不具合は不眠と体長不良をもたらします。

サーバのシステム変更により眠れぬ夜に

 本日は横井庄一記念館の一日でしたが、電話で依頼された案件も多く入り、出先で聞いた事は忘れてしまうので、明日から要注意となります。

 さて、夕方は横井夫人と記念館の30年後を話題にして盛り上がってしまった事と、親族とは言え夫人の在所の家族環境までは聞いた事がなく、今月は夫人が頻繁に京都へ出かけて「疲れた」との一言を耳にする事も多かったが、今月の7日に夫人の実の妹が亡くなっていた事を聞き、妹の存在を聞いたのも初めての事で、7日は私も記念館に居た事から、何事も無かったように振舞っていた夫人の気丈さと、高齢で独り暮らしゆえに大変な心境を実感させられました。

 記念館は4時30分で閉館となりますが、こんな話題で盛り上がっており、部屋が冷えてきた事から夫人が暖房を入れようとした事によって、閉館時間を1時間以上も過ぎている現実に、慌てて閉館に取り掛かるとともに、日照時間が長くなった事も実感です。

 問題は帰宅後で、余裕の帰宅と明日の段取りを済ませ、事務所のパソコンの前に座った事から、知人も巻き込んで長い夜を迎えることとなりました。

 私のインターネットやホームページは、地元のケーブルテレビ局を通じて発信していますが、先月末に機器のシステム変更が実施されたことから、ホームページのアドレスや接続方法も変更されており、先月から更新しないままとなっていたホームページビルダーに手を出した事から大変な事態となっていきました。

 新しいログインIDや新サーバー名を書き込んで送信したものの、肝心のホームページは過去の書き込みのまま何も変わらず、夕食も食べずに何度も打ち直しましたが、送信は完了するものの中身が変わらず、結局はパソコンに精しい知人の手を借りる事となったものの、結局は何も進展しない事からケーブルテレビ局に連絡する事なりました。

 「電話が大変混雑しているため、改めてかけなおすかそのままお待ち下さい」のテープが流されていますが、パソコンに精しい知人が帰ってしまうと、私では指示されても満足に触れない事から、電話代はかさむとは思ってもそのまま待ち続けて、何とか知人の手によって更新までたどり着きました。

 しかし、開設以来毎日刻みつづけてきた訪問者のカウンターが表示されません。再度、電話をかけなおして担当者の応答を待ちつづけたところ、「カウンターについてはそちらの問題です」と言われ、開設時の記憶もないことから不都合のままに我慢する事となりましたが、検索しているうちにケーブルテレビ局から提供されたカウンターである事が判明し、改めて電話のかけなおしです。

 元々が、ケーブルテレビ局のシステム変更による障害で問題が発生し、案内された手順どおりで改善されない事から知人に来てもらって対処しているのに、電話の待ち時間が延々と過ぎた挙句に、「明日に連絡し直してください」との結論になりましたが、何ともならない事から文句も言えません。

 こんな顛末で、今晩の私の睡眠時間は2時間となり、明日の午後に仮眠を取るまでは我慢の一日となりますが、午後にも予定が組み込まれている事から、仮眠もままならず、今晩の問題については明日連絡を取り合う約束となったものの、パソコンの前にも座れないのに改善は図れません。久しぶりにパソコンによる眠れぬ夜となりました。
                                    3月14日の一言

書き込む意欲が涌きませんが

  昨日の一言の後日談として記しましたが、一度記して送信したはずの文章が画面から消えて、白紙の画面が残されていた時のショックは大きく、気を取り直して書き込んだものの、その後遺症を引きずり本日まで書き入れる気力が失せているのかもしれません。

 過去にも何度も経験した事ではあるが、睡眠不足の中で、仕事は絶好調で手抜きもなく続けてきた事から、書き直しとなる虚脱感も大きく、「今日くらいは、このままお休みにしようか…」なんて気持ちを封印して書き直したのでもありました。

 それに輪をかけたのは、朝日旅行友の会のホームページに利用している掲示板に書き込まれた情報で、クリックすると女性の裸体が登場し、削除に必要なパスワードを忘れた事から、消しこむのに手間取り、中学校の同窓会のホームページに使用してきた掲示板(Infoseek)は、今月末で利用が停止されると記されており、大量に書き続けてきたこのブログの将来も同様な可能性を考えると無料のサービスゆえに無力感を実感します。

サービスの停止の記事↓↓
《サービス終了のお知らせ》
2009年3月3日(火)をもって、レンタル掲示板の新規投稿を終了させて頂きました。
《今後の予定》
2009年3月31日(火)14時をもって、Infoseek レンタル掲示板 を 終了させて頂きます。
 ※必要な掲示板データにつきましては、ユーザ様のパソコン等に保存していただきますようお願いいたします。

 ↑↑サービスの停止はヤフーではないが、過去の記録を全て保存する事は不可能に近く、無料ゆえに簡単にホームページから移動してきたものの、こんな顛末にならぬ事は勿論だが、ボタンを押した瞬間に過去の記録が全て消えてしまう可能性も考えると、お気に入りのブログが閉鎖された瞬間が脳裏に浮かんできました。

 最近では寒い事から、コタツに入ってこのブログを記していますが、事務所のパソコンを開くとメールボックスは迷惑メールが大量に蓄積されており、ホームページや掲示板が休眠状態になっている事から、ツクシの心境となって明日から出直しです。
                                  3月14日の一言

自分も迷惑をかける立場になりつつ

 私へのファン登録は現在34名。そのうち18名は本名(偽名で無ければ)が判り、その中の12名は電話やメール等で連絡ができる。

 ネットカフェやブログ、メール等の弊害が語られる中で、一番の問題は相手が特定できない事から、他人になりすましたり、相手の迷惑を考えない書き入れや、悪意を持った書き込みがまかり通り、私の本来の受信トレイは大量に届く迷惑メールの削除だけで、事実上は閉鎖状態となっている。

 私はブログやホームページの上に、住所、氏名、電話番号から、家族関係や生年月日まで公表している事から、第三者からの危険性を指摘される事も多いものの、自動的に送付されてくる迷惑メールぐらいしか目に見える被害はなかったが、最近になって自分のメールアドレスと同じアドレスから送付されてくる迷惑メールの多さが気になっている。

 自分の受信トレイには入らないようにしているが、自分と同じアドレス名で多方面に迷惑なメールが送付されていると考えると、他人になりすました行為への規制を訴えていきたい。もっとも、このヤフーブログでも身元が判らなくとも簡単にメールアドレスが作れて参加できる事から、このあたりへの制限が必要ではないか。そもそも、身元が判って困る事とは何か。

 さて、本日は稲作の終わった田んぼに残されたワラくずを燃やしに行ったが、声をかけて始めたものの隣地の人から「ススが落ちてくる」との苦言を受けた。隣地は市街化区域ではなく、自由に家が建たない調整区域であるが、宅地が転売されて建て替えられ、あたかも住宅地の視点からの苦言に、本来は農業振興地と正論を吐いても迷惑をかけた当方の立場は弱い。

 元々は田んぼばかりの中に家が建ち、田んぼのワラを燃やせばススが飛ぶのは避けられず、水路には生活廃水が流されてくるものの、水の管理も農業従事者によって行なわれている認識もなく、「迷惑だから来年からは止めようか(家内の一言)」となると、永遠に止める事を意味するのである。

 知人のブログに、『よい女房をもらおうと思ったら、ダンスの輪の中から選ばずに、畑で働いている女性の中から選ばなくてはならない』との一言が記されていたが、農業振興地の畑や田んぼでも働きにくくなっている現実を感ずる一日となった。
                                 1月18日の一言

ブログ仲間の突然の閉鎖は悲しい

 「このたび突然ではありますが、ブログを閉鎖することになりました。」と、ゲストブックへの書き込みがあった。詳細については「内緒」で私に記されたものなので記せないが、私のお気に入りにも入っており、お互いのファン登録もしてあったのであるが、ブログが閉鎖されると自動的にファンの一覧から削除される事から、本日は余計に淋しさと悲しみすら感じるようになっている。

 ブログの閉鎖は初めてのことではないが、休止と違って閉鎖は過去の記録が一切なくなるだけでなく、これまでブログを通して交流してきたコメントややりとりも一切が「空」となり、私とその人をつないでいた連絡方法も、閉鎖した人が新たなブログを開設して連絡をくれないかぎり、永久の別れを意味するものでもある。

 中にはブログからメールを教わったり、手紙をいただいた人もあるが、これについても私が名前はもちろんであるが、個人的な経歴から、住所、電話番号、家庭環境すら隠す事なく公開しているからであり、ほとんどの人々については、ニックネームやブログ名での交流であり、ブログが閉鎖されればそれまでの関係も一切が「無」と化すのが現実でもある。

 「空」とか「無」と書いていると、弘法大師の教えを予感してしまうが、ブログが閉鎖される理由を考える時に、閉鎖が管理人の仕事や都合であれば、残念でも仕方がないと思えるが、明らかに第三者による「嫌がらせ」や、悪意を持ったコメントや書き込みが原因と思われる時、私は残念でならないのである。

 ブログが簡単に参加でき、ホームページも簡単に公開できるようになった反面で、書き込む内容によっては第三者も巻き込み、他人の著作権を侵している場合も考えられるが、書いた本人の意志に反して悪意から全く違う内容に解釈されたり、具体的な行動への妨げになると問題でもある。

 それは他人事ではなく、私が趣味で主催している「朝日旅行友の会」について、不特定多数を対象にして旅行業法に違反しているとの中傷を受けた事があった。現実には不特定多数を対象ではないとは言い切れないが、旅行会社の主催行事として企画しており、違法性はまったくないが、「金儲け」との中傷には相手が特定できない事から反論もできず、口惜しい気分も味わった。

 私が議員であるために、「選挙運動に利用している」との中傷もあった。議員になる十数年前から続けてきた趣味の旅行会を、見ず知らずの人から「選挙」や「金儲け」などと言われると、家族から「もう、止めたら」と言われたり、会報やホームページを特定の人より閲覧できなくしようと考えた事もあった。

 また、厳密には著作権を侵害している発信もあったが、資料の提供をお願いして快諾された引用に、「著作権を侵害した書き込みは…」との、的外れで嫌味なコメントをもらった事もあった。

 私のブログは、本音を隠さず、正直な書き込みをしたいと考えるが、その内容によっては第三者に迷惑をかける可能性もあり、その時は謝罪なり議論は徹底的に尽くせばよいと考えている。しかし、悪意を持った書き込みや中傷を止める事は不可能で、ブログやホームページを運営むしていく者には、それに対抗していく対応も不可欠である。

 さて、ホームページを開設して4年が経過し、ブログも18年11月より毎日書き込んできたが、閉鎖され消えたブログの名前をお気に入りから消すのも淋しく、名前はそのままに残してあるが、連絡する手段も持たない現実を淋しく思うと同時に、名前を公開している立場からは、メールぐらいは交換できる関係に発展できないものかと思うものでもある。

 連日送られる迷惑メールは後を絶たず、ブログにもおかしなコメントが書き込まれるが、その一方で、価値のあるブログや掲示板が消えていく現実を何とかしたい。どうか皆さん、仲間として励ましあい、仲間が去っていかないブログの交流を続けて下さいね。
                                    5月27日の一言

※閉鎖されたブログの再開と連絡を心待ちにしています。

情報化社会の中での着眼点に感心

イメージ 1

イメージ 2

 写りの悪い携帯の(夕暮れの)写真ですが、本日は久々の大雪となり、玄関前や歩道の雪どけが必要になりました。久々の雪でバスや公共交通も大混乱のようですが、幸いにして三連休のため救われた人も多い半面で、連休の客足を期待する飲食店には大打撃にもなりそうです。

 さて、本日の夕刊にガソリンスタンドの店頭販売価格の安さのランキングをつけているインターネットのホームページが紹介されており、しかも全国レベルで検索できるシステムに、サイトを立ち上げた管理人の目のつけどころに感心するとともに、私の旅行友の会のホームページにも早速リンクさせたいと思っている。

ガソリン価格比較サイト (全国)
http://gogo.gs/


 「そんなもの調べても、お父さんは入れにいかないでしょう」と家内に言われ、「そこまで行くだけでガソリンが減ってしまうじゃない」と言われると、返す言葉も出てこないが、サイトを立ち上げた東京の小川さんの着眼点には敬服の一語である。

 確かに近くに安いセルフのスタンドができたが、私は近所のスタンド以外では入れないし、旅行先においても私の住む津島市が本社となる宇佐美鉱油の出光を探して入れるコダワリがあり、安いからと順番を待ってまで走る可能性はないのである。

 しかし、私も旅行会のホームページの中で、道路の通行料の検索や、格安の長距離バス等をリンクさせているものの、自分の行動範囲に限られ、自分の記録と検索が主目的となっており、小川さんのように自分の利害に関係なく立ち上げた心意気に感心しているのである。

 インターネットを利用して迷惑なサイトが次々と送りつけられてくる中で、久々に情報社会の英知と人間の善意を感じさせられる話題でもあり、私も自己満足だけのホームページではなく、人々の役にたつ情報提供に心がけたいと思わされた。
                                  2月9日の一言

過去の本日の一言への部屋

過去の一言をまとめてみました。過去のタイトルにもお気軽にコメントをいただきたいと思っていますので宜しくお願いいたします。

2010年

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平成16年11月 http://www.clovernet.ne.jp/~oshika18/log1611.htm
平成16年10月 http://www.clovernet.ne.jp/~oshika18/log1610.htm
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平成16年 7月 http://www.clovernet.ne.jp/~oshika18/log167.htm
平成16年 6月 http://www.clovernet.ne.jp/~oshika18/log166.htm
平成16年 5月 http://www.clovernet.ne.jp/~oshika18/log165.htm
平成16年 4月 http://www.clovernet.ne.jp/~oshika18/log164.htm
平成16年 3月 http://www.clovernet.ne.jp/~oshika18/log163.htm
平成16年 2月 http://www.clovernet.ne.jp/~oshika18/log162.htm

久々に感じた永年の仕事の経験と特技に

 平成16年2月13日に私のホームページ津島の新しい風 http://www.clovernet.ne.jp/~oshika18/ に『本日の一言』を初めて書き込んでから、その後毎日書き続けて本日に至っており、時にはパソコンの不調時もあり、必死で知人に応援を頼んで対処して書き入れた事もありますが、まもなく満4年目を迎えるのでもあります。

 本日のメール受信箱に、「せっかくコメントを書き入れようと思うと、次の話題になっているので、しばらく間隔をおいて欲しい」との内容の書き込みをいただきました。私自身が気にもしなかった事ですが、確かに毎日更新しているために、過去の記事へのコメントには時差ボケのような感も否めません。

 元々は私の意見を毎日記す事にこだわりがあった訳ではありませんが、「どうせ毎日は無理ムリ!」との知人の意見に反発して、あえて「毎日書き入れる」と宣言して始めており、この習慣を私が議員である間は変えるつもりはなく、この一言欄は私の身勝手な一方的発信でもあります。

 ただし、指摘されるように、社会生活の中で永遠のテーマとなるタイトルもあり、このブログに場所を代えてからはコメントも書き入れる事が可能な事と、コメントの存在は貴重な意見も多い事から、古い過去のタイトルについてのコメントも大歓迎である事を記すだけでなく、過去のタイトルへのコメント専用のコーナーについても考えてみたいと思っております。

 (しかし、設置しても誰の書き込みも無いのでは淋しすぎますので、過去のタイトルに対するコメントの書き込みもお願いいたしておきます)

 さて、昭和63年に開始した『朝日旅行友の会』の会員向けに単独の会報『旅情』を発行する事も決めましたが、議員になってからでも会員は300人(1度参加された方は総て会員とみなし)を超えており、郵送すれば簡単ですが、3万円近くの料金がかかる事から、かつての仕事である新聞配達の経験から、直接自宅に配布する事に決めました。

 しかし、これも大変で、かつてのお客さんだけではないために、家を探しながら真っ暗な早朝の2時間を3日続けて本日配布が終りました。全ての家に配布する議会報告『津島の風』とは違い、宛名も書いてある事から間違いがゆるされず、新聞とも違う久々の配達の感触を味わいました。

 「大鹿さん、朝刊だけで1日2万円でどうだッ?」と、突然の人不足から臨時の配達(代配要員)を依頼された事も廃業後にあったが、まだまだ新聞配達では役にたつ実感と、金欠病の今こそそんな話を持ってきてくれたらと、永年続けた仕事だけに何よりも慣れた仕事である事を思い出す一日となりました。
                                   1月10日の一言

 
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